要素が盛られすぎてパンパン、しかもその実態は『マトリックス』へのラブコール……。『ジョン・ウィック:パラベラム』は、チャド・スタエルスキの押し相撲のような映画である。

「ジョン・ウィック:パラベラム」はトンチキ要素と銃撃戦に彩られた「マトリックス」へのラブコール

敵は全世界の殺し屋! 最強の殺し屋の逃避行が始まる


前作『ジョン・ウィック:チャプター2』のラストで、殺し屋ホテル「コンチネンタル」内での殺人を犯し、1400万ドルもの賞金をかけられてしまったジョン・ウィック。賞金の発効まで1時間の猶予を与えられたジョンはその間に愛犬をホテルに届け、なんとかニューヨークから離脱するための算段を組む。しかしその間も容赦なくジョンは襲撃され続け、辛くも昔因縁のあった犯罪組織「ルスカ・ローマ」の手でニューヨークを離脱しモロッコへと旅立つ。

暗殺者たちを束ねる主席連合からは、「裁定人」と名乗る女がニューヨークへと派遣されていた。彼女の目的は掟を破ったジョンに手を貸した者たちを見つけ出し、処罰すること。ジョンに1時間の猶予を与えた「コンチネンタル」の支配人ウィンストンや、ジョンに拳銃を与えたバワリー・キングらは、裁定人によって処罰が下されることになる。

一方、モロッコへと渡ったジョンは、「コンチネンタル・ホテル・モロッコ」の支配人であるソフィアを尋ねていた。ジョンは過去にソフィアを助けた時の血の誓印を使い、彼女にある頼みごとを持ちかける。渋るソフィアだが、血の誓印は殺し屋たちにとって絶対の掟。ニューヨークから遠く離れたモロッコで、ジョンはある目的のために行動に出る。

ハードな銃撃戦と「最強の殺し屋が、自分の犬とそれにまつわる妻との思い出のために再び戦いに踏み出す」という単純かつ力強いストーリーで全世界のオタクの心を鷲掴みにした第1作、「コンチネンタル・ホテル」に関するトンチキ要素とルビー・ローズの手話、そして総合格闘技的な動きも取り入れた戦闘シーンが光る第2作と、『ジョン・ウィック』シリーズは1本ごとに力点を微妙に変えながら第3作まで続いてきた。で、この『パラベラム』でも面白殺人ギミックは健在である。

『パラベラム』のジョンは冒頭から追い詰められている。
武器もなければ味方もおらず、敵がどこにいるかもわからない。なので、手当たり次第にその辺にあるものを武器にして戦うことになる。ナイフや敵の持っていた銃などはもとより、本や馬やヘルメットなど「そんなもんで人間を殺すの!?」というアイテムをフル活用。10秒に一回クイックタイムイベントが発生するアクションゲームみたいな、めまぐるしい戦闘シーンが冒頭から盛りだくさんである。

『パラベラム』になってトンチキ度合いもさらに上がり、登場する暗殺者たちもよりフリーダムに。防弾装備を身につけた犬2匹を操って戦うハル・ベリーや、ヤヤン・ルヒアンとセセプ・アリフ・ラーマンという『ザ・レイド』シリーズのボス格が2人も勤めている殺人寿司屋軍団(店内BGMは『にんじゃりばんばん』である)、いくらなんでも防弾が強すぎる主席連合の殺し屋チームに、銃をとって戦ったらやっぱりめちゃくちゃ強かった「コンチネンタル」コンシェルジュのシャロンなどなどなど、ネタの詰め込まれ方も悪ノリも過去最高。「詰め放題なのをいいことに、好きなものを好きなだけ詰めたら袋が破れた」みたいな状態の映画である。

とは言っても、銃撃戦となると地に足のついた真面目さを発揮。ショットガンに弾をリロードするジョンの手さばきは文句なくかっこよく、また腰のベルトにライフルとピストルのマガジンを突っ込めるだけ突っ込んだ「最終決戦仕様」のジョンも理にかなっている。弾が切れた銃にリロードする時の一瞬モタモタする感じや、敵が倒れていてもとりあえず頭に撃ち込んでおく動作など、単にスタイリッシュなだけではない地に足のついた銃器の扱いは、初代『ジョン・ウィック』から変わらない味わい。どれだけトンチキ要素が山盛りになっても、こういうところがちゃんとしているのが『ジョン・ウィック』シリーズのいいところである。

更に言えば、殺し屋たちの血の掟に対するこだわりも前作から踏襲されている要素だ。
『チャプター2』では「ジョンがいい人だからみんな協力してくれている」ように見えるところもあったが、『パラベラム』では「渡世の義理」的な契約関係であることが前面に出ている。「借りがある以上は、なんとしてでもそれを返さなくてはならない」「上部の組織が殺れと言ったからには、たとえ相手が友人だろうと全力で殺す」と殺し屋たちがルールを必死に守ろうとする姿は、まるで日本の任侠映画である。また、劇中でジョンがとるある行動からも、本作のベースのひとつがヤクザ映画であることは明白であるように思う。

元『マトリックス』のスタントマンが送る、20年越しのアンサー


『パラベラム』には、『マトリックス』シリーズからの引用が散りばめられている。『チャプター2』にローレンス・フィッシュバーンが登場してキアヌと共演した時から目配せはされていたが、『パラベラム』ではもうちょっと露骨になり、冒頭では「くり抜いた本の中から大事なものを取り出すキアヌ」が登場。さらに予告の時点で話題になったジョンの「Guns. Lots of guns.」のセリフ(『マトリックス』でネオが戦闘準備するシーンの名台詞ですね)も飛び出す。

思えば『ジョン・ウィック』シリーズは、『マトリックス』でキアヌのスタントを担当した元スタントマンである、チャド・スタエルスキが監督した映画だ。「またキアヌがものすごいガンアクションをやった」という驚きがあったが、それ以前のキアヌの「すごいガンアクション」と言えば、間違いなく『マトリックス』一作目である。あのビル突入からの銃撃戦は、公開当時それはもうものすごいインパクトがあった。おれも頑張って真似をしたものである。

しかし『マトリックス』も公開からすでに20年が経過し、その間にアクション映画のトレンドは色々と入れ替わった。『ボーン』シリーズのようなリアル路線でフルコンタクトっぽいアクションがあり、それを踏まえた上で『ザ・レイド』がエキゾチックかつコミカルさが一切ない殺伐としたファイトで衝撃を与え、韓国や東南アジアなどでも過激で派手なアクション映画が作られている。
アメリカ以外の国で、比較的マイナーな格闘技を使ってシビアな殴り合いや銃撃戦を映像化する、というのが当たり前になった。

その世相を踏まえた上で、改めて「『マトリックス』のキアヌ」に最新のトレンドや射撃テクニックを含んだアクションをぶつける、というのが『パラベラム』であるように思う。なんせ、前述の『ザ・レイド』や韓国のアクション映画『悪女/AKUJO』など、近年のアクション映画からの要素を割と臆面なく引用し、キアヌに全力で叩きつけまくっているのだ。

更に言えばジョンを前にして『ザ・レイド』組の2人がウキウキとした様子で「あんたがジョン・ウィックか!」と話しかける様子は、まるでキアヌを前にした『マトリックス』大好きおじさんのようである。『パラベラム』は、かつて『マトリックス』の裏方だった男が20年越しに投げつけた、「俺が考えた『マトリックス』へのアンサー」という趣の映画なのだ。

ちょっとトンチキ要素が強すぎませんか、刃物が出てくるシーンだけじゃなくて、しっかりした銃撃戦ももうちょっと見たいんですが、という不満もないではない。しかし、おれだって『マトリックス』にはびっくりした人間の一人である。だから、「俺が考えた最強の殺し屋を、『マトリックス』のキアヌにぶつけたい!」という欲望はものすごくわかる。その欲の深さに押し切られたような感じが、『パラベラム』にはある。これはもう押し切られちゃった方が悪い。おれの負け、スタエルスキの勝ちである。
(しげる)

【作品データ】
公式サイト
監督 チャド・スタエルスキ
出演 キアヌ・リーブス ハル・ベリー ローレンス・フィッシュバーン イアン・マクシェーン ほか
10月4日より全国ロードショー

STORY
禁忌を犯したことにより、全世界の殺し屋から追われる賞金首になってしまったジョン・ウィック。
ニューヨークで激しい追跡を受けつつ生き延びたジョンは、ある目的のために単身モロッコへと向かう
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