朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第16週「1983」
第75回〈2月16日(水)放送 作:藤本有紀、演出:橋爪紳一朗〉
※本文にネタバレを含みます
※朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第76回のレビューを更新しましたらTwitterでお知らせしています
ひなた、時代劇村でバイトする
「このままでは時代劇は滅びさる。拙者はそなたに時代劇を救ってほしいのじゃ」と伴虚無蔵(松重豊)はひなた(川栄李奈)に時代劇の未来を託す。あのコンテストでの「大好きやからです。【レビュー一覧】朝ドラ『カムカムエヴリバディ』のあらすじ・感想(レビュー)を毎話更新(第1回〜75回掲載中)
伴虚無蔵、20年以上前の映画『妖術七変化』が唯一、メインキャストとして出演した作品で、それ以外、大部屋俳優として活動しているからか、ひなたもるい(深津絵里)もすぐには彼が誰かわかっていない。翌朝になって錠一郎(オダギリジョー)がたまたまポスターの前に座り、彼の顔と虚無蔵の顔が並んだときにようやく、ラストの大立ち回りがすごかった人であることに気づく。
時代劇村には大部屋俳優がたくさん存在し、いろんな時代劇…『破天荒将軍』や『江戸を蹴る』や『金太郎侍』などにちょい役で出ている。大部屋俳優とは「名もなき有象無象と心得られよ」と言う虚無蔵。虚無蔵とは「虚無僧」ではなく「有象無象」からとられた名前だろうか。
ドジっ子・ひなたが時代劇のために何ができるかまだ不明だが、もうひとり、時代劇を愛する若者がいる。あの無愛想な男(本郷奏多)だ。彼もまた若いが時代劇が好きで、まだ大部屋俳優ながら自分の名前・五十嵐を「アラカンの50倍」と自分を鼓舞している。アラカンとは嵐寛寿郎という時代劇スターだ。
ひなた「こいつ、底なしのあほや」
五十嵐「こいつ、底なしのバカや」
関西弁と関東弁(?)の対立構造で画面は二分割になる。そして砂埃。
正統派の時代劇継承者としての五十嵐と、かじっただけという感じの異端のひなた。このふたりが虚無蔵の元で時代劇を救うことができるのか!? という展開になってきた。
条映映画の企画スタッフ・榊原(平埜生成)が「虚無蔵さんに見込まれるなんてすごい」とひなたに一目置く。ここでラジオからかかっているのは薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」。これが主題歌になった同名映画は高校生がヤクザの組長にまつりあげられる話。『カムカム』ではひなたが時代劇の救世主にまつりあげられる話……なのだろうか。
『セーラー服と機関銃』はヒロインがずいぶん年上のおじ様に恋するのだが、虚無蔵とひなたの恋があったりするんだろうか。虚無蔵の時代劇言葉や仕草に感化されてきたひなたが映画村を出ていくときに、能のすり足のような動きをしているのもなかなか良かった。
ひなた編は現代口語ドラマだ
初代ヒロインの安子(上白石萌音)は戦争で家族を失い、娘・るいとも誤解が元で離れ離れになってしまった。2代目ヒロインのるいは母と別れた傷を抱えて大人になって、それを錠一郎に埋めてもらった。そして3代目はとくに大きな不幸なく、安子が夢見たいつまでも家族と一緒に楽しく暮らす生活を送っている。進路が決まらないことが悩みだったが、時代劇村で働いて大好きな時代劇に触れていられる幸福を手にいれたひなたは、相手の言ったことにいちいち「えっ」と反応したり、「冒涜?」「五十嵐?」と相手の言葉を繰り返したりする。安子編、るい編ではなかった口調が多用され、ちょっとうるさく感じるほどだ。
90年以降、平田オリザが「現代口語演劇」を提唱した。それは大きなテーマや事件ではなく、身の回りの出来事を、翻訳調のセリフではない現代の日本人が話している言葉づかいで描くというものだ。主人公がとくに大きな事件にまきこまれず、社会的なテーマももたず、「え?」などの「フィラー」(つなぎ言葉)や相手の言葉の復唱の多用によってあまり意味のない会話を続けるひなた編はまさに現代口語ドラマのスタイルである。
『カムカムエヴリバディ』というひとつづきの物語のなかで、主人公たちが代わるだけでなく、歴史的事件や風俗を描くだけでなく、言葉遣いも変えてきているところが『カムカム』の感心するところだ。
正直なところ、虚無蔵が訪ねて来た日、なぜ錠一郎に「さっきへんな人が訪ねてきたのよ、虚無蔵っていう名前の」みたいな報告をしないで、翌朝、ひなたが出かける段階になって錠一郎がどうしたの?と聞くという緩い流れには、ドタバタほのぼののいわゆる平凡な朝ドラになってしまったなあ、ベテラン藤本有紀でも後半グダグダしてしまうのかという落胆も少なからずあったが、現代口語のトライを感じることで、単なるグダグダではないのだろうと希望が持てた。
英語を懸命に学んでいた安子の時代は翻訳調の無駄のない理路整然とした言葉遣いで、日本にアメリカ文化が入ってきて日本文化と混ざってくると日本語らしい台詞が書かれていく。虚無蔵の時代劇言葉も独自の言葉遣いだ。英語を扱ったドラマはちゃんとあらゆる言葉に敏感に書かれている。
(木俣冬)
【前回の朝ドラ】『おかえりモネ』の全レビューを見る
番組情報
連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』
2021年11月1日(月)~<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時00分~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時00分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時00分~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時00分(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時00分~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
制作統括:堀之内礼二郎 櫻井賢
作:藤本有紀
プロデューサー:葛西勇也 橋本果奈 齋藤明日香
演出:安達もじり 橋爪紳一朗 深川貴志 松岡一史
音楽:金子隆博
主演:上白石萌音 深津絵里 川栄李奈
語り:城田優
主題歌:AI「アルデバラン」
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami