
※本文にネタバレを含みます
別れと別れの気配がいっぱい『監察医 朝顔』9話
『監察医 朝顔』第9話は2時間スペシャル。「孤独編」という章タイトルにふさわしく、朝顔(上野樹里)と桑原(風間俊介)がすれ違い続ける。そのうえ、「桑原射殺事件編解決編」もまだ完全に解決したわけではなく尾を引いている。【前話レビュー】30年前に娘を斬殺され犯人を手にかけた父親の思いが朝顔の胸に重くのしかかる
法医学教室は、新たな殺人事件と、新しくバイトで入った学生・牛島(望月歩)の問題で大きく揺れる。2時間スペシャルだけにいろんなことがてんこ盛りだった。
別れと別れの気配もいっぱい。丸屋(杉本哲太)は退職したことが、伊東(三宅弘城)のセリフのみで語られる。茶子先生(山口智子)も去っていく。平(時任三郎)と浩之(柄本明)も体調が心配……。
8話レビューでも書いたけれど、朝顔に負荷かかり過ぎ。いくら上野樹里の困り顔が魅力的とはいえ、こんなにいろいろあっても心を強く持ち続けている朝顔ってどれだけ強いのか。朝顔のように困難に負けずひたむきに生きてゆく役が上野樹里には似合う。上野ひたむきと改名してもいいくらいだ。
各々の困難に孤独に耐える朝顔と桑原。離れていても、ふたりは思いやり、けっして孤独ではない。
今回の事件は、小湊真由という雑誌の読者モデルとして人気の人物の殺人。早くもSNSで話題になっていて、警察が情報を漏らしているんじゃないかと疑念も沸いてくる。新人の望月は、この事件に興味をもつ。
重要参考人は真由と仲が悪かった吉永明日花(水野瑛)と、元交際相手の橘凛太朗(宮内伊織)。やがて、明日花も殺されて、残った橘は、疑わしい点が多くあり、マスコミやネットのやり玉にあげられ、自殺。
明日花と橘も法医学教室で解剖される。望月は橘の遺体の写真をパソコンから撮影し、友人にメール、その友人がネットに拡散し一気に広まってしまったのは、橘が犯人ではないことが解剖でわかった矢先のことだった。
桑原の処遇はどうなる
考えが浅はかだった望月に涙ながらに監察医の仕事について説く朝顔。周囲に対する配慮の足りない者として描かれている望月、彼の真実とネットの関係に対する浅薄な認識を突き付けられて動揺する。この回でおもしろいのは、人によって痛みを感じる部分と感じない部分が違うということだ。
望月は被害者の感じたであろう痛みには大いに共感し、正義感を募らせ、犯人と思しき人物の死に顔を世に広げることに罪悪感をもたなかった。そんな彼は、遺体の生々しい傷について、ハンバーガーにかぶりつきながら会話する先輩たちの感覚を理解できない。
「食べるでしょ生きてるんだから」と光子(志田未来)は平然と返す。
つまり望月は、肉体の痛みに対する想像力はあるものの、自分が実感としてわからないことや共感できないことへ想像力を及ぼすことができない。
望月とその学友がしたことはあってはならないことだとはいえ、物事の許容範囲は、その人の経験によって千差万別なのである。だからこそ、朝顔が望月に涙で訴えたように、きちんと相手に伝えるということが大事なのだ。

人の気持ちは千差万別といえば、桑原の処遇。審議会が催され、「桑原射殺事件編」の責任を問われ、暗に自主降格を求めるような空気を出される。拳銃を盗まれた山田巡査部長(友松栄)は亡くなる。悲劇だが、死因は、拳銃泥棒の暴力によるもので、殉職扱いになることだけが救い。
このとき、桑原を追い詰める刑事部長・三浦役は、田中要次。彼が出る前に「あるよ」ネタがあった。
そこへ、事件のときはさんざん桑原を追い詰めた監察官・五十嵐(松角洋平)がやってきて、今度は助け舟を出す。五十嵐は、警察官の不祥事を調べる監察官として正しいことを追求したいだけで、真実がわかれば、その真実に準じるタイプの人物として描かれている。
対して、三浦は保身タイプで、事件によって刑事部長としての立場が危うくならないように立ち回ることが第一で、事実には興味がないのだ。
東日本大震災から10年、仙ノ浦の人たちは…
仙ノ浦の人たちも様々な思いで生きている。浩之は、東日本大震災で行方不明になった里子(石田ひかり)のものかもしれない歯を、最初は調べないでほしいと言っていたが、気を変えて、調べてほしいと言いだす。でも、朝顔は気がすすまない。浩之の体調が思わしくなく、結果がどうであれ、生きる力を失ってしまうのではないかと心配なのだ。
食堂を営む奥寺美雪(大竹しのぶ)は、平のことを気にしている。朝顔は、平に好意をもっているのではないかと考える。平は60歳過ぎているんだと一笑に付すが、「過ぎててもいいんじゃない? そういうドラマあるでしょ」と言う朝顔。朝顔は、平と奥寺の関係に嫌悪感をもつかと思ったらそんなことなくて拍子抜けした。それはともかく、美雪は夫と子供を震災で亡くし、いまだふたりを忘れられない。
里子のことを探し続ける平と、仙ノ浦といういまだに傷の癒えない土地で生きる美雪とは、ある種の同士として引き合っているように見える。平の「こっちはまだ終わってないんだな。
平は、仙ノ浦に来た途端、道を間違えたり、朝顔に電話で「里子」と呼びかけたりしてしまうようになる。体調の問題だとは思うが、過去に呼ばれてしまっているような、そんなふうにも見えてくるのである。
美雪が8話で、亡くなった人を忘れられない者がその思いを伝えられるように岩手県に設置された「風の電話」のようなものに、里子に向かって話かける場面があった。
9話では「かからないのに電話しちゃうの」と美雪が言う場面で、彼女の行動の意味が誰もがわかるようになっているが、8話の時点では、震災で被害にあった方々の姿をリアルに描写していると感じる視聴者もいれば、幽霊に電話しているのかという、すこし空想的な描写と捉える人と、いろいろな見方に分かれた。これもまた、人それぞれ体験の種類や数によって感じ方が違うものだということだ。
東日本大震災が起きてから2021年の3月で10年が経つ。この10年間がどうであったか、人の数だけ違う。過去になった人もいるかもしれないが、まだ過去になっていない人もいる。だからこそ、できるだけたくさんの人の個別の体験や思いをドラマとして描き続けることは大事なことだと思う。
1月11日は新春スペシャル。8話で桑原が回想していた朝顔妊婦時代のエピソードがあの一瞬だけでなく長く描かれるようだ。
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番組情報
フジテレビ『監察医 朝顔』毎週月曜よる9:00〜
公式サイト:https://www.fujitv.co.jp/asagao2/
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木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami