今年のアカデミー賞で『グリーンブック』と作品賞を争った『ブラック・クランズマン』。潜入捜査を題材にしたちょっと変わった刑事もの……かと思いきや、これが人種差別に対する激怒に裏打ちされた強い映画だったのである。

スパイク・リー激怒「ブラック・クランズマン」ノリと勢いでKKKに潜入!劇薬捜査エンタ−テインメント

コロラドスプリングス初の黒人刑事、ノリと勢いでKKKに潜入!


ロン・ストールンワースは黒人警官である。時は1970年代半ば、コロラド州コロラドスプリングスの警察署に、ロンは同署初の黒人警官として赴任したのだ。言いつけられた仕事は資料室の整理。白人警官の罵詈雑言にも耐えつつ、ロンは黙々と仕事をこなす。

ある日、ロンに資料整理以外の仕事が回ってくる。言いつけられたのは、勢いを増していたブラックパンサー党の幹部クワメ・トゥーレによる演説会の内偵調査。黒人の権利運動を繰り広げるブラックパンサーへ潜入するのに、同じ黒人であるロンはうってつけだったのだ。黒人の権利を熱く主張するトゥーレを見つつロンはそつなく任務をこなし、さらに女性幹部パトリスとも知り合いになる。

潜入捜査官としての素質を見出されたロンは、すぐに情報部に配属されることになる。デスクで新聞に目を通していたロンは、白人至上主義団体KKK(クー・クラックス・クラン)の新メンバー募集の告知を見つける。勢いで告知にあった電話番号に連絡を取ったロンはとっさに黒人に対する差別発言を繰り返し、その場で信用を取り付ける。

実際にKKKへと接触することになったロン。しかし当然ながら、黒人であるロンが直接会うわけにはいかない。
そこで白羽の矢が立ったのが、同じ情報部に所属していたユダヤ系の刑事であるフリップ・ジマーマンだった。電話口で相手をするのはロン、直接の会合にはフリップが出向くという形でKKKへの潜入捜査を始めた2人。KKKは白人至上主義、わけても北欧系人種至上の集団なので、ユダヤ人だとバレたらフリップとて危ない。KKKのメンバーであるフェリックスからは微妙に怪しまれつつも、2人は着実に内偵を進めていくが……。

KKKというのは、ちょっとした仲良しサークルのような集団ではない。元をたどれば南北戦争後、南軍の退役軍人が結成した団体に端を発し、人種差別以外にも戦後処理のために南部へと侵入した北部人や北軍への増悪など、複雑な動機が絡んで活動した団体である。一旦は自然消滅するものの、第一次世界大戦中に今度は「アメリカの敵」であるエスニック系移民や共産主義者、有色人種全体への攻撃を目的として復活。1920年代後半に再び勢いを失うが、第二次世界大戦後にまたしても復活する。現在はまとまった巨大な団体というより、小粒な集団が各地に散らばって秘密裏に行動する形を取っているという。

つまりは人種差別を背景に集まった暴力的な集団、それも取り締まられないよう隠密に行動する集団というわけで、十分警察の捜査対象である。そんな集団が電話番号を新聞にいきなり載せていたというのも凄まじいが、黒人なのにいきなりその番号に電話するロンもロンである。とんでもないことにこの映画は実話であり、ロン・ストールンワースも実在の人物だという。
世の中には大胆な人がいるもんだ……。

このロン、最初のうちはなんだかよくわからないテンションの人として映画に登場する。なんだかぼーっとしているような飄々としているような感じで表情も読めず、何を考えているのかよくわからない。チームを組むフリップもやっぱりどこかぼけーっとした感じが漂っており、演じるアダム・ドライバーのぬぼーっとした容貌も相まって、「こいつら本当にちゃんと潜入捜査する気があんのか!?」という気持ちに。

しかし、彼ら2人の心情は映画が進んでいくうちにしっかりと理解できるようになっている。ロンが心に持つ初の黒人警官としてのプライド、そして人種差別に対する反発と、軽率に黒人を撃つ警察を中から変えるという気概は見ているうちにスッと伝わってくる。一見白人であるフリップも、ユダヤ系として実は心に秘めた思いがあったことがストーリーの流れでさらっと説明される。飄々とした雰囲気で話が始まり、その中に説明過剰にならないように2人の刑事の心情が挟まれているのだ。

そりゃね、『グリーンブック』とは違いますわ、やっぱり


とは言っても、『ブラック・クランズマン』は徹底して娯楽映画である。黒人と白人の刑事がコンビを組んで捜査に当たるバディものとしても、ブラックスプロイテーションムービーの進化形としても、オフビートなコメディとしても見ることができる。しかしそれと同時に、この映画は人種差別に対して徹底して激怒している。竹中直人の芸で「笑いながら怒る人」というのがあるが、まさにあれと同じテンションでできているような映画である。
笑える映画でありながら、同じ映画の中でめちゃくちゃ怒っているのだ。

映画の中ではKKKのメンバーは徹底してコケにされ、物笑いのタネにされている。どう見てもだらしがないデブでバカで空気が読めなくてキモいKKKのメンバーが、「俺はアイヴァンホーだ」と名前負けしまくっている自称を名乗る。「黒人は発音でわかる」と豪語するKKKのメンバーは、今まさに電話口で喋っているロンが黒人であることに全く気付かない。とにかくKKKはどうしようもないバカで手の施しようがないほどしょうもない……という点だけは映画の中で一貫している。まさに激怒が可能にした描写だ。

前述のように、『ブラック・クランズマン』は軽快で痛快な刑事ものとしてちゃんと成立している映画である。しかし、最後までこの映画を見ると、決してそれだけで作られた作品ではないことがわかるはずだ。ロンとフリップの戦いは、2019年の今になっても全然終わっていないのである。それを示唆(という言い回しだとだいぶヌルいが)して観客をブン殴り、『ブラック・クランズマン』は終わる。

思えば、今年のアカデミー賞作品賞にはこの『ブラック・クランズマン』と一緒に、同じく黒人差別を題材にした『グリーンブック』もノミネートされていた。結局作品賞を受賞したのは『グリーンブック』で、『ブラック・クランズマン』を監督したスパイク・リーは不快感をあらわにしている。


そりゃ確かに、こんだけ怒ってる映画を作った人に『グリーンブック』なんか見せたら火に油もいいとこである。「昔は色々あったかもしんないけどさ、もう今は時代が違うし、嫌なことは忘れて仲良くやっていこうよ」と白人たちに言われても、怒れる黒人スパイク・リーとしては「まだ何にも終わっちゃいねえよ!」としか言いようがないだろう。この2本の映画の問題意識は、それほどまでにまるっきり別のレイヤーにある。

もちろん『グリーンブック』は『グリーンブック』で、作っている方としてはそれなりに問題意識に裏打ちされた作品だったと思う。つまらない映画でもなかったし、「ハートウォーミングな映画が見たい」という気持ちには応えてくれる作品だっただろう。しかし、『ブラック・クランズマン』の問題意識はより切迫しており、「お前たちはそれでいいのか」と観客に疑問を投げつけるパワーがずっと強い。

ここから先は好みの問題にもなってきてしまうが、おれとしては『ブラック・クランズマン』の真摯な激怒の方が好きである。だって、ロンとフリップが立ち向かった問題は、現在でも何も解決していないのだ。『ブラック・クランズマン』は優れたエンターテイメントであると同時に、かなりの劇薬である。だからこそ、今のこのタイミングで作られた価値があるのだ。
(しげる)

【作品データ】
「ブラック・クランズマン」公式サイト
監督 スパイク・リー
出演 ジョン・デヴィッド・ワシントン アダム・ドライバー トファー・グレイス コーリー・ホーキンズ ほか
3月22日よりロードショー

STORY
コロラドスプリングス初の黒人刑事であるロンは、捜査のためにある日新聞で見かけたKKKの新人募集の連絡先に電話をかける。勢いで本名をなのってしまったロンは急遽同僚でユダヤ系のフリップと手を組み、KKKへの潜入捜査に乗り出す
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