
北極圏の生存者2人、生きるため決死のサバイバルに挑む!
この映画の冒頭は、一面の雪景色の中で地面を掘る男の姿から始まる。赤い防寒着を着て、伸び放題にヒゲを生やした男。がりがりと地面を掘り返し、その場から立ち去る。男が掘り返した地面を上から捉えた画面に切り替わると、そこには大きな文字で「SOS」と書かれている。
それが終わると、男は雪の中に墜落した飛行機の残骸へと歩いていく。主翼はズタボロになっているものの、胴体は形を保っている。男はその胴体をシェルターにしているのだ。一面の氷に穴を開けて下に住む魚を釣り、火種になるものがないから生のまま食べる。手回し式の発電機を無線につないだもので救難信号を発信し、腕時計のアラームを合図に仕事を切り替える。その合間に遠くにいる白熊を目にすることもある。
『残された者』は恐ろしく説明の少ない映画である。とはいえ、この冒頭10分ちょっとくらいの映像で、男がこの飛行機に乗っていたこと、トラブルで北極圏に墜落し、一人だけ生存していること、それなりに長期間こういった状態に置かれていることを観客に察するよう仕向ける。
そんな単調だが命がけの毎日に、急に変化が訪れる。男の無線に反応したのか、救難ヘリが飛んできたのだ。発煙筒に火をつけ、必死にヘリに向かって呼びかける男。しかし、もう少しで着陸するというところで突風が吹き、男の目の前でヘリは墜落してしまう。
ヘリに駆け寄る男。パイロットは即死していたが、副操縦士の女性は重傷を負いながらも生きていた。ヘリの扉を使ってシェルターに運び、ヘリに積んであった物資を使って懸命に介抱する。物資の中にあった地図を確認し、最も近い基地の位置を確かめる男。このままシェルターに閉じこもっていてもジリ貧、しかも副操縦士はじわじわと弱っている。地図を元にすれば、なんとかして歩いて基地へとたどり着くことができるのではないか。男は副操縦士と荷物をソリに乗せ、徒歩で基地を目指す旅に出る。
という映画なので、登場人物は男が一人、そして負傷してずっと寝たきりの副操縦士が一人だけ。なんせまともに動ける人間は終始一人しか出てこない(=会話が発生しない)ので、普通に見ていて男の名前が「オボァガード」だと判明するのすら映画が中盤を過ぎてからである。映画に人間が一人しか登場しないと、そいつの名前すらわからないのである。
もうひとつ、この映画の重要な要素が北極圏の環境だ。晴れていようがどう転んでも寒く、食べ物だってそのへんには転がっていない。雪には覆われているものの高低差もあり、鋭い崖も存在する。当たり前だが吹雪にもなるし、平均気温はマイナス数十度。おまけに白熊まで出現するのである。装備が整っていてもこんなところには絶対行きたくないが、オボァガードはそもそも飛行機に積んであったものしか持っていない。地獄である。このへんのニュアンスに関しては、現代が「ARCTIC」であるところからじんわりと感じられるものがあるだろう。北極圏の環境自体が、この映画の屋台骨だ。
自然が厳しいのはまあわかる。しかし、この映画の登場人物はわずかに二人、というか実質一人だ。おっさんが荷物を引きずって歩き回っているだけで間が保つのか。結論から言うと、十分保っている。というのも、オボァガード役のマッツ・ミケルセンがものすごくいい仕事をしているのである。
白熊VSマッツ! イケオジの体当たりすぎる限界バトルを応援せよ!
マッツ・ミケルセンといえば、先日発売されたばかりのゲーム『デス・ストランディング』にも出演していることで知られる。北欧の人らしいシャープな目つきと渋い容貌で割とどんな役でもすっと自分のものにしてしまう、当代最高のイケオジ俳優である。なんせ「イケオジ」で画像検索するとマッツの画像が出てくるくらいだ。相当なものである。
『デス・ストランディング』は重い荷物を背負ったノーマン・リーダスが配送業者としてお使いするゲームだが、『残された者』ではマッツが重い荷物を引きずって雪の中を歩かされる。終始マッツ一人しか出てこない、マッツ独演会状態の映画だ。そして今回のマッツが、予想以上にひどい目に遭うのである。
半分雪に埋もれるようになりながら手回し発電機のハンドルをぐるぐる回すマッツ。ヘリに向かって大声をあげるマッツ。バラした魚を味付けなしに無表情で食べるマッツ。ようやく手に入れたガスボンベで手を温めるマッツ。インスタントラーメンをボリボリかじるマッツ。白熊VSマッツ……。極寒の中で極限状態のマッツが必死に自分を励ましつつ、とにかく諦めずに孤軍奮闘する様に、思わず「頑張れー!!」と拳を握りしめてしまうこと必至である。
しかも今回のマッツ、なんだかとってもいい人なのである。女性副操縦士を介抱する際に、彼女が家族と写った写真を手にしたマッツ。すこしでも彼女が元気を出してくれればと、彼女の目に入る位置にちゃんと写真を置いてやる(しかもわざわざ彼女の頭の位置を確認し、目を覚ました時にすぐ目に入るかどうか念入りに確かめる)。なんせ人間の体は重いのでソリで引きずって歩くのも一苦労だが、マッツは特に嫌な顔をするでもなく淡々と歩く。貴重な魚もちゃんと食べられるように調理して食べさせるし、リソースが限られている中で最大限の気遣いを見せるのだ。
このマッツの実直ないい人そう具合は最初のうちはなんだかよくわからないのだが、守らなくてはいけない他人が現れたところでじわじわと表に出るようになる。一緒になって「さ、寒そう……!」とか言ってるうちに観客もそれにほだされてしまい、いつしか「頼むから助かってくれ〜!」と必死で応援するテンションに……。正直この映画、応援上映とかあったらけっこう盛り上がると思う。そのくらい今回のマッツは応援しがいがあるのだ。映画にはほとんどマッツ一人だけしか出てこないが、決して周囲の大自然に負けていないのである。
北極圏の厳しすぎる大自然にたった一人で挑んだ男マッツ・ミケルセン。その奮戦ぶりはちょっとおれの想像の上をいっていた。ストーリー自体は単純で上映時間もコンパクト(しかし絵面は雄大)な映画なので、是非とも軽い気持ちで鑑賞し、見た後にドッと疲れていただきたい。
(しげる)
【作品データ】
「残された者 〜北の極地〜」公式サイト
監督 ジョー・ペナ
出演 マッツ・ミケルセン マリア・テルマ・サルマドッティ ほか
11月8日よりロードショー
STORY
北極圏で遭難したオボァガード。墜落した飛行機をシェルターにして救援を待っていた彼だったが、目の前で救助のヘリが墜落し、副操縦士の女性を助け出す。自らと助けた副操縦士が生き延びるため、オボァガードは決死の単独行を決断する