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漫画『警察官をクビになった話』が露呈した“刑法を守らない警察”

漫画『警察官をクビになった話』が露呈した“刑法を守らない警察”
画像はイメージ

コラムニストでありブロガーのハルオサンさんの漫画『警察官をクビになった話』がインターネット上で大ヒットしているようです。

警察学校にいた際に受けたイジメが理由で辞めさせられた話を題材にした漫画なのですが、イジメと表現するのは生ぬるいほど、凄まじい暴行や人権侵害の被害に遭った体験談はあまりに壮絶な内容となっており、衝撃を受けた人が後を絶たない様子です。




この漫画もある種の「#MeToo」だと思う


本人は警察に対して告発する意図を持って作品を作ったわけではないように感じますし、加害者の実名が記載されているわけではないですが、SNSで被害実態が拡散するという意味においては、これもある種の「#MeToo」と言えるのではないでしょうか。

それにしても、日本の#MeTooは、他国の事例に比して本当に常軌を逸しています。もちろんあらゆるハラスメント行為自体がアウトなのですが、写真家・荒木経惟氏(通称アラーキー)が自身のモデルを15年間務めたkaori氏に対する奴隷的扱いや、被害者のアイドルから提訴されているピクシブ社社長・永田寛哲氏の労働搾取や盗撮等、もはや現行法ですら簡単に破られている現状があったことを思い出しました。それはもはや法治国家ではないことを意味します。

そして、今回は上記の事件以上に法治国家の危機を露呈している問題です(「以上」というのは事件の重大さに優劣をつけているわけではない)。というのも、この話が本当だとすれば、本来暴行や傷害を取り締まるべき警察が暴行罪や傷害罪に該当するような行為を平然と行っているわけですから、法治国家の機能不全という状態を如実に表しているのではないでしょうか。

「閉鎖的な環境でのイジメってよくある」のような感想を見受けられましたが、これは一般的な組織ではなく、本来暴行や傷害を根絶しなければならない立場にある者による暴行や傷害なのですから、決して通常の組織内イジメと同列に扱って良いはずがありません。

以前から警察の組織体質は様々な問題が指摘されてきましたが、そろそろ政治やメディアや世論を含む社会全体で議論をして、体質そのものにメスを入れるべき時ではないでしょうか。一刻も早く再発防止策を取り組むべきでしょう。

この話をお涙頂戴で終わらせないでください


ところが、今回このようなセンセーショナルな作品が世に出ても、なぜかそういう声は非常に少ないと感じています。むしろハルオサンさんが立ち直った後に自分の好きな仕事を続けられているという描写がとても良い話であったために、「胸が痛くなった」「心打たれた」等、「感動モノ」のように捉えておしまいかのような反応をしていた人が続出しています。

また、仲間外れにされた様子を「チェスの駒に紛れるコケシ」として表現するなど、細かな表現にも秀逸さが溢れていたために、「作品として素晴らしい!」と評価されて、その内容への関心が薄れているようにも感じました。

確かにこの作品はそれらのような素晴らしさはあるものの、絶対に「お涙頂戴」で終わらせてはいけません。実際に、警察学校で似たような経験を耳にしたという声も出ています。今イジメ・暴行・傷害を受けて苦しんでいる人々を救わなくてはなりませんし、これから被害に遭うかもしれない人々を守らなければなりません。


なぜ、暴行を取り締まる警察が暴行するのか?


それにしても、なぜ暴行を取り締まらなければならない警察で暴行が起こるという矛盾が起こってしまうのでしょうか? これまで歴史上も散々繰り返してきた問題ではありますが、これもまた「正義か否か」で判断してしまうことが根本的な原因であるように思います。宗教にしてもファシズムにしても、多くの戦争や殺戮の原因は「善意と善意の衝突」や「善意の押付け」で起こるのは世の常です。

それにもかかわらず、それをいまだに学習していない日本人はとても多いように感じています。たとえば、シリアで拘束されていたジャーナリストの安田純平氏が約3年ぶりに解放された事件に関しても、自己責任論(というより政府や権威に従わない者に対するバッシング)が日本中を席巻しています。戦場に出向くジャーナリストを叩く人たちにとっての正義は、「社会に迷惑をかけないこと」「権威(≒政府)に従うこと」なので、そこから外れる者が遍く攻撃の対象となるのでしょう。

ですが、戦場ジャーナリズムの目的はジェノサイド等の虐殺や人権侵害を防ぐことであり、大切なのはそれをいかに実現するかです。正義な否かではなく、人命や人権を守れるか否かで考えることが大事なはずが、そういう基準で出来事を見ることが無いからこそ、「正義感が歪む」のだと思います。


人権との一致無き正義は害悪になりうる


今回の警察学校のケースにしても、集団イジメに加担していた人の中に、正義感を持って行っていた人も少なからずいたはずです。ですが、「人権との一致無き正義は害悪になりうる」という知識が無ければ、正義は歪む可能性を十分孕んでおり、それが今回のようなケースを生み出していることを改めて私たちは認識しなければなりません。

残念ながら日本人にとって「人権」というのは、自らの手で獲得した欧米の人々とは異なり、第二次世界大戦の敗戦によって“棚ぼた”的に貰ってしまったものです。そういう側面もあるからか、労働にしても教育にしても性にしても、あらゆる分野で人権意識が欠如している人が本当に多いと感じます。そして、そういう人権意識の欠如が、戦争無き今の日本で「生きづらさ」という“戦い”を生み続けていることにいい加減気が付いて欲しいものです。

そして何より、本来は私たちの人権を守ってもらうはずの実力組織による人権侵害は、絶対に許してはなりません。「警察酷い!」という単なる組織スキャンダルで済ませるのではなく、「人権守る警察であれ」ということを訴えて行くべきではないでしょうか。
(勝部元気)

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