冗長だけど、このハリウッドの風景をずっと見ていたい……。映画人たちの悪戦苦闘とドタバタと友情、そしてそれらに対して牙をむいたカルト集団への怒り。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、それら全てがないまぜになった、イカしたおとぎ話である。
タランティーノ!「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」時代と映画と映画人への賛歌

喧騒の1969年! その頃ハリウッドでは……


『ワンス〜』の舞台となるのは、1969年のハリウッド。主人公は1950年代から活躍しているが、今や落ち目のTV映画俳優、リック・ダルトン。そしてリック専属のスタントマンであり、友人でもあるクリフ・ブースだ。過去のものとなったTV放送用のモノクロ西部劇では活躍したものの、今ではロクな仕事がないリックは情緒不安定で酒に溺れ気味。一方のクリフはどんな時でもマイペースで、オンボロのトレーラーハウスで愛犬と一緒に淡々と暮らす。

ハリウッドにほど近いリックの自宅。その隣には、新進気鋭の映画監督ロマン・ポランスキーと、その妻で美しい女優のシャロン・テートが引っ越してくる。天真爛漫なテートは、オフの日には自分の出演作を見るために一人で映画館に出かけるほど飾り気がない。一方、主演の若手俳優の当て馬として西部劇の悪役をあてがわれたリックは、それでも映画の中で爪痕を残さんと孤軍奮闘する。

一方その頃、クリフはヒッチハイクで自分の車を止めたヒッピーの少女「プッシーキャット」を乗せ、彼女の住むコミューンへと車を走らせていた。もともと「スパーン映画牧場」という牧場だった場所にはヒッピーたちが住み着き、経営者のジョージは寝たきりに。なにやら怪しげな空気を察したクリフは、ヒッピーたちを押しのけてド正面から牧場の中に乗り込んでいく。


本作の舞台は1969年。ベトナムでは戦争が最高潮に達し、街はヒッピーだらけになり、無法者やインディアンを撃ち殺すような西部劇は時代遅れになり、最先端の映画はいわゆるニューシネマへと移り変わっていた時代である。そんな状況の中で悪戦苦闘したり、呑気にぶらぶらしたりという登場人物たちの姿を、タランティーノらしい冗長になるかならないがギリギリのラインで描き出す。

というのも、この映画はいわゆる「日常パート」が長いのである。落ち目のリックは酒のせいでセリフが覚えられず大暴れし、相棒のクリフがリックの車を返してくるシーンがいやに長い。マーゴット・ロビーのシャロン・テートはひたすらキュートだが、やってることといえば映画館で映画を見ているだけである。1969年のハリウッドでは、こういう感じの人たちがこういう感じでドタバタしてました……というのを、長い上映時間を使ってみっちりと見せる。

もちろんタランティーノの映画なので、大量の薀蓄やオタクっぽい小ネタが混ぜ込まれている。混ぜ込まれているのだが、あまりに大量すぎて「あ、今のは何かそういうネタなんだろうな……」という感じでしか把握できない。別にわからなくてもストーリーは追えるし、ネタの振り方が嫌味じゃないので、「ふ〜ん」と思って見ていれば別にいい。しかし、どうしても避けて通ることができない大ネタが、「シャロン・テートが出てくる」という点である。

時代と映画への愛着と肯定に満ちた、一級の「おとぎ話」


シャロン・テートという名前を聞いた時点でピンときた人も多いと思う。
この人は1969年8月9日に、チャールズ・マンソンをトップとするカルト集団のメンバーによって、26歳にして無残な殺され方をした女優である。この事件がどのような経過で発生したか、というのが、『ワンス〜』では非常に重要な意味を持ってくる。

シャロン・テート殺害事件がどのように発生したかというのは、この映画を観る前に是非ともおさらいしておいてほしい。ウィキペディアを斜め読みする程度でいいから、絶対に知っておいた方が楽しめる。この事件は、『ワンス〜』にとってそれくらい重要なウエイトがある。見た後に調べてもいいといえばいいのだが、個人的には初見の前に調べておいた方が絶対にいいと思う。

と、書いた矢先だが、実のところこの映画はチャールズ・マンソンの映画ではない。むしろ主題は、タランティーノが幼少期を過ごした1969年という時代、そしてその時代に奮闘したり適当に過ごしたりしていたハリウッドの映画人や映画そのものへの愛着だ。そして、彼が愛する映画で活躍していたシャロン・テートを殺したチャールズ・マンソンとその一味に対して、タランティーノは心底怒っている。だから、マンソン自体は映画の中にほとんど出てこない。わかって見ていないとわからないレベルである。「この作品はマンソンのことを描く映画ではない」「お前なんか俺の映画にはロクに出してやらない」という、タランティーノからのメッセージだと思う。


その代わり、1969年のハリウッドの活気や、その中でなんとかサクセスしようとする映画人の奮闘はしっかりと描写される。もう一花咲かせたいリックは、どう考えても時代遅れな服装と時代遅れな西部劇でもってハリウッドに止まろうとする(もはや西部劇のメインストリームはイタリアに移っているのに!)。相棒のクリフは、スタントマンという体一つで戦う商売の人間らしい放埓さと男らしさで、勝手気儘に生きようとする。

そしてこの2人は、互いに対して余人に代え難い友情を感じている。ハリウッドでの仕事と、その仕事が取り持つ友情の美しさ! 完全に中年になったディカプリオとブラピが、中年になった2人にしか出せない味で嬉々としておっさん同士の渋い友情を表現しているのには、ちょっと泣きそうになってしまった。

そんな、1969年という時代と、その時代の映画と、映画に関わった人間たちへの賛歌が、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』である。冗長な映画なのは確かだが、不思議と「このダラダラした場面をずっと見ていたい……」という気分になるのは、画面に映っているものの全てをタランティーノが愛しているからだろう。そして驚天動地のラストを見れば、この映画を「昔々、ハリウッドで……」と名付けた意図がしっかり伝わってくる。ハリウッドと映画を腹の底から肯定する、一級のおとぎ話である。
(しげる)

【作品データ】
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」公式サイト
監督 クエンティン・タランティーノ
出演 レオナルド・ディカプリオ ブラッド・ピット マーゴット・ロビー ほか
8月30日より全国ロードショー

STORY
1969年のハリウッド。落ち目のTV映画俳優リック・ダルトンは、相棒でスタントマンのクリフ・ブースと共にもう一花咲かすべく奮闘していた。そんなリックの自宅の隣に、気鋭の映画監督ロマン・ポランスキーとその妻シャロン・テートが引っ越してくる
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