そう語るのは、元ニッポン放送アナウンサーの五戸美樹(ごのへ・みき)さん。
現在はJ-WAVE「GROOVE LINE」、AbemaTV「AbemaRADIO MyGirl meets Aこえ」などのレギュラー番組出演にくわえ、イベントMCやトーク講師として活躍。
そんな状態だった人が、どうしてトーク講座を主催するまでに? ご本人にお話を聞いてみました。

「インタビュー相手のほうが上手い」と言われた新人アナ時代
五戸さんがニッポン放送にアナウンサーとして入社したのは2009年のこと。
「数年ぶりにニッポン放送が採用したアナウンサー」として、注目された存在でした。
しかし当時を振り返り、自分は「ド下手で泣き虫なダメアナウンサー」だったと彼女は語ります。
五戸「新人時代、とある番組でお店からの中継レポートを担当したんです。
店主のかたにお話を聞けたのはいいんですが、私は『おすすめのラーメンはどちらですか?』みたいなことをずっと棒読みで質問するばかりで……。
本番が終わって、『君よりインタビュー相手のほうがずっと自然な話し方だったよ』と、いろんな人に言われてしまいました。
アナウンサーらしく質問しよう!と気取ってばかりで、目の前の人と全然話ができていなかったんですね」
生放送のレポートでスタジオから呼びかけられたとたん「頭が真っ白」になってしまい、涙声でしゃべる羽目になったことも。
自分の不甲斐なさに、毎日泣いていたといいます。
トーク原稿を「○○○○」に書き換えて克服
たとえきれいな言葉を使えたとしても、相手に伝わらなければ意味がない──
自分のなかの「理想像」をいったん捨て、五戸さんは一念発起します。
五戸「まず、トークのために書いていた原稿を『書き言葉』から『話し言葉』に書き換えるようにしました。
原稿の文体は、基本的に書き言葉なんです。でもこれをそのまま読み上げてしまっては、普段の会話と言い回しが異なる。
たとえば、『17時より始めさせていただきます』と書かれていたら、『夕方5時にスタートします』というように。
そして普段の会話から繋げて言うようにして、棒読み感をなくしていきました。
あと、実際に有効だったのが、『留守番電話をかけるフリをする』。
だれか相手を思い浮かべて、その人の留守番電話にメッセージを吹き込むという設定でしゃべるんです。日常生活ではなかなかない『ひとりしゃべり』の状況に慣れる訓練をしました」
話に困っても、そのとき使える「技」をたくさん身につけていけば、相手とコミュニケーションを楽しめるトークができるようになっていく──
試行錯誤のすえに見つけた方法を駆使しトーク力を磨いていった五戸さんは、リスナーに人気の看板アナウンサーとなっていった印象があります。
アイドルにMCを教える仕事
五戸さんは2015年をもってニッポン放送を退社後、フリーアナウンサーとして大手芸能事務所に所属。
とあるオーディションイベントの現場で聞いたラジオディレクターからの話が大きな転機となりました。
五戸「『トークのうまい子がほしい』という話を聞いて、自分もかつてはトークが下手だったことを思い出したんです。『歌やダンスとおなじように、練習すればトークもうまくなりますよ!』と答えたら、レコード会社のプロデューサーが『だったら、うちのアイドルたちにトークを教えてほしい』と言ってくださって。それをきっかけに、MCが苦手というアイドルたちにトークレッスンをはじめたんです」
アイドルの世界では「お約束」と化した自己紹介のパターンが逆に足かせとなり、自然なトークができない人が多いとか。
そんな彼女たちがのびのびと自分を出せるようにと始めたレッスンはまたたく間に評判を呼び、五戸さんは多くの「受講生」を抱えるようになりました。
話が苦手な人の「駆け込み寺」を開講
2017年、五戸さんは事務所から独立してフリーランスに。これにあわせ、トークレッスン講座「五戸美樹のトークレッスン」を立ち上げます。
主な受講者は、一般の会社員から芸能人の卵までさまざま。
「来週、友人の結婚式でいきなりスピーチをしなければいけなくなった」
「内勤のエンジニアだったたのに、突然取引先にプレゼンをしなければいけなくなった」など、
ある日突然人前で話さなければいけなくなったという人々が「駆け込み寺」のように受講することが多いそう。
五戸「コミュニケーション系の話し方教室はすでにたくさんありましたが、"人前"に特化した講座は意外と少なかった。『急にスピーチすることになったけど、何から始めたらいいかサッパリわからない』という声があることを知ったんです。
私のレッスンでは、最初に『あがり症対策』から始めます。
人前で話すことが怖い!という気持ちをしっかり受け止めて、経験したことのないことを始める怖さをなくす。
そのつぎに、頭が真っ白にならないようにするための対策。
自分の新人時代を教訓にして、しっかりと準備するということだったり、話し言葉で原稿を書く……といった技を通じて、話の最中に頭がこんがらがってパニックになってしまわないための技術を教えていきます」
トークをみがくということは、その人本来の良さをそのまま出せることと語る五戸さん。
レッスンでは、自然なしゃべりをさまたげる原因になるものを取りのぞき、そのうえで、より話をひろげていける方法を教えているそうです。
レッスンは毎回満員の大盛況ぶり。
ことし春には東京メトロが主催する朝活プログラム「メトロde朝活」として、出勤前に参加できる「早朝トークレッスン」も開催されました。
蓄積したトーク技術を出版
五戸さんはことし5月、これまでの蓄積をまとめた著書「人前で輝く!話し方」(自由国民社)を出版。
自らの失敗から、それを克服し「技」として形にするまでをつづったその内容が、「わかりやすくて、しかも共感できる!」と、ビジネスパーソンから就活の面接に悩む大学生まで、幅広い人たちの間で話題となっています。
巻末には、より伝わりやすい発声をするための「筋トレ」の方法まで写真つきで収録されています。
五戸「うまく話すコツは『うまくやろうとしないこと』。
普段以上の自分を見せようと演技しちゃうから、緊張してしまうんですよね。
人って、自分の持っている以上のものは出せませんから。
だから、普段の自然なしゃべり方を人前でもできるようになれば、自分の思いをちゃんと伝えることができます。」
かつての「ド下手アナ」はいま、人前での話に不安を抱いていた多くの人々を救っています。
(天谷窓大)