田舎の朴訥とした女子高生が、実は殺人マシンな改造人間だったら……。『The Witch/魔女』は、韓国映画らしいバイオレンスと怒涛の展開にアイドルと女子高生2人の友情物語がぶち込まれた、闇鍋のような作品だ。

もしも舐めてた女子高生が殺人マシンで、アイドルを目指し始めたら?「The Witch/魔女」

謎の研究施設から脱走した改造人間、アイドルを目指す


現在シネマート新宿、シネマート心斎橋にて開催中の特集上映、のむコレ。シネマートの番組編成を担当している野村武寛氏の名前をとり、国内では全国公開されていないもののインパクトのある内容の映画を特集して取り上げるイベントである。ちなみに鑑賞料金も1300円と、普通より安くなっている。

この「のむコレ」でプログラムに組み込まれているのが、韓国映画『The Witdh/魔女』である。韓国では今年6月に公開され、初登場1位と大ヒットしたバイオレンスアクション映画だ。これがなんというか、すごい映画だった。オタクも満足というか、欲張りにも程があると言いたくなるほど要素を詰め込んだ一本である。

映画はモノクロのおどろおどろしい映像から始まる。移されるのは古今東西の人体実験の映像だ。むき出しの脳味噌がデーンと出たところで本編に入ると、すでに薄暗い廊下を血塗れにして何人も人間が死んでいる。どうやらなんらかの施設から、収容されていた者が脱走したらしい。そして森の中を走って逃げる一人の少女が映される。なんとか追跡から逃げ延びた少女は近くの酪農家で意識を失い、その家族に拾われる。


画面が切り替わると、少女はすでに女子高生になっている。成長した少女はジャユンと名付けられ、成績優秀ながら実家の酪農を手伝う孝行娘になっていた。仕切り屋でお調子者だけど気のいい親友ミョンヒと一緒に学校に通う日々。しかし折からの不況で酪農家の収入は減り、またジャユンの母は若年性のアルツハイマーにかかってしまった。手っ取り早い現金収入のためミョンヒが勧めたのはスター発掘番組に出てアイドルになること。マネージャー気取りのミョンヒに連れられて出演した番組で、ジャユンは歌とある「手品」を披露する。

その「手品」を見ていたのが、ジャユンが逃げ出してきた謎の施設の人間たちである。超人を作るために人体実験を繰り返していた彼らは、その「手品」によってジャユンが逃げ出した被験体であることを特定。すぐさま追っ手を送り込む。果たしてジャユンの運命やいかに……。

悪の組織によって人体改造され、特殊な能力を持つことになった主人公の物語ということになると『仮面ライダー』や『AKIRA』や『ユニバーサル・ソルジャー』や……という感じで先行作品はたくさんある。その辺の先行作品に対して『魔女』は「似てますけど、何か?」という感じの堂々とした態度を取っている作品だ。


というか、そういうオタク向けフィクションを好きな人向けの要素がパンパンに詰め込まれていると言っていい。黒ずくめの服装で固めた、ジャユンと同じ施設で育った被験体の少年少女たち。彼らにはナイフや念動力など固有の能力があり、頭もいいから英語がペラペラ、韓国語と英語混じりで話す。コンクリ打ちっ放しの研究施設や施設のトップは女科学者だ。そしてそのトップの指示を受けてジャユンの追跡に当たるチームリーダー(施設の子供たちとは別で動き、火器で武装した部隊を率いている)は片手に黒い手袋をしたメガネの渋い中年。流血と情け容赦ない暴力。ぶん殴られた人間はビュンビュン吹っ飛び、コンクリートの壁に大穴があく。「これ、どこで連載してた漫画ですか!?」と聞きたくなるようなオタクの欲張りセットだ。

ジャユンを演じるキム・ダミの見た目もすごい。ちょっと見では地味というか、めちゃくちゃ朴訥としてるのである。本当に「韓国の田舎ではちょっと可愛い方の女の子」という感じの塩顔女子なのだが、あるシーンでスイッチが入ってからの殺人マシンぶりが凄まじい。それまでは地味顔オブザイヤー(キム・ダミの顔立ちだけではなく、メイクも意図的にそういう方向に振っている)だったのに、ニヤニヤ笑いながら怒涛の勢いで人間をバンバンぶっ殺していくギャップ。
そんなの好きになっちゃうに決まってるんで……やめてくれませんかね……。

もう2人でそのままアイドルになってくれ!


『魔女』で印象に残るのが、途中の日常パートである。朴訥として化粧っ気もないジャユン(もうちょい年頃の娘らしい服を着ろと父親に怒られたりしている)と、対照的に常に前髪にカーラーを巻きつけてよく喋るミョンヒ。冒頭でいきなり血みどろの廊下や不穏な研究施設が映った後なのに、この2人が「実家はピンチだけど、アイドルになって稼いで切りぬけよう!」と言い出すので「えっ!?」となる。いやアンタ、アイドルになってピンチを切り抜けるって『ラブライブ!』かよ! 『ユニバーサル・ソルジャー』の中盤でジャン=クロード・ヴァン・ダムがEXILEのメンバーを目指し始めたようなものである。ヴァンダムなら普通に加入できそうだけど。

この2人がとにかく微笑ましい。ボンヤリしているジャユンをミョンヒが仕切り倒し、オーディションのために乗ったソウル行きの電車では「旅行と言ったらゆで卵とサイダーでしょ!」と2人でゆで卵をパンパンに頬張る(韓国では今でも駅のホームで売っているほど、ゆで卵とサイダーは旅行の友だとか)。観客のテンションが「マネージャー気取りだったミョンヒもTV局のプロデューサーに気に入られて、結局2人で歌うことになっちゃって、ドタバタしながら頑張ってアイドルになる映画でいいよ、もう……」となったところで、冒頭の不穏なノリが顔を出す。自然と観客も「それはやめて差し上げろ!」と前のめりになるわけで、この辺の揺さぶり具合は絶妙だ。

『魔女』の監督は『新しき世界』『V.I.P 修羅の獣たち』を作ったパク・フンジョンである。「よく喋る陽気なキャラと寡黙でクールなキャラの組み合わせ」や「一旦逃げきれないとわかったら、開き直って全てを焼け野原にしちゃう主人公」や「観客の当初の予想と違うところに着地するストーリーテリング」はお家芸と言っていい。
しかしそれにしても、『V.I.P』に続いて客を感情を揺さぶるのがうますぎる。ほんとね、ミョンヒがいい奴なんですよ……。全てがハチャメチャになった後のジャユンとミョンヒがどうなっちゃうのか、そこを見るためだけにでも映画館に行く価値はある。

特定映画館での特集上映ということで、正直アクセスしにくいネタであるのは否めない。しかし、それを無視してでも見てほしい一本である。どうやら続編も作る気っぽいので、なんとかして今のうちに見ておくことをおすすめしたい。
(しげる)

【作品データ】
「The Witch/魔女」
監督 パク・フンジョン
出演 キム・ダミ チョ・ミンス パク・ヒスン チェ・ウシク ほか

STORY
謎の研究施設から脱出してきた少女。彼女は田舎の酪農家に拾われ、ジャユンという名で育てられる。ある日ひょんなことからテレビ出演を果たしたジャユンは、昔収容されていた施設からの追撃を受けることになるが……
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