『おちょやん』第17週「うちの守りたかった家庭劇」
第82回〈3月30日(火)放送 作:八津弘幸、演出:原田氷詩 〉

福助が吹いた曲は「埴生の宿」(「ホーム・スイート・ホーム」)家庭劇にふさわしい
福助(井上拓哉)が出征することになった。最後にトランペットを思いきり吹かせてあげたい。みつえ(東野綾香)の気持ちを受けて、千代(杉咲花)は一平(成田凌)に頼んで、劇場を開けてもらう。【前話レビュー】戦争が激化し福助に召集令状が……道頓堀に暗い影
いざ演奏しようとすると、近所のおばちゃん(朝ドラでおなじみの国防婦人会的な人だろう)が告げ口して、警官がやって来た。
ずかずか乗り込むと、舞台では、寛治(前田旺太郎)とルリ子(明日海りお)と香里(松本妃代)が「パパパパ〜」と発声練習をしていた。家庭劇のすばらしいチームワーク。
福富一家も岡安一家も残りの劇団員も集まって、福助の演奏を聞く。金色の照明を一身にまとい(ナウシカか)、福助が演奏したのは「埴生の宿」。イギリスで生まれた曲で、原題は「ホーム・スイート・ホーム」。家庭劇の「家庭」を讃える曲のようであると同時に、戦争映画の金字塔『ビルマの竪琴』(市川崑監督)で重要な役割を果たす曲を使用したことで、『おちょやん』のなかでは、たとえ戦争を十分に描くことができなくても、「埴生の宿」を手がかりに『ビルマの竪琴』を見れば、戦争がどれだけ酷かったかわかる。そんなふうに戦争を知る手立てを残しているといえるのではないだろうか。たとえば、大河ドラマの合戦のような戦(いくさ)描写を行ったことで「朝ドラでこれまでになく戦争に踏み込んだ」と大衆に思い込ませるよりも、潔く名作に譲るほうが作り手として潔く誠実で謙虚である。知らんけど。
誠実さといえば、福助役の井上拓哉である。出征にあたりちゃんと坊主頭にしていた。カツラの坊主頭だと再現しづらいまばらな感じとか後頭部の薄さなどが自然で良かった。坊主にすることで、今後、NHKの仕事が来る可能性は上がったことだろう。視聴者としても注目した。
ドラマの最初の頃、みつえに橋の上でトランペットを河に投げ込まれる役割だった彼が、早々とネットニュースで取り上げられていたのも、最終的にこれくらい良い役割になるのがわかっていて、これがチャンスと狙いを定めていたのであろう。井上拓哉さんの今後の活躍に期待する。
岡安を閉める
戦争によって、シズ(篠原涼子)は60年続いた老舗の芝居茶屋・岡安を閉めることを決めた。千代に「暇か」と聞いて(「暇か」って聞き方……)、座布団を供出する準備の手伝いを頼む。長年、人のお尻(正確には脚なのかな)が乗っていた座布団を頭にかぶる防空頭巾に……なんて思っている状況では当時はなかったのだろう。まあ中綿だし。その座布団に千代は顔をうずめて泣き、「干してるのに濡らしてどないしますねん」と注意される。座布団に顔を埋めるのもなあ……。テクニック派の印象のない篠原涼子が意外と老けた身体になっていることに注目したい。姿勢をすこし悪くして首がつまった感じになることで老けて見える。ものすごく痩せている人と違って、ある程度、ボリューム感のあるタイプの人が年をとると首がつまってずんぐり見えるのだ。所作指導がしっかりしているのであろう。


千代は天涯孤独の彼女の唯一の居場所になった岡安がなくなることを嘆くが、シズは「立つ鳥、後を濁さず」と、哀しくても最後まで毅然としている。毅然としているといえば、福富の菊(いしのようこ)や福松(岡嶋秀昭)。福助が出征する哀しみを表に出さず笑っている。
千代「よかった、菊さんも福松さんも変わりのうて」
みつえ「強がってはるだけや。強がるしかあらへんねん」
千代だって菊たちの強がりをわかっているはず。それなのになんでわざわざここで言葉にするかといえば、みつえにこのセリフを言わせるためにほかならない。『おちょやん』の登場人物は全員、強がりで、それを言わずともわかっているはずなのだから、一瞬、千代が鈍い人に見えかねないセリフは要らないのではないか。第81回の
千代「なんでそないなこと」
寛治「ええで、ええんですて」
といい、なんで主人公の千代が振りの役割をしないといけないのか。
福助は、息子が14歳になったら少年兵として志願すると聞き、「ひげ」を生やさないと立派な将校になれないと言って息子の気持ちを逸らす。こういうところは良かった。主人公にオリジナリティーあるセリフを書いてあげてほしい。「うちがあんたらを捨てたんや」を超えるセリフを待っている。戦中のエピソードになると、筆者のなかの“朝ドラ国防婦人会”モードが発動してしまう。堪忍な。
81回の癒やしは猫だったが、82回は執筆中の一平のメガネ顔。
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■杉咲花(天海千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
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番組情報
連続テレビ小説『おちょやん』<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
作:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami