体力も技術も必要だが、それと同等以上にプロレスラーに必要なのは客の心を掴むプレゼンの能力である。WWEがガッチリ噛んだ女子プロレス映画の傑作『ファイティング・ファミリー』は、その力があれば人生を切り開くことができるということを教えてくれる。
そう、大切なことはいつもプロレスが教えてくれるのだ。
プロレスのキモはプレゼンにあり「ファイティング・ファミリー」プロレス一家の少女の戦いを見よ

家族経営インディープロレス団体の少女は、夢の舞台WWEのリングに上がれるか


イギリスのノリッジ。WAWは、この街で活動する家族経営のインディープロレス団体だ。父のパトリック、母のジュリアもレスラーという環境で、18歳の娘サラヤもまたレスラーとしてWAWのリングに上がっていた。彼女の上には兄が2人。長兄ロイは傷害で刑務所に入っているが、次男のザックもまたレスラーとして活躍。生粋のプロレス一家である。

ザックとサラヤ、そして家族全員の夢は、二人が世界最高峰のプロレス団体であるアメリカのWWEのプロレスラーになること。そのため何度も試合のビデオをWWEに送りつけていたが、念願叶ってイギリスで興行を行うWWEのトライアウトへの参加が認められる。特に彼女が妊娠してしまったザックにとって、このトライアウトは最後のチャンスだった。

現場で憧れのザ・ロックことドウェイン・ジョンソンにも会い、全力でトライアウトに挑むザックとサラヤ。しかし意気込んでいたザックは落選し、全参加者の中でサラヤだけが合格することになる。戸惑うサラヤだったが最終的にアメリカ行きの決意を固め、家族と離れて単身フロリダにあるWWEパフォーマンスセンターへと向かう。
一方ザックは、トライアウト不合格という事実を受け入れることができず、徐々に酒浸りの生活を送るようになる。

一方、アメリカへ渡ったサラヤはそれまでのリングネームだった"ブリタニー"から"ペイジ”へと改名し、まずは新人が活躍するWWEの傘下団体NXTのリングへと上がるため、軍隊顔負けのトレーニングに参加する。しかし慣れないアメリカでの生活や同期との不和、白い肌に黒髪という自分のスタイルへの自信のなさから、徐々にトレーニングについていけなくなることに。サラヤとザックは、はたしてプロレスラーとして大成できるのか。

女子プロレスが長年添え物的な扱いだったWWEだが、ここ10年ほどで女子王座が定着し、日本からも女子レスラーが参加するなど盛り上がりを見せている。主人公ペイジはそんなWWEで活躍する実在の女子レスラーで、『ファイティング・ファミリー』はそんな彼女の半生を基にした(そっくりそのまま事実通りというわけではないが)伝記映画になっている。

といっても堅苦しい要素はなし。イギリスで盲目の少年まで含めた地元の子供たちにプロレスを教え、地元で愛されてきたインディー団体の少女が超メジャーに挑戦する姿を追った清々しい一本である。面白いのは主人公サラヤのルックスがゴス寄りな雰囲気である点だ。実際のサラヤ=ペイジの見た目も白い肌に黒い髪、濃いアイメイクに黒い衣装にピアスとゴスっぽいものなのだが、これは欧米では完全にはみ出しもの、絶対にクラスの中心にはなれない人間の服装である。

そんなゴス少女のサラヤが同年代の少女たちにチラシを配るシーンはグッとくる。ひらひらした服装でブロンドの少女たちから「プロレスとか、バカな貧乏人の見るものでしょ?」と言いたいように言われつつも、「私が出るから、試合見にきてよね」と言い返すサラヤ。
考えてみれば両親もプロレスラー、道場の子供達もギャング一歩手前だったりと、サラヤの周囲の人々はちょっと社会に馴染むことができていない人たちばかりである。そして前述のように、サラヤの服装も完全にアウトサイダーのそれだ。そんなアウトサイダーが一発逆転、みんなの期待を背負って世界的なスターダムにのし上がることができるかどうか、というのが『ファイティング・ファミリー』の骨子である。

自己確立とプレゼンこそ、プロレスラー必須の能力なのだ


『ファイティング・ファミリー』の製作会社にはWWEスタジオズが名を連ねている。つまりこの映画は、WWEの公式プロモーションフィルム的な側面も持っているのだ。そのため、ドウェイン・ジョンソンがドウェイン・ジョンソン本人として登場する他(ドウェインによるマイクパフォーマンスの実演講習のシーンは必見である)、シェイマスやビッグ・ショーといったスーパースターが本人役で登場。試合会場のシーンも本物さながらの巨大さとゴージャスさで、「こりゃ確かに世界中のレスラーの憧れの的になるわ……」という説得力がある。

そんな映画なので、劇中には「プロレスラーとは」という部分について正確なアプローチが仕込まれている。印象的なのはサラヤたち新人レスラーがマイクパフォーマンスについてコーチされるシーン。「とにかく自分を出せ」と言われマイクを使って自己紹介させられるのだが、コーチがそこに容赦なく質問を挟み、野次を飛ばし、チャチャを入れるのである。まるで圧迫面接、相当なメンタルの強さが必要とされる。

つまりプロレスラーとは、フィジカルが強くてレスリングの技術があるだけでなれる仕事ではないのである。
それと同じかそれ以上に重要なのが、「自分はどういう存在なのか」という軸を明確に持ち、さらにそれを客に向けて面白くわかりやすくプレゼンする能力なのだ。レスラーたちは、そのためなら文字通りなんでもする。とんでもなく危険で痛い状況にも自ら進んで飛び込むし、ありとあらゆる手段で観客を煽りまくる。野次に対して当意即妙の答えを返し、会場の空気を味方につける能力が求められるのだ。あのマイクパフォーマンスの練習をするシーンは、それを端的に表している。

このプロレスラー像の正確さ、さすがにWWEが製作した映画なだけのことはある。『ファイティング・ファミリー』が巧みなのは、この「自己確立し、それを基礎として客とコミュニケーションする」というプロレスラー必須の能力が、ストーリーの本筋とがっちり噛み合っているところだ。『ファイティング・ファミリー』は、今まで家族と一緒にさほど深く考えずプロレスをやっていたサラヤが、他者を理解し己のスタイルを見つけて戦うことができるようになるか否かを描いた映画なのである。ゴスだろうがはみ出し者だろうが関係ない、己のスタイルを見つけてそれをプレゼンするのが一番肝心なのだ。プロレスラーとしての資質の話を一般化し、全ての人の気持ちを奮い立たせるようなストーリーに着地しているのが、この映画のすごいところである。

プロレスを扱った映画は大抵面白いが、『ファイティング・ファミリー』もその枠の新たな傑作と言っていい出来栄えだ。やはりプロレスに学べば人生の課題を解決し、戦う力を身に付けることができるのである。
クラスでちょっと浮いてたり、会社にうまく馴染むことができない……そんなアウトサイダー気味の人にこそ見てほしい(もちろんそれ以外の人が見ても面白いのは間違いないが)、清々しい気分で劇場を後にできる一本だ。
(しげる)

【作品データ】
「ファイティング・ファミリー」公式サイト
監督 スティーヴン・マーチャント
出演 フローレンス・ピュー レナ・ヘディ ニック・フロスト ジャック・ロウデン ほか
11月29日よりロードショー

STORY
イギリスでインディー団体を営むナイト一家。末娘のサラヤと次男ザックもレスラーとして活躍する中、イギリスで興行を行うWWEのトライアウトへの参加が決まる。意気込んで参加した兄妹だったが、サラヤのみ合格が決まってしまうことに
編集部おすすめ