
メガネチェーン「OWNDAYS」を運営するオンデーズの代表取締役社長・田中修治氏は、2008年に倒産寸前だった同社を買収してから再生させるまでの実話を元にした小説『破天荒フェニックス オンデーズ再生物語』を9月5日に上梓した。3万部を発行(10月4日時点)し、ビジネス小説では異例のベストセラーになっている。
田中氏に本書を出版した理由や社長自らSNSなどでメッセージを発信する理由、20代~30代ビジネスパーソンは今後どう生き抜いていくべきかについて話を聞いた。

マス広告を打つよりもコアファンを増やす
――『破天荒フェニックス』を拝読しましたが、率直に言っておもしろかったです。なぜ同書を出版しようと思ったのですか?
田中修治氏(以下、田中) こうして取材をしていただいていると、まるで成功者のように思われますが、全然そんなつもりはなく、自分としてはようやくスタートラインに立ったという感覚です。弊社では3年前に債務超過が解消され、正常化を果たしました。
ここから「OWNDAYS」を日本国内で広めていくためには、広告・宣伝をしていく必要があります。相変わらずTVCMは強いですが、昔ほどの効果はありません。そこでマス広告を打つよりも、「メガネは一生OWNDAYSで買います」と言ってもらえるようなコアなファンの方を、まず先に1人でも多く増やしていきたいなと思っています。
世界的なブランドであるスターバックスやアップルには、コアな信者がたくさんいますよね。たとえば、「iPhoneっていいのかね? 買おうか検討してるんだけど」と誰かが言うと、周囲のiPhone信者が「絶対買うべき」と勧めてくるのです。コアファンには他者に自分の好きなブランドを紹介したいという強い欲求があり、マス広告と組み合わせることで大きな相乗効果が生まれます。
ですので、今回は本を売りたかったわけではなく、OWNDAYSが歩んできたストーリーを一人でも多くの方に読んでもらいファンになってもらうことで、それが来店のきっかけになればと思い、本書を出版しました。
――Twitterでは社長自らOWNDAYSファンと交流していますね。
田中 「OWNDAYSでメガネを買いました」というTwitterの投稿を見かけると、私は御礼のリプライを必ず送るように心がけています。
「OWNDAYS FUN MEETING」という、お客様と直接話すイベントを定期的に行なっています。
そういった活動を積み重ねることで「店舗のAさんのファンだからOWNDAYSからメガネを買う」と言っていただけるファンの方が本当にたくさん増えました。

――店舗スタッフには、ファンを増やすためにどんなことを伝えているのでしょうか?
田中 いつか自分の仕事がすべてAIなどで機械化・自動化された時に、店頭に立つすべての人は「自分をウリにできる状態」を目指さなければいけないと、昨年から社内研修で伝えています。たとえば私が店舗に立っているとしら、お客様は「OWNDAYSの田中さん」からメガネを買うのではなく、「田中さんがいるからOWNDAYSでメガネを買う」という状態をいかに作れるか?ということです。そのためには自分を知ってもらい、相手を喜ばせ、たくさんの人とつながって信用を集めることがとても重要です。
弊社では、Facebook、Twitter、Instagramやブログ等、さまざまなSNSやメディアを使った個人の発信をスタッフに推奨しています。「インフルエンサー採用枠」を設けたことが話題になりましたが、インフルエンサーである一部のスタッフだけが発信しているわけではありません。スタッフのファンはここ3年間で増えました。それが力の源泉の一つです。
転職するか留まるか、決断はどっちでもいい
――田中さんは30歳の時にオンデーズの船頭になると決断し、10年間駆け抜けてきました。今の20代~30代のビジネスパーソンは、これからどうやって生き抜いていけばいいでしょうか?
田中 多くの人は選択そのものに意味があると思っています。二択になった時に、あらかじめ成功と失敗の答えが決まっていると錯覚しているので、悩む人が多いのです。
「OWNDAYS」を買って成功だったのは、結果を出すことができたからです。一歩間違えば倒産という自体も十分にありえました。
本書を出版する決断も同じで、内容が悪ければ、イメージダウンになることもあります。出版を決めた以上は、OWNDAYSにとって「本を出して良かった」と思える行動を取るしかないのです。
「ピンチはチャンス」といいますが、僕は「ピンチはピンチ」なんだと常に思っています。だから、楽観的にならず、それを修復するためにとにかく必死で頑張ることが重要です。
――それには日々どんなことを心がけるべきですか?
田中 毎日違うことをするという習慣をつけるべきです。これを実践すると、新しいことに挑戦することに抵抗がなくなるんです。人間は必ずルーチンをつくり、すでに経験したことをトレースしていくのが生存本能的に安全な行動のとり方と認知するため、年を取れば年を取るほどルーチンが凝り固まってしまいます。
しかし、心理的なハードルで、なかなか一歩踏み出せないのはすごくもったいないです。
――20代~30代で悩やがちなのは、今の会社に留まるべきか転職すべきかの決断ですが。
田中 決断はどっちでもいいのです。転職したからこそ成功する可能性もあり、今の会社に居続けることで成功する未来も、どっちもあるのです。どっちを選ぼうが、それは後の行動により、成功と失敗が導き出されます。唯一、正解があるとすれば、仕事は楽しくないと続けられませんし、努力もできません。転職と在籍のどちらを悩んだ時は、楽しめる方を選択すれば、結果的に継続して頑張れるのではないでしょうか。
――それでも迷っている人も多いです。
田中 決断した後は行動すること。そしてその選択を後悔しないように行動することを心がけてほしい。行動の仕方によっては、もし失敗してしまっても、それはただの失敗ではなく、教訓になるからです。
――会社での人間関係は大事ですが、特に上司との関係が難しいという声も多いです。
田中 私は20歳から自営業していました。1回も就職したことがないんです。だから「嫌いな上司とうまく付き合っていく」という感覚がよくわかりません。私には無理ですね(笑)。
私は、無理に上司と合わせなくていいんじゃないかと思います。結局、大人になってからの人生は、すべて自分の行動の結果でしかないからです。人や環境のせいにせず、自分が納得できる行動をとるように心がけるようにすれば、自ずと道は開けると思っています。
社会貢献は広告宣伝にも退職防止にもなる
――話は変わりますが子供の夏休みの宿題テーマとしてメガネの世界を提供するワークショップを開催するなど社会貢献もしていますね。
田中 ほかにも発展途上国や貧困国の、視力矯正が必要なのにメガネを購入できない人にメガネを送るプロジェクト「EYE CAMP (アイキャンプ)」を継続して年3回~4回を行なっています。
社会貢献の考え方としては、ある自動車会社は広告宣伝に年間数百億円を使っていますが、それだけの広告宣伝費があれば、その10分の1も使わないで、日本中の足が不自由な方に車いすを寄贈できるじゃないですか。その車いすに自動車会社のマークを貼る方が、広告宣伝としては効果が上がると思います。
どうせお金を使うなら、誰かを助けるためにお金を使ってそれが広告宣伝になったほうがいい。
――スタッフも子供たちと遊んで楽しかったのでは。
田中 今、小売業や労働集約型のサービス業で重要なのが、スタッフのモチベーションをいかに持続させるかです。
スタッフは決してロボットではありません。たとえば、弊社製品がアニメやアイドルとコラボすると、お客様は「あのアニメとコラボしたメガネください」と来店してくれますが、するとスタッフは接客をしない単なるロボットになってしまいます。それよりも、子供たちの夏休みの自由研究をスタッフが一緒に手伝ってあげて、仲良くなって、その子がメガネを買うときに「OWNDAYSのスタッフにまた会いたい」と思って来店してくれる。
そんな風に「会いたい人」とお客様に思っていただけるような環境をつくればOWNDAYSはまだまだ伸びます。ただメガネを買う場所だけでなくて、地域の人々が楽しむためのコミュニティスペースに全国店舗を変えていきたいのです。
機械でできることは機械に置き換えて、もっとスタッフ達が「人間らしい仕事」で力を思う存分発揮できるように生産性の向上と意識改革に努め、OWNDAYSスタッフ達の価値をできる限り高くして、世界一のメガネ企業を目指していきます。
(長井雄一朗)