凄い表紙だ。昨年12月末より一部書店で先行発売されている「KAMINOGE」vol.97(玄文社)は、『水曜日のダウンタン』(TBS系)で繰り広げられた“アイドルオーディション×恋愛”のリアリティショー「MONSTER IDOL」を特集。題して「検証 黒川事変」である。
水ダウ発アイドル「豆柴の大群」はこれからがリアリティショー。パズルのピースが揃った今「検証黒川事変」

クロちゃんの個別インタビュー、「豆柴の大群」メンバー4人(カエデ加入前)の座談会、番組プロデューサー・藤井健太郎とWACK代表取締役・渡辺淳之介の対談という3つの記事で構成された今回の特集。各々の話を改めて聞くと「あのとき、実はこうだった」とカメラが捉えていなかった部分の答え合わせをすることができる。それらを読み、補完することで、初めてパズルのピースは満たされる。つまり、今号を手にしてようやくリアリティショーは完結するということ。地獄の合宿を観察していた視聴者にとって、きっと貴重なテキストになるだろう。

スパイ司令を従順に遂行したアイカの姿は風刺


全6回にわたる「MONSTER IDOL」では、色んなことがあり過ぎた。そこで、本稿では一人ひとり個別に焦点を当てる形で激動の日々を振り返っていきたいと思う。

豆柴の大群は、各メンバーに担当カラーがある。主役とも言うべき赤を担当するのはアイカ。彼女はシンデレラガールだった。
クロちゃんからスパイに指名されたアイカは従順に使命を全うした。ハイライトは3週目。水族館で2人きりになったクロちゃんに涙を流してLOVEを伝えたナオの本音を引き出すべく、アイカはナオに恋バナを振り、「(クロちゃんは)気持ち悪い」「若干口臭かった」等の本音発言を引き出した。この日の夜、アイカは詳細をクロちゃんに報告する。顔色が変わったクロちゃんはアイカに「(俺の口は)臭くないでしょ?」と迫り、アイカはためらいながら「……におい、何もしないですね」「大丈夫です」と返答した。

クロちゃん 「大丈夫? 大丈夫っていうのは、スパイがアイカちゃんだけだと思ってるじゃん。もう1人いるかもよ? ウソついてたら、その子が俺に報告するかもよ」
アイカ 「あぁ……少し臭いです。少し」

「ナオちゃんについての報告はウソじゃないよね?」というニュアンスでクロちゃんはカマをかけていたのに、口臭についてのことと勝手に勘違いしたアイカは「臭いです」と白状。きっと、彼女も陰では「クロちゃんの口が臭い」とコソコソ言っていたのだろう。でも、他にスパイがいたらウソがバレてしまうから本音を告白してしまった……という顛末である。
このやり取りが見事にバズった。あまりにも天然な対応をしたアイカに対し「アイカ推しになった」「天然で可愛過ぎる」「好感度爆上がり」「腹が痛い」「この子には絶対残ってほしい」と、SNS上で称賛の声が続出したのだ。4人のメンバーが決まった時点で人気ナンバー1の位置に付けていたのは彼女。その証拠に、デビュー曲「りスタート」のYouTubeコメント欄を見るとアイカに関する書き込みが最も多いのだ。「少し臭いです」発言で、彼女はデビュー前から大勢のファンを獲得していた。

口臭を指摘された瞬間について、クロちゃんが振り返っている。
「もしかしたらアイカが本当のことを言ってない可能性があったから、ここはもう2、3回締めつけておこうと思って『もしかしたらもうひとりスパイがいるかもよ』って感じのことを言って、そこでプラスアルファで新しい情報が聞けたらなと思ってたら、まさかの『少し臭いです』っていうね。ここだけの話、あれを聞いたときは、『コイツは勘が鈍いな! そんなことを聞いてるんじゃないよ、いまは!』と思ってすげえイラッとしましたよ」
苛立っていたクロちゃん。しかし、彼はプロデューサー目線も忘れない。以下はプロデューサーとしてのクロちゃんの見解だ。
「オンエアが始まってからアイカがこんなに人気者になるとはボクも思っていなかったし、アイカ本人もオンエアが始まったらいろんなことを言われるんじゃないかと不安になっていたはずなんですよ。だからスパイをやってよかったですよね」

「スパイをやってよかったですよね」。散々な目に遭わせた張本人が、ケロッとしながら卑劣な行為を手柄に変換している。後日談がクズ過ぎだ。しかし、やってよかったのは事実だから複雑な気持ちになってしまう。

一方、アイカの言い分はこちら。
「最初に『スパイをやって』と言ってきたときのクロちゃんの目が人間じゃなかったんでビックリしました……。バッキバキの目をしていて『こんな目つきをする人間がいるんだ!?』ってぐらい目つきが悪かったんですよ」
「あれ(スパイ活動)って人を裏切るのと一緒なんですよ。いつもみんなで『受かりたいね!』『受かろうね!』って話してたのに、私がスパイをやることでみんなの評価を下げるのは間違いないじゃないですか。遠回しに『みんなを裏切れ』って言われてる気分だったので」

でも、アイカはやり遂げた。「MONSTER IDOL」1週目のスタジオゲストだった重盛さと美は、簡素なコメントでこの企画の重要な部分を表現している。
「芸能界を生き延びるためには、エロい人にも悪い人にも好かれないといけないじゃないですか。どんな厳しい世界でも生きていかないといけないので」

「MONSTER IDOL」では、芸能界で夢をつかもうとする女の子に中年プロデューサーがセクハラする場面が頻出した。若い女の子をはべらせ、ジャグジーに浸かって我が世の春を謳歌したクロちゃん。この光景、一般人がアイドルプロデューサーに抱く妄想の暗部を具現化していた感がある。芸能界にはエロい人もいるし、悪い人もいる。「MONSTER IDOL」は、どこか風刺だった。

ナオよりもクロちゃんのほうが正論


中盤に差し掛かると、「誰がクロちゃんの1番のお気に入りになるか?」を争うサバイバルゲームへと合宿の意味合いが変化していった。トップを走っていたのはナオだ。クロちゃんーナオの間違った関係性は、4週目のあるシーンで遂に弾ける。アイカのスパイ活動についてナオが詰問していると、その前にクロちゃんが現れ、クロちゃんとナオが本音で対峙したのだ。

ナオ 「私たちはクロちゃんに恋愛感情を持っていないとダメなんですか?」
クロちゃん 「ううん、別にそうは言ってないよ。言ってないけど、ウソはダメじゃない? ウソつく奴は入れたくないね」

なぜ、ナオはクロちゃんに恋愛感情があるふりをしたのか? ナオ本人が振り返った。
「最初にクロちゃんが『プロデューサーを好きになってください』みたいなことを言ってたじゃないですか? だから本当に浅はかな考えなんですけど、『私からクロちゃんに“好き”って言っていれば、気に入ってもらえるんじゃないか』と思って、『好きです!』って全然思っていないのに言ったりしていたら、やっぱりスパイでバレちゃって(笑)」

いや、クロちゃんは「好きになってください」とは言ってない。彼が言ったのは「僕1人を好きにさせることができなければ誰からも愛されませんよ」という呼び掛けだった。「好きになって」と「好きにさせろ」では大きな隔たりがある。
意外にもクロちゃんは一線をしっかり引くタイプだ。「アイドルに手を出すのはご法度」と心に決めたからこそ、ガチ恋してしまったカエデを律儀に不合格にした。全力の色仕掛けでキスしてきたヒナタは容赦なく脱落させた。クロちゃんが「自分に恋愛感情を持て」と呼び掛けることはない。「LOVEです」「クロちゃんの1番になりたい」と恋愛感情を持っているふりをしたのは、あくまでナオ主導によるもの。以下は藤井&渡辺による対談の一部である。

藤井 「じつはクロちゃんがちょっと正論なのがよくて。『そもそも裏でウソをついてたおまえらが悪いんじゃねえか』とか、その後のカットした展開でも意外と理論的には間違ってはいない。やっぱりその言い方が悪かったり、人相が悪いってだけで、そんなにめちゃくちゃなことを言ってるわけでもないんですよね」
渡辺 「あれはクロちゃんが損してますよね。ナオとかは確実に悪いですからね。『おまえ、陰で相当ボロクソ言ってたぞ』みたいな(笑)」

合宿最終日で、クロちゃんとナオの関係性はガラッと変わった。

クロちゃん 「ナオは俺のことを男としてどう思ってる?」
ナオ 「恋愛対象としては、私は見てないなって思います」
クロちゃん 「やっと吐き出せたね。よく勇気出せたね」

拒否られている側なのに、カッコつけて上から目線でいるクロちゃん。腹が立って仕方ないが、それより今はナオだ。権力に媚びず、裏表がなくなり、ストレートに物を言うようになった。こんな彼女のほうが、今までよりも全然いい。
「『なんかもう、本当のことを言わないとダメだな』って自分でも思ったので。『でも、ちゃんとアイドルになりたいと思ってここまで来て、一生懸命がんばったことにウソはないです』っていうことも伝えられたので。だけど、それでどうして私が残れたのかはまだあまりよくわかってないです」(ナオ)

合宿で選ばれた4人が、いいバランスなのだ。天然で可愛い系のアイカ、デビューして可愛さが一気に増した感のあるサブカル系のミユキ、歌とダンスがズバ抜けてうまい実力派のハナエ。そして、気の強さとリーダーシップが前面に出た綺麗系のナオ。猫を被ったナオのままだったら魅力もバランスの良さも半減していた。クロちゃんの言う通り、勇気を出して吐き出せてやっぱり良かった。

カメラがあればクロちゃんは役割を察するはず


「MONSTER IDOL」に台本があったか否か。それに関しては、恐らくどこまで行っても答えは出ない。制作側は否定するしかないし、視聴者側はどうしたって疑って掛かってしまう。
ただ、間違いないのはクロちゃんがプロのお笑い芸人という事実だ。いくら目隠しして連れて来られようが、カメラがある時点で彼は己の役割を察するだろう。用意された「クズ」というレールにスタッフと同乗する共犯関係が、暗黙のうちに築かれてしまう。そういう意味で、「MONSTER IDOL」はリアリティショーとして破綻していた。結局、純粋なバラエティとして楽しむのがこの企画の正しい見方だった気がする。

0か100かで語りたくない。グレーな状態のまま突き進み、初めて到達できる境地は間違いなくあるはずだから。そして、そこにはある種の“演出”が不可欠である。
「(クロちゃんに)『好きな子が2人いる』っていう状況がわかったわけなんですけど、好かれていたそのナオとカエデのインタビューを撮ったら、ナオは裏でクロちゃんのことをけっこう悪く言うけど、カエデは全然言わないってこともわかったので、その対比はその後の軸になりそうだし、うまく誘導すればおもしろい展開が作れそうだなとは思いましたね。あとはクロちゃんが『恋愛もしたいけど、恋愛とアイドルは分けてます』って当初から言ってたんですけど、それを言っちゃうと女の子たちが勘違いをしなくなるから、『それは女の子たちの前で言うのやめましょうか〜』みたいなことは本人に言いましたかね。それでなんとなくの道筋が見えたというか。それは『クロちゃんに女性として好かれないと残してもらえない』と勘違いした女の子たちが、クロちゃんに取り入ったり、好きになろうと思ったりする。でも、じつは本人の思いはちょっと違っていて、そのへんの差が悲劇を生むという」(藤井)

「スキップしながら唾かけて」(全てを否定したいやさぐれた本心があるけど笑顔で前進する気持ちを表現)というフレーズを思い付いたクロちゃんのプロデュース力は本物である。川谷絵音が絶賛するほどの作詞センス。さらに、中毒性のあるメロディを作り出す高レベルな作曲能力。そして、初回から一貫していたアイドル観(WACKのそれとはかなり違う)。キャラクターの違うメンバーを選抜した選球眼。「アイドルに手を出すのはご法度」と己を律することができる理性。そんな優れたプロデューサーがいて、エッジの効いた演出も加わった。これらが絡み合い、豆柴の大群はロケットスタートを切ることに成功した。
しかし、クロちゃんはプロデューサーを解任される。正直言えば、豆柴の大群はプロデューサーありきのグループだった。クロちゃんが言い放った「俺いなくなったらお前ら潰れるからな!」の一言が、元も子もなさ過ぎて恐ろしい。

──やっぱりクロちゃんがプロデューサーじゃないと今後の成功はありませんか?
クロちゃん 「成功しないです(きっぱり)。ボクの想いしか詰まっていないグループなんですから」

クロちゃん解任が決定した瞬間、喜びを露わにした4人のメンバー。しかし、彼女たちにとってはこのデビューがピークにならないだろうか? 今、豆柴の大群には期待と共にたくさんの不安材料がつきまとっている。
「出方が出方なので、ほかのアイドルとはまた違ったデビューの仕方だから、この時点では凄く盛り上がってるけど、ここから急激に落ちていっちゃったら怖いなと思うので、そのプレッシャーは凄く感じてますね。『でも、がんばらないと!』って」(ハナエ)

12月26日に、クロちゃんがブログを更新した。タイトルは「僕の子ども達」である。
「みなさんで気にかけて見守ってあげてくださいね。元プロデューサーの僕も応援していきます」
クロちゃんのTwitterアカウントには「カエデのことは諦めろ」「もう、絡んでくるな」など、数多くのリプライが寄せられている。最後までヒールの役割を全うし、過酷な罰ゲームに耐え、テレビのおもちゃにされてもキャラを崩さなかったクロちゃんには「ご苦労さま」の気持ちしかない。

12月31日〜1月1日放送『CDTVスペシャル! 年越しプレミアライブ2019→2020』(TBS系)に、カエデが加わり5人態勢となった新生「豆柴の大群」は出演した。つまり、クロちゃんの言う「ボクの想いしか詰まっていないグループ」からは卒業したということ。



そもそも、メンバーの担当カラーが決められているグループなのに4人しかいないことに違和感があった。5人揃ってようやく大群っぽくなったし、クロちゃんに優しかったカエデはキモオタと呼ばれるファンへの対応もきっといいはず。カエデが加わって、豆柴の大群は遂に「りスタート」を切る。「MONSTER IDOL」はリアリティショーとして破綻していたと思うが、彼女たちが歩むこれからの道は正真正銘のリアリティショーである。
(寺西ジャジューカ)