
幕末、時代の転換期を駆け抜けた者たちの鮮烈な轍。血と汗と涙と書くといかにもな言葉だけれど、登場人物の精神の熱量をハイスピードカメラによって質量を伴って、ものすごくくっきりと映し出したように見える物語だ。
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その生命の煌めきだけが真価である。『天外者』(監督・田中光敏)の冒頭から主人公・五代才助(後の友厚 / 三浦春馬)は全力で走っている。何者かに追われ走っているうちに、坂本龍馬(三浦翔平)と合流し、一緒に走る。彼らは、両輪で、時代という名の道の先を、古い時代を壊しながら、古さに捕まらないように駆けていく。花が咲き誇るように、広い視野と、豊かな能力が匂い立つ。

最後の最後まで、五代と良きバディでいる龍馬は、幕末のヒーローとして知らない人はいないだろう。その竜馬と共に新しい時代を作ろうと、閉ざされた日本を出てもっと広い世界を知ろうとした人物のひとりが五代だった。
『天外者』の資料にある五代友厚の紹介をそのまま引き写すとこうだ。
“近代日本経済の基礎を構築し稀代の≪天外者(てんがらもん)=凄まじい才能の持ち主≫と呼ばれた五代友厚。武士の身でありながらも上海に渡って蒸気船を購入し、海外貿易による商業立国を説き、イギリスへ留学生を送り出し、自らもヨーロッパを視察する。明治政府が誕生すると政府役人となるが、大阪を「東洋のマンチェスター」に発展させるため実業家に転身。貨幣造幣局の設立、電信・鉄道・紡績・鉱山など多くの事業を精力的に手がけ、現在の大阪証券取引所・大阪商工会議所・大阪市立大学など膨大な数の組織や企業の設立に尽力した。

なんだかすごい。頭も良ければ肉体も強靭、多くの才能を最大限に使って、世のため人のために尽力した。だが、「名もいらぬ、実もいらぬ、ただ未来のために」と滅私の心で行動する人物が気に入らない人たちもいる。現状維持でいいと思っている人たちだ。
時代を切り拓く者と、今の状態を保守しようとする者の逃亡劇。そこに巻き込まれ、大事な万華鏡を落として壊されてしまった青年・利助(森永悠希)はのちの伊藤博文。初代内閣総理大臣であり、お札になったことで有名な人物だ。

それを根に持った伊藤は五代を執拗に追いかけ、万華鏡が壊れたことを責めると、五代は、ちゃちゃっと万華鏡を直してしまう。しかもそれは前よりも美しい像を描くようになる。万華鏡が映す世界もまた五代の描く尊い理想のように見える。
外国人に価値より高い値をふっかっけられるほど、日本はまだまだ世界から遅れをとっていることを実感する五代。だからこそもっと学ばなくてはならない。

龍馬と行動を共にする岩崎弥太郎(西川貴教)は、のちに三菱財閥をつくる人物。五代、坂本、伊藤、岩崎の4人が、各々自分の道をどう進むか。名を変えるたびにたくましくなっていく者と、残された者、志半ばで散る者……。生きることには変化と痛みがつきものだ。
男たちのみならず、女もまた新たな時代を生きる。遊女ながら多くのことを学びたいと夢見る、はる(森川葵)とのほのかな恋、妻・豊子(蓮佛美沙子)との同志のような信頼感。彼女たちもまた五代の原動力となる。
まったくの余談だが、筆者が五代友厚のことを知ったのは、朝ドラこと連続テレビ小説『あさが来た』(2015年度後期)でヒロインが女性実業家として生きていくことを手助けするキーマンとして登場したことがきっかけだった。鉱山や大阪商工会議所などに関することは朝ドラでも描かれていた。だから、映画で、世間にきりっともの申す豊子が登場したとき、ドラマのモデルである実業家・広岡浅子が出てきたのかと思ってしまった。残念ながら広岡浅子は映画には出てこない。


話を戻そう。五代は男も女も変わりなく、出会った人と誠実に切り結んでいく。薩摩武士の家に生まれ、剣術の才もあるが、彼は決して刃を他人に向けない。それでも圧倒的に強靭な力と精神。時代的にも武士の時代は終わり商人の時代に変わろうとしていて、五代は人を殺めて世界を拡大するのではなく、己の想像力(創造力)で世界を豊かにしていこうとする。
長くしっかり伸びた指は刀を振ることに力をこめるのではなく、指先からものを生み出すことに使われる。万華鏡を直すエピソードもいいが、地球儀を作ってしまうエピソードも五代という人物を象徴しているように感じた。まさに“才”助という名から“友”“厚”という名に変わっていくことにふさわしい生き方だと思う。

ひたすらに真っ直ぐ光に向かって生きる者を描くこういう物語では、主人公をいかに輝かしいヒーローとして成立させるかが大事だ。ダークヒーローも魅力的だが、清廉潔白なヒーローを演じきることも大事な仕事。三浦春馬は、長く伸びた手足をめいっぱい使って大胆に動きながら、手元で行う作業は繊細、他者を見うる眼差しの優しさ、ぐっと頭をあげて広い世界を見据える凛々しさ……と、「東の渋沢栄一」に対して「西の五代」とも言われる、大阪財界の父と呼ばれた五代友厚を、時代の間(はざま)に生まれた奇跡に磨き上げた。
作品情報
全国公開中『天外者』(てんがらもん)
出演:三浦春馬 三浦翔平 西川貴教 森永悠希 森川葵 /蓮佛美沙子 生瀬勝久 ほか
監督:田中光敏
脚本:小松江里子
配給:ギグリーボックス
<ストーリー>
江戸末期、ペリー来航に震撼した日本の片隅で、新しい時代の到来を敏感に察知した若き二人の青年武士が全速力で駆け抜ける――。
五代才助(後の友厚、三浦春馬)と坂本龍馬(三浦翔平)。二人はなぜか、大勢の侍に命を狙われている。日本の未来を遠くまで見据える二人の人生が、この瞬間、重なり始める。攘夷か、開国か――。五代は激しい内輪揉めには目もくれず、世界に目を向けていた。
そんな折、遊女のはる(森川葵)と出会い「自由な夢を見たい」という想いに駆られ、誰もが夢見ることのできる国をつくるため坂本龍馬、岩崎弥太郎(西川貴教)、伊藤博文(森永悠希)らと志を共にするのであった――。
公式サイト:https://www.tengaramon-movie.com
(C)2020映画「五代友厚」製作委員会
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木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami