10月19日、「アニメフィルムフェスティバル東京2018」の一環として、高畑勲監督の劇場アニメ『赤毛のアン~グリーンゲーブルズへの道~』特別上映と、アン・シャーリー役の山田栄子、ダイアナ・バリー役の高島雅羅によるスペシャルトークショーが東京新宿のシネマート新宿にて開催された。

今年は高畑監督が逝去し、来年はテレビアニメ『赤毛のアン』が放映されてから40周年を迎える。
スペシャルトークショーでは、共演をきっかけに大の親友になったという山田栄子と高島雅羅が、高畑監督や放送当時の思い出を息の合った調子でたっぷり語ってくれた。
高畑勲をアンとダイアナが語った「赤毛のアン グリーンゲーブルズへの道」レポ「変な声だからいいんだよ」
『赤毛のアン グリーンゲーブルズへの道』ポスター

アン抜擢の理由は「変な声」だったから?


まずは、高畑監督の印象から。

山田「高畑監督はあまり(録音)スタジオに入ってお話することはありませんでした。ただ、私、オーディションのときに1時間以上セリフを録りましたので、オーディションの声をもとにしてアニメーションの動きが作られていたんです。だから、『あのとき、ああやって演じたからこういう絵になったんだよ』とよく怒られました(笑)」
高島「優しい方でしたよね」
山田「優しい方だから、よけいめげちゃうんです(笑)。一番こたえたのは『グリーンゲーブルズへの道』をカナダ大使館で上映したとき、高畑監督の第一声が『思ったより……変な声じゃありませんでしたねぇ!(高畑監督のモノマネ)』ってしみじみと言われまして(笑)」
高島「原作には『美しい声』って書いてあったんだよね」
山田「オーディションは須美ちゃん(島本須美)と私が最後まで残っていたらしいのですが、宮崎(駿)監督は須美ちゃんの鈴の鳴るような美しい声を気に入っていたそうです。ところが高畑監督は『いや、こっちの変な声のほうが、長いセリフの中で耳に引っかかってくる』とおっしゃって。
『変な声』って何回も言われたんですよ!(笑) テレビシリーズの放映から何年も経ったカナダ大使館での上映会でも『変な声』って言われたので、本当にそう思ってたんだ……とあらためて感じました。それが高畑さんの一番の印象ですね」
高島「ダイアナの出番は9話目からでして、私自身は高畑さんとしっかりお話したことがないんです。スタジオのブースの奥でニコニコといいお顔で座っている方が監督さんなんだな、といつも思っていました。だから、印象としては優しい方だな、と」

高畑監督に「もっと絵を入れてください」と頼みに行った話


次に収録現場での苦労話へ。

山田「私は仕事を始めた年齢が遅かったので、雅羅は年が同じなのに大先輩だったんです。それにもかかわらず、浦上さん(録音監督の浦上靖夫)の特訓を何回も一緒に受けてくれて」
高島「栄子ちゃんが演じたアンの役に限らず、本当にこの作品は難しかったんですよ。淡々と続いていく日常をオーバーにならず淡々と演じるのは本当に難しいことなので」
山田「絵もないしね(笑)」
高島「絵はまったくなかった! 絵コンテは丸描いて目鼻がついているだけの落書き状態で、録音のときも赤線と青線が動かないような映像でした。
だから、アフレコ前日にはよく浦上さんに質問しに行きましたね。それがどうして1週間後にはこんなきれいな絵が出来上がっているのだろう、と(笑)」
山田「一度、あまりに絵がないので、浦上さんに『日本アニメーションのスタジオへ高畑さんに会いに行って、もっと絵を入れてもらおうね』と言われて、何もわからずにスタジオまで行きまして。高畑さんが出ていらしたのですが、髪はボサボサ、目も半分寝ているような状態で、挨拶もないまま台本や絵コンテの話をずっとお話されて。何もわからない私はずっと口を開けて聞いているだけで、とても『もっと絵を入れてください』とは言えずに帰ってきました(笑)。それだけ一つ一つの絵や動きを寝ないで考え抜いて作っていらしたんですね。ものすごい感動です。
いい加減なところが何もないんです」
高島「映像に妥協がありませんからね」

“宿題”として収録が持ち越されることも


2人のお気に入りのシーンは第9話でアンとダイアナが「腹心の友」の誓いを立てるところ。

山田「厳かに誓いを立てるのよね」
高島「子どもなのに大人びた言葉でね」
山田「私自身もすごく雅羅のことを尊敬していたので、一緒にいられるのがうれしくてうれしくて仕方なかったんです。だから、このシーンも、とてもうれしかったですね」
高島「出演者の数がとても少ない作品で、話数によっては3人や4人のときもあるんですよ。その人たちがみんな温かくて、若い私たちを優しく支えてくれました。すごく雰囲気の良い現場でしたね。麻生美代子さんや武藤礼子さん、鈴木弘子さんなど、憧れの大先輩たちがたくさん出ていらして」
山田「今だから言えますけど、私、武藤さんにサインもらっちゃった(笑)」
高島「アンとダイアナの出会いのシーンは絵もすごくきれいだったんですよ。友情という言葉の意味をつくづく考えてしまいました。
“心の友”“一生の友”になるのですから」
山田「本当に雅羅に頼ってました。まわりは大先輩だらけで、普通に話せるのは雅羅だけだったんですから!」

当時の失敗談を尋ねられると……。

山田「雅羅はなかったよね。とにかく私!」
高島「セリフ量がぜんぜん違ったからね」
山田「宿題として次の週に持ち越されたこともありましたから。何回やってもどうしてもできないと、『もういい。来週の本番の前に録ろう』って。
本番の前は効果音などのダビングをしているのですが、その横で前の週の分を収録したことが何回かありました。そのときは高畑監督もいらっしゃって、たいていオーディションのときのテープを聞かされるんです。『君は、あのとき、こういう話し方をしていたんですね……(高畑監督のモノマネ)』って(笑)。オーディションのときは、とにかくアンになるとはまったく思っていなかったので、とにかく能天気に演ったのが良かったんですよ。2回目のオーディションはとにかく最悪で、すぐに帰されました」
高畑勲をアンとダイアナが語った「赤毛のアン グリーンゲーブルズへの道」レポ「変な声だからいいんだよ」
劇場に展示されていた当時の台本など

高畑勲をアンとダイアナが語った「赤毛のアン グリーンゲーブルズへの道」レポ「変な声だからいいんだよ」

2000円いただきに行ったオーディション


ここで話はオーディションの思い出に。

山田「1回目は2000円をいただきに行ったんですよ(笑)。
当時はオーディションに行くと交通費2000円もらえたんです。『アルプスの少女ハイジ』のおんじ役の宮内幸平さんが『おい、今、〈赤毛のアン〉って作品のオーディションやってて、行くと2000円もらえるから行ってこいよ。もう終わってるけど、僕が言っておいたから大丈夫だから(宮内幸平さんのモノマネで)』って(笑)。40年前の2000円ですからね! 私、喜んでオーディションに行ったら、すごく長いセリフをずっとやっていただいて。劇団でもそんなにたくさんセリフをいただけていなかったので、楽しくて楽しくて! なんて面白いセリフだろう! と思いながら、言われるがままに演じました。浦上さんもニコニコしていたので、音響監督とは知らずに『ああ、優しいおじさんだな』って。知っている方は怖かったみたいです。知らないって素晴らしいことですね(笑)」

では、「2回目は最悪」とはどういう意味だったのだろう?

山田「2回目のオーディションに呼んでいただいて、あわてて読んだことのなかった『赤毛のアン』を読んでみたら『鈴が鳴るような美しい声』って書いてあったんです。私、鈴が鳴るような美しい声じゃない……これは困ったと思って、高い声や可愛らしい声を出そうとさんざん勉強していったんです。そしたら、それが最悪で。10分ぐらいしたら浦上さんがすごく冷たい顔をして『君、こないだ来た人?』『はい』『こないだみたいにやってくれないかな?』……こないだといっても2000円のことしか考えてなかったら何も覚えてない(笑)。自然にやったのが良かったんですね。この役を得たい、可愛らしく演じたい、と思うようなあざとい気持ちではダメなんだとわかりました」

優しくも厳しかった高畑監督だが、新人だった山田にある配慮をしていたという。

山田「事前にスタジオに4回ぐらい通って練習しました。はじめはすごくきれいな絵があったので(笑)、それに合わせて練習しましたね」
高島「事前に練習なんて珍しいですよ。この作品はやっぱり(他の作品とは)違うんです」
山田「高畑監督はほかにもいろいろ気を遣ってくださったと思います。たとえば、マリラ役の北原文枝さんに台本を届けに行くようにと言われて、毎回青山のご自宅に台本を届けに行っていました。早く仲良くなっていい作品にしたいという高畑監督の気遣いだと思います。浦上さんにも、私と雅羅が早く仲良くなるように一緒に練習するようにしていただいたり。『赤毛のアン』は一人ひとりが大切にした作品なんです」

映画『赤毛のアン グリーンゲーブルズへの道』は、高畑監督が中島順三プロデューサーに映画化について打診されたとき、「この作品は切れない(カットできない)」と頑として主張し、第1話から第6話までを再編集した形で完成したものだという。

「それほどまでに大切に作られた作品」(山田)、「壁紙の柄一つひとつにまで感動した」(高島)というアニメ『赤毛のアン』。出演者の2人を通じて、高畑監督をはじめとするスタッフの熱い気持ちが伝わってくるトークショーだった。
(大山くまお)