
極悪連続殺人犯は企画脱北者! 逮捕できるか、やっぱり無理か
80〜90年代にかけて、韓国には「企画亡命者」という人々が存在した。北朝鮮から韓国に逃げ込んだ、いわゆる脱北者の一種である。ただ、この企画亡命者は韓国の諜報組織である国家情報院(国情院)とアメリカのCIAが合同で亡命させた重要人物を指す用語で、韓国国内では文字通りのVIP待遇を受けることが慣例だった。北朝鮮の特権階級はアメリカや韓国にとっては最上級の情報源なのだから、全力で機嫌を取る必要があるわけだ。冷戦期から90年代にかけてはこの企画亡命者はかなりの数にのぼったそうだが、現在ではほとんど存在しないとされている。『V.I.P.』は、この企画亡命者を巡る暗闘を扱った映画だ。
2008年、北朝鮮国内で一家全員が惨殺され、しかもその家の娘が暴行の末に惨たらしく殺害される事件が発生。平安北道の保安省職員であるリ・デボムは事件の犯人を北朝鮮政府高官のドラ息子であるキム・グァンイルと睨むが、高官の息子に容疑をかけようとした報復として左遷されてしまう。
3年後の2011年、韓国国内で若い女性を狙った連続殺人事件が発生。しかも捜査を担当した警視が自殺するという最悪の事態となっていた。捜査を引き継いだのは粗暴ながら正義感の強い警視チェ・イド。イドは遺体に残っていた皮膚のかけらを鑑定し、その結果犯人はCIAと国情院の企てにより北朝鮮から亡命してきたグァンイルだと推定する。
逮捕に向かうイドだが、そこに国情院の要員パク・ジェヒョクが立ちはだかる。
こういうストーリーなので、焦点となる容疑者キム・グァンイルが普通の犯罪者だと全然お話が盛り上がらない。だが、『V.I.P.』はそのあたりが完璧。グァンイルを演じるイ・ジョンソクはツルッとした今風の韓国のイケメンだが、ニヤニヤしながら警察を煽りまくり、心底楽しそうに女をいたぶり首を締め上げるシリアルキラーを怪演している。おまけに留学経験があって英語も堪能、常にクラシックを聴いて洋書を読むという高官の息子らしい育ちのイヤミさも特盛り。金持ちで狡猾な凶悪犯で、国家権力に守られた甘ったれの悪党という面をキッチリ描くので、見ているだけで「こ、このド外道が〜!!」と『ドーベルマン刑事』みたいなテンションになってくる。
このグァンイルを含め、登場人物たちが振るう暴力シーンも韓国映画らしく辛口。監督のパク・フンジョンは傑作ノワールである『新しき世界』も撮った人で、今回もドライな暴力描写が冴え渡っている。『新しき世界』の時もそうだったのだが、フンジョン監督は暴力自体に過剰に意味を持たせず、即物的に「人体は切ったり殴ったりすると血が出るし、撃たれると死ぬし、死ぬと死体になる」という事実を淡々と見せる。暴力を振るう側にも振るわれる側にも特に感情移入していないかのような、突っぱねた雰囲気が全編を覆っている。
互いの立場を腹から理解し、それでもぶつかり合う男たち
グァンイルをめぐる韓国警察、国情院、CIA、北朝鮮の4つ巴の駆け引きを軸にしつつ『V.I.P.』が描くのが、互いの信念を賭けた男たちの情念のバトルである。警察官としてのプライドを賭け、身内から自殺者まで出した事件を解決しようとするイド。凶悪犯に対して怒りを覚えつつ、国家に尽くすエリートとして職務を果たそうとするジェヒョク。かつての雪辱を果たさんと、手段を選ばず犯人を追うデボム。立場の異なる彼ら3人が、互いにぶつかり合う。
『新しき世界』では犯罪組織内の擬似兄弟関係と潜入捜査を軸に、濃厚すぎる男同士の感情と繋がりを描いたパク・フンジョン。しかし『V.I.P.』では、立場の違う男たちが互いの立場の違いや利害関係を理解しつつ、それでも犯人であるグァンイルを奪い合う姿を描く。だからこそ、「タバコをすすめる」「撃てるタイミングで撃たない」というような一瞬の行動で示される、男たちの互いへの理解と感情がグッとくる。どいつもこいつも己のプライドと信念のために戦っていることは、戦っている本人たちが一番理解しているのだ。熱すぎる。
このバトルの果てに一体何が待ち受けているのか……というのは、映画本編を是非ともご覧いただきたい。途中でおれは二回くらい「ゲッ!」と言いそうになった。
(しげる)
【作品データ】
「V.I.P. 修羅の獣たち」公式サイト
監督 パク・フンジョン
出演 チャン・ドンゴン キム・ミョンミン パク・ヒスン イ・ジョンソク ピーター・ストーメア ほか
6月16日より全国ロードショー
STORY
韓国国内で発生した連続殺人事件。容疑者は国家情報院とCIAの企てで韓国へと亡命してきたエリート高官の息子キム・グァンイルだった。グァンイルを逮捕しようとした警視チェ・イドは彼を逮捕しようとするが、国情院の要員パク・ジェヒョクによる妨害を受ける