
イップ・マンに敗れた男、正義のために再び戦いへ!
『葉問』シリーズは、詠春拳の達人であり実在の武術家だったイップ・マン(葉問)の半生を描いたアクション映画である。こ主演を務めるドニー・イェンの寡黙で穏やかな佇まい、いざ戦いともなれば超高速のチェーンパンチで敵をなぎ倒す激しいアクション、そして「誇りを胸に家族を大事にして真っ当に生きる」ことの意義を教えてくれるストーリーと、三拍子揃った内容でアジア圏を中心に大ヒットした。特にドニーさんのイップ・マンは当たり役となり、『ローグ・ワン』に出演した時もドニーさんは割とイップ・マンっぽい役を割り振られていた。
で、この『イップ・マン外伝 マスターZ』である。"外伝"とタイトルについている通り、この映画はイップ・マンの話ではない。主人公はシリーズ3作目『イップ・マン 継承』でイップ・マンと一度は共闘し、互いに詠春拳使いだったことからその正統を巡って対立、そして敗れ去った男であるチョン・ティンチだ。一人息子を抱えた男やもめのチョンはイップ・マンに敗れた後に武館をたたみ、食料品店を営みつつ暗殺組織からの依頼をこなす裏稼業にも手を出していた。
息子のためもあり、裏稼業から足を洗ったチョン。ある日彼は香港を根城にする犯罪組織の幹部キットに追われていたナイトクラブの歌手ジュリアとホステスのナナを助ける。これによってキットの恨みを買ったチョンは自宅に放火され、息子と共に露頭に迷うことに。ジュリアはそんなチョンをボーイとして雇うようナイトクラブの経営者にして兄のフーに頼み、またチョン親子の住居の面倒をみる。
一方、犯罪組織の女首領であるクワンは先の時代を見据え、組織全体を堅気の商売に鞍替えさせようとしていた。しかしそれに反発するキットはヘロイン密売を大々的に開始。
チョンを演じるのは今最も中国アクション映画界で注目を集めるスター、マックス・チャン。『ドラゴン×マッハ!』ではトニー・ジャーとウー・ジンという爆裂によく動く2人組を向こうに回して圧倒的な強さを見せ、客の度肝を抜いた。一見華奢な体格なのに動くととにかく速く、さらにコミカルなものからシュートっぽいスタイルまで幅広い動きを見せられる、器用で正確なアクションが売りである。さらに加えていうと、この人は顔もいい。
というわけで、そんな動けるマックス・チャンが、『マスターZ』ではありとあらゆる種類のアクションを見せてくれる。高い位置の看板を飛び回っての空中戦に、閉所での高速の殴り合い。かと思うとフーとのどつき漫才のようなシーンや、クワン(演じているのはミシェル・ヨーである!)との武器を使った格闘など、戦闘シーンはとにかくバラエティに富む。特に「軽くて速い」マックス・チャンと「デカくて重い」デイヴ・バウティスタとの体格差バトルは凄まじい。体積がある相手と戦うとどれだけ高速で殴ろうが蹴ろうがビクともしない、ということの恐ろしさが骨身にしみて伝わってくる。
「やらかしちゃっても詠春拳があれば大丈夫!」という、強すぎるメッセージ
華麗だったり豪快だったりコミカルだったりと、あの手この手でアクションを見せて観客を満腹にしてやろう!という強い意志を感じる『マスターZ』だが、この映画がある男の再起を賭けた戦いの物語であるところにおれはものすごくグッときた。
チョンはけっこう派手にやらかした過去を持つ。かつて後ろ暗い方法で金を稼ぎ、その金を元手に華々しく武館を開いたもののイップ・マンとの勝負には敗北。類まれな詠春拳の使い手でありながら将来への道を閉ざされたのが、チョン・ティンチという男である。『継承』での彼の描かれ方は決してわかりやすい悪役というわけではなかったが、それでもイップ・マンに敗北し武術界を去らざるを得なかった男という過去は消せない。
『マスターZ』に関していえば、もうひとつクワンとその組織という軸もある。60年代の香港で、かつてのような方法で荒稼ぎするのは難しいと感じていたクワンは、組織と自らを守るため犯罪組織としての過去を捨て去る決意を固める。それは普通に悪事を働くよりも、ずっと険しく難しい道のりだ。実際『マスターZ』の劇中でも、"元犯罪組織の女ボス"であるクワンは、堅気だったらしなくてもいいだろう苦労を背負わされる。
つまり『マスターZ』は、過去に落とし前をつけ、それでも前を向いて自分を頼りに進もうとする者たちの物語なのである。そしてそこに、チョンが過去に一度は捨て去った詠春拳という主題が絡んでくる。かつて本当にのめり込み、一度は武館まで開き、そして真の達人に敗れ去ったことで捨てたのに、それでもどうしても手放すことができない詠春拳……。その詠春拳とチョンはどう向き合うのか。
『イップ・マン』の正伝は「家族と誇りを大事にして真っ当に生きる」ことを、ドニーさんの拳で教えてくれる物語である。対して外伝である本作は「けっこうガチのやらかしをやっちゃっても、人はまた真っ当に生き直すことができる」ことを、ハードな肉体言語で教えてくれる作品だ。真の人格者であるイップ師父とはちょっと異なる方向性だが、これこそが外伝たる所以だろう。ドニーさんのイップ・マンもまた見たいが、本筋から外れて独自の道を進み始めたチョン・ティンチの物語ももっと見たい。葉問シリーズがこの先も末長く続いていくことを、しみじみと願ってやまないのである。
(しげる)
【作品データ】
「イップ・マン外伝 マスターZ」公式サイト
監督 ユエン・ウーピン
出演 マックス・チャン デイヴ・バウティスタ ミシェル・ヨー トニー・ジャー ほか
3月9日よりロードショー
STORY
かつてイップ・マンに敗れた武術家、チョン・ティンチ。地元の犯罪組織に追われていたナイトクラブのシンガーとホステスを助けたことで争いに巻き込まれたチョンは、正義のために再び自らの武術で戦いに挑む