『エール』第17週「歌の力」 85回〈10月9日(金) 放送 作・吉田照幸 演出:橋爪紳一朗、鹿島悠〉

歌は力になる
最近の『エール』を見ていると、盲信することの怖さを感じる。同じ「歌」でも、見る角度によって「応援」というプラスの意味になったり、「戦うための道具」というマイナスな意味になったり。歌に触れる人の心持ち次第で変わる。【前話レビュー】窪田正孝だからできる戦時下に絶え間なく逡巡が湧きながら歩き続ける難役
裕一(窪田正孝)、歌は「力になる」「応援になる」と思い込んでいる。召集は免れたものの、報告音楽協会から慰問の要請を受ける裕一。深刻な劇伴が流れる中、「精一杯のことをやらなきゃ」とつぶやく姿には、慰問すら深刻な事態のように思う。
ところが、鉄男(中村蒼)が心配して訪ねてくると、妙に明るく「話ってそのこと」と笑って軽く流そうとする。「やめとけ」と言われて「なんで?」ととぼけたような顔で。
鉄男は日本が負け続けていて状況が良くないから、前線に慰問に行くのは危険だと助言するが、裕一は聞く耳をもたない。
鉄男「音楽で戦況は変えらんねえだろ」
裕一「歌で戦う人たちを鼓舞できる」「歌は力になる」
戦争を経たあとの現代人の感覚だと、鉄男の考えは正論で、裕一の考えは妄想というか詭弁というか。現実的ではないように思える。だが当時は裕一のような考え方の人がたくさんいたからこそ、戦争に突き進んでいったのだろう。
「歌が戦うための道具になるのはいやだ」と言う鉄男は、今は作詞をしないで新聞社で働いている。木枯(野田洋次郎)も戦時歌謡にほとんど協力していない。鉄男も木枯も、この時代の大衆が好むものを考案するセンスや才能がたまたまなかっただけかもしれないし、頭をひねれば作ることができたかもしれないが、やりたくないという意志を貫いたのかもしれないし。
その点、裕一は、西洋音楽の基礎がこの時代に好まれる曲を作ることに適していたことと、優しい人柄で頼まれると断れないし、頑張っている人を応援したいという気持ちが、たまたま、時代の求めるものにハマった。たまたまではあるが、裕一という人は己の才能と同時に盲信を育ててしまったのである。
歌は力になる
それから1ヶ月後、報告音楽協会からまた連絡があり、5日後に出発が決まる。そして小山田(志村けん)から「この非常時に音楽家として国に忠誠を尽くし、命を懸けて戦う将兵にこちらも命をもって応えるのが国民の務めである」という伝言を受け取る。その重い言葉、支度の数々を見て、顔を曇らせる裕一。劇伴はまたまた深刻なもの。そう、音楽は人の心を鼓舞することもできるし、不安な気持ちを増幅させることもできるのだ。
帰って音(二階堂ふみ)に「僕だけ逃げるわけにはいかない」と説明すると、音は「逃げてません。曲を作っているじゃない。いっぱい作っているじゃない」と裕一を励ますように言う。裕一が何もできない罪悪感から自分を追い詰めていると感じているから、その妄想からなんとか切り離したいと音は必死だ。
そこに、福島の母・まさ(菊池桃子)が倒れたという知らせが。
肉親が倒れても慰問に行かないといけない厳しい状況と、軍がすぐに家族の状況を調べられる。一般市民は国の監視下にあり、いかようにもコントロールされていて、命令からは逃れられない。
美味しいコーヒーが淹れたい
盲信は怖い。でも、悪いことばかりではない。「大豆でも、保さんが入れると美味しいです」
大豆のコーヒーでも、保(野間口徹)の人柄、裕一と保の関係性によって、美味しく感じる。このエピソードから、要は気の持ちよう。歌が応援になるというのは裕一の思い込みでしかないと、裕一は自身で論破してしまっている皮肉。
工場が休みの日の保は、休業中の喫茶・竹で、好きなコーヒーを淹れる。
「歴史は繰り返す。人類はずっと戦っている」
その理由はわからない。ただ、「早く戦争が終わって、美味しいコーヒーが淹れたい。それだけが僕の望み」と淡々と言いながら。
裕一は出発前に音に手紙を書く。自分の作った曲で音が歌う。その夢を戦争が終わったらかなえたい。そう思っているけれど、裕一は、音との幸福だけを選べない。裕一は戦っている人たちの力にもなりたい。これまでずっと、人とのふれあいのなかで曲が生まれてきたから。
音との幸福は、みんなの幸福の先にある。
「戦争が終わったら、もう一度、夢の続きをはじめましょう」という締めは詩的だ。そもそも、裕一と音は熱烈な文通から恋心が募って結婚に至った者同士。手紙でロマンチックなやりとりがあるのは、二人らしい。
(木俣冬)
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主な登場人物
古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。
古山華…根本真陽 古山家の長女。
田ノ上梅…森七菜 音の妹。文学賞を受賞して作家になり、故郷で創作活動を行うことにする。
田ノ上五郎…岡部大(ハナコ) 裕一の弟子になることを諦めて、梅の婚約者になる。
関内吟…松井玲奈 音の姉。夫の仕事の都合で東京在住。
関内智彦…奥野瑛太 吟の夫。軍人。
廿日市誉…古田新太 コロンブスレコードの音楽ディレクター。
杉山あかね…加弥乃 廿日市の秘書。
小山田耕三…志村けん 日本作曲界の重鎮。モデルは山田耕筰。
木枯正人…野田洋次郎 「影を慕ひて」などのヒット作を持つ人気作曲家。コロンブスから他社に移籍。モデルは古賀政男。
梶取保…野間口徹 喫茶店バンブーのマスター。
梶取恵…仲里依紗 保の妻。謎の過去を持つ。
佐藤久志…山崎育三郎 裕一の幼馴染。議員の息子。東京帝国音楽大学出身。あだ名はプリンス。モデルは伊藤久男。
村野鉄男…中村蒼 裕一の幼馴染。新聞記者を辞めて作詞家を目指しながらおでん屋をやっている。モデルは野村俊夫。
藤丸…井上希美 下駄屋の娘だが、藤丸という芸名で「船頭可愛や」を歌う。
御手洗清太郎…古川雄大 ドイツ留学経験のある、音の歌の先生。 「先生」と呼ばれることを嫌い「ミュージックティチャー」と呼べと言う。それは過去、学校の先生からトランスジェンダーに対する偏見を受けたからだった。

番組情報
連続テレビ小説「エール」◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り
原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和
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