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今回紹介するのは、ネットフリックス製作のドキュメンタリー、 『ジョシュア:大国に抗った少年』である。題材となったのは香港の政治活動家であるジョシュア・ウォン。
「普通の少年」はいかにして香港のデモの象徴になったのか
ジョシュアはひょろっと痩せてメガネをかけた、言っちゃアレだけど一見すると地味な少年である。クラスに一人くらいはいた、休み時間にず~っと本を読んでいるタイプの同級生……という感じの少年なので、とてもじゃないが香港政府とガチンコでやりあっている人物には見えない。
だがこのジョシュア、現在も香港政府とバキバキに戦っている活動家である。普通の少年だった彼が戦い始めたのは2011年。当時香港では、中国政府の意向を受けた香港政府が、学生に対して「国民教育」を施そうとしていた。国民教育と言っても、要は中国共産党の指導に基づく思想教育である。1997年の香港返還以来ずっと一国二制度という建前でやってきたものの、香港は教育という重要なポイントを中国政府に握られそうになっていたのだ。
この国民教育に反対していた学生団体が「学民思潮」である。彼らの運動に参加したジョシュアは香港の行政長官と対面するも主張を退けられ、2012年にはやむなく実力行使に出る。学生たちが政府庁舎前にテントを張って占拠し、国民教育の取り下げを主張したのだ。雨が降ろうが風が吹こうがずっと野ざらし、ろくに風呂にも入れないような状態の学生たちはそれでも粘りきり、ついに「国民教育を行うかどうかは各教育機関に任せる」という譲歩を引き出す。ここに至るまでのジョシュアと仲間の学生たちの戦いを、カメラは丹念に追う。
しかし話はこれで終わらない。2013年には習近平が中華人民共和国主席に就任。香港の行政長官の選挙に対する干渉を強める。干渉といってもなかなかハードなもので、「香港の住民は誰に投票しても構わないが、候補者は全員共産党が選んで送り込んだ人物」という、選挙やる意味あんのか……という無茶な内容だ。ジョシュアら活動家は対抗して香港の中環(セントラル)を占拠することを示唆。これが後に「雨傘革命」と呼ばれた79日間の攻防へとつながっていく。
「なんで香港のデモはあんなに荒れるのか?」という疑問に答える一本
今年も香港は荒れていた。逃亡犯条例の改正をめぐり、香港市民と警察が市街戦さながらの攻防を繰り返していたのを覚えている人も多いと思う。『ジョシュア:大国に抗った少年』を見ると、なんであそこまでデモが長期化/過激化し、戦争のような状態になったのかが少しわかるようになる。
『ジョシュア』はジョシュア・ウォンの話だけではなく、背景にあるこじれた香港と中国本土との関係から説明してくれる。発端は1997年、イギリスから中国へと香港が返還されたタイミングだ。香港は長らくイギリス領だったことから民主主義が根付いており、共産党一党が国家を運営する中国とは政治体制も経済制度も根本的に異なった。
しかし、中国からすれば香港の民主制はイギリスに支配されていた時代の名残であり、中国本土から見れば負の歴史の象徴とみなされてもおかしくない。そもそも、中国共産党の方針と香港の政治体制は根本的に相容れない。ということで、1997年以来、中国は香港に対して断続的にちょっかいを出し続けているのだ。
香港のデモや民主化運動に関して、本土の中国人はかなり冷ややかだという報道を見たことがある。考えてみれば当たり前で、なんせ香港人が民主化を求めてデモをするのは、それ以前にイギリスが香港を支配していたことが大きな原因なのだ。本土の中国人からすればかつての敵国の制度に頭を支配されて騒いでいるようにも見えるわけで、そりゃ冷ややかにもなろうというもの。そのあたりをコンパクトに整理して教えてくれるというのも、『ジョシュア』の面白いところだ。
そんな経緯がある中で、まず国民教育の名目で香港市民の教育に口を挟みにきた中国の狙いは凄まじい。イギリス統治時代はすでに20年以上前であり、当時の様子を知る人はすでにある程度以上の年齢である。つまり中国は、一定年齢以上の香港人にはもうすでに見切りをつけているのだろう。それよりも、これから成長する子供や学生に国民教育を施し、ある程度時間をかけて香港と中国を同化させる……。
ということで、今年の香港のあの市街戦のような騒ぎは、なにも突発的に発生したものではない。1997年以前から原因があり、2012年の国民教育に端を発する学生デモ、2014年の行政長官選挙をめぐる市民デモと、度重なるバトルによって準備されてきたものなのである。『ジョシュア』を見ると、そのあたりの経緯がある程度わかってくるのだ。警察が催涙弾を撃ち込みジョシュア本人も逮捕されるような激しい戦いの中で、学園祭のようだった学生たちの運動は、よりハードなものに変わっていく。
『ジョシュア』という映画自体が、2011年から現在に至るまでのかなり長い期間を取材したドキュメンタリーだ。ただのひょろっとした少年だったジョシュアが、いつしか背が伸びて顔つきも変わってくるところを、カメラはしっかりと捉えている。その変化は、今まさに香港の歴史が積み上げられているのだというのを教えてくれるかのようだ。今の香港は色々な意味でかなりの瀬戸際にあるように見えるが、映画の終盤ではジョシュアがこれからも戦い続けることが示される。これから香港がどうなるのかわからないが、ひとまず香港が大荒れに荒れた今年を締めくくるタイミングで、一度見ておくべき作品だと思う。

(文と作図/しげる タイトルデザイン/まつもとりえこ)