慶應義塾大学大学院 経営管理研究科の岩本隆特任教授は「霞が関の働き方改革に向けて~ICTを活用した長時間労働是正と生産性向上~」と題したレポートを発表した。過労死ラインは、月80時間と一般的に言われているが、岩本氏が現役およびOB官僚に対して行ったヒアリングやインタビューによると、「月平均の残業時間は130時間~140時間」「100時間はザラ」とある。
一部の公務員が民間平均の約7倍残業している実態
――まず霞が関の働き方があまりにも酷でしたので驚きました。もう少し楽な面があったのかと思っていましたが。
岩本 統計データを活用して、レポートを執筆しましたので、実態はもっとひどい可能性があります。まず霞が関の残業時間は、2016年においては、人事院調査では月平均残業時間30.5時間、霞が関国家公務員労働組合共闘会議(以下、霞国公)調査では34.1時間となっています。しかし、ヒアリングやインタビューをしてみますと、「月残業時間200時間も希ではあるがあり得ないわけではない」という声もあります。霞が関全員が月平均残業時間は100時間超えではないかもしれませんが、私がインタビューした結果では、月平均残業時間は約100時間とみています。同年の民間平均残業時間が14.6時間ですから、7倍近い残業をしているわけで一部の職員は極めて危険な状態におかれているわけです。
なお、霞が関の残業要因については、霞国公が実施したアンケートによれば「業務量が多いため」(57.0%)、「国会対応のため」(30.3%)、「人員配置が不適切」(27.1%)、「不合理な仕事の進め方」(18.3%)が上位になっている。
霞が関は仕事が多いと自他ともに認めているところだ。
「私が外資勤務の際、仕事の優先順位を決めて、仕事を捨てることを徹底して指導されていました。
これについて、霞が関に取材すると、与党政治家が霞が関官僚を呼ぶ場合、局長レベルが行くケースが多い。政治家はさまざまな思惑で官僚に資料作成を要求し、与党政治家を訪問した局長レベルの官僚が課長や課長補佐級に資料作成を指示することなど、国会対応も含めて霞が関全体に業務量がそもそも多いのが実態とも言える。
「実は残業を申告していない官僚も多く、土日も休みなく働いている官僚もいます」
しかし、すべての霞が関の部門が多忙ではなく、ある省の特定の局の特定の課がピンポイントで政治的圧力にさらされていることもある。そこが問題であると指摘する官僚も多い。
岩本氏も、特定の人が多忙すぎて自殺するケースも民間よりも多いと語る。
人事院によれば、一般職の国家公務員の自殺率(10 万人に対する率)は平成26年度で16.4となっている。これに比べて、民間の一般就労者は11.7だ。
メンタルヘルス病休者率は、国家公務員は1.24、民間の一般就労者は0.4であった。しかし、霞国公によるアンケートによれば、33.9%の職員が心身の不調を有している、薬等を服用している、または通院治療中とされる。さらに、47.1%は「体の具合が悪くて休みたかったが、休めなかったことがある」と回答している。
「一部の官僚がものすごく働いて、メンタル面でも危機的な状況に追い込まれていることについて、国はもっと真剣に考えた方がいいです。
そのため、官僚志願者は年々減少している。人事院によると、キャリア官僚として中央省庁で働く国家公務員総合職の採用試験申込者が、2018年度は対前年度比4.8%減の1万9,609人だった。特に技術系官僚志願者の落ち込みが目立ったという。官僚は天下りしないと贅沢はできない。本省課長級で年収1,000万円ほど。それで残業が場合によっては月100時間超えであれば官僚志願者が減少するのは当然のことだろう。
「このままですと、優秀な人材が民間や外資に採られる局面が増えてきます」
「公務員の自殺はニュースになりくい」 官僚のホンネは
そしてあまり表沙汰にならないホンネについても官僚は語ったという。
〇 庁舎内診療所の精神科は、受診する職員が多く3週間先まで予約が取れない。
〇 若い職員には、月曜から金曜まで帰宅できず庁舎で仮眠する者もいる。
〇 過労が原因と思われる疾病、死亡、自殺等は多いが、労災認定されているかは不明。人事院が発表する数字は少なすぎる印象。
〇 土日いずれか出勤する職員はかなり多い。
「民間のブラック企業での自殺はニュースにはなりますが、公務員の自殺はニュースになりにくく、あまり知られていません」
一体、なぜ、官僚の働き方はこれほどまでに保守的なのか。
岩本氏は、昔と比べて官僚の仕事が面白くなくなったのではと推察する。それでは、仕事
がつまらなくなった理由とは何か。
岩本氏が官僚にヒアリングしたところ、いくつかの問題点が浮上した。
(1)調整業務が多い
(2)内向きの説明資料が多い
(3)クリエイティブな仕事ができない
(4)意思決定に問題があり、説明が多く、仕事がどんどん増えていく
官僚も本心では「働き方改革」を望み、もし残業が減少すれば、現場を視察し、それを政策に活かしていきたいという思いもあるという。しかし、現実には夜遅くまで霞が関に残っているため、現場視察の時間が確保できないという。
「もともと官僚になる人は国のために仕事をしたいという気持ちがあります。今、経済産業省で働き方改革を進めており、生まれた時間的余裕で外部の人と積極的に意見交換し、政策に活かしている話も聞きました」
今回、岩本氏はクラウド化、ICT化、ペーパレス化、AI・RPAの導入、柔軟なテレワーク・人事制度の導入を提言した。ICTの活用などにより総労働時間減少による超過勤務手当は1,255億円減、国会関係業務合理化による超過勤務手当の102億円減など年間総額1,417億円のコスト削減が見込まれると明らかにしている。
「しかし、そう簡単にはいきません。
実は岩本氏の提言は民間で実施し、結果を出している内容が多い。テレワークについては、霞が関の利用者数4,460人で全職員の8.6%。週数回テレワークを実施した人数は170人で全体の0.3%に過ぎない。
霞が関の世界では、課長級職員が大臣や局長に対してレク(説明)をする場合、実際に大臣室や局長室に行き、顔を合わせながらすることが大事であるという文化がある。今は、民間ではビデオチャットによるネット会議は常識のように行われているが、霞が関では会うことが大事であるという声は多い。
「民間の最先端の常識が官僚に追いついていない点が見受けられます。前例踏襲型が抜けていないのかもしれません。また、クラウド化した場合、情報漏洩が起きた場合に責任を取ることを恐れているように思えます」
岩本氏はセキュリティーに対してもしっかりしたソフトがあることから情報漏洩の懸念は薄いと見ている。
いろいろと難しい面はあるが、まずは誰がいつまでに何をやるのかを明確化した「霞が関働き方改革ロードマップ」の策定からはじめ、総務省や経済産業省が先進的に進めている働き方改革を各省庁に横断的に共有することを実施すべきと提起する。
一方で制度面での能力評価の運用、組織の効率性評価の導入、人事運用の弾力化、勤怠管理などについては「時間がかかりそう」とのことだ。
現在、安倍晋三首相は、「働き方改革」を主導しているが、霞が関ではまだ技術・運用面でも遅れている。しかし、霞が関がもっと効率よく、生産性を向上できる働き方を実現できれば、民間にも反映できるだろう。今、民間で働き方改革を推進し、余った時間はイノベーションを実現するために使うというイノベーティブ人材に成長しようという試みもなされている。ちょうど経済産業省でも、イノベーティブな仕事をするためにはどうすれば良いかと検討に入ったと岩本氏は明かした。誤解をしてほしくないのは、霞が関全体で働き方改革が遅れているわけではなく、省庁によっては先進的な取組みもなされているということだ。
縦割り行政を超えて横断的な働き方改革を推進すれば、創造的発想を抱く革新官僚が次々と誕生するだろう。青雲の志を持ち、社会のためになる政策立案することが本来の霞が関ではないだろうか。自由で革新的な発想を持ち、霞が関の仕事が楽しくなり、日本国家全体の働き方も大きく変わっていくことを切に願う。
(長井雄一朗)