
隅々まで隙のない、気合の入ったオリジナル映画『キャラクター』
様々な役を驚異的なまでに的確に演じ分けていく天才俳優・菅田将暉と俳優初挑戦のSEKAI NO OWARIのボーカルFukaseの対決がスリリングな『キャラクター』(永井聡監督)。菅田演じる漫画家対Fukase演じる殺人犯の攻防は良い意味で最後まで力んで見てしまう。いくつも用意されている衝撃展開に見終わった後、心地良い疲れを感じた。雨のシーンが多くて、俳優たちがびしょ濡れなのもいい。血溜まりにのたうちまわり、雨に濡れそぼつ俳優たちの本気。

プロ漫画家を目指すも芽が出ない山城圭吾(菅田将暉)は偶然、凄惨な殺人事件に巻き込まれる。その時、目撃した犯人らしき人物・両角(もろずみ/Fukase)をモデルにして漫画「34」(さんじゅうし)を描いたところ、大ヒットして一躍人気漫画家に。芽が出ない時は描くキャラに魅力がないと言われていた山城が、実際にいた人物をモデルにしたことでみるみる読者を魅了していく。
ある時、起きた殺人事件が漫画とそっくりであることに気づいた刑事・清田俊介(小栗旬)は山城と事件の関連性を調べはじめる。山城は犯人を目撃したことを黙っていて、漫画の殺人鬼の主人公“ダガー”のモデルにして、それが漫画のリアリティーになった。


山城の前にふらりと現れ、妙なことを言う両角。薄気味悪さを感じる山城。山城と両角の負の相互関係。山城は無意識に両角と共犯関係を結んでしまっている。このままでいいのかいけないのか。
隅々まで隙のない、気合の入ったオリジナル映画である(若干ツッコミたいところもあるのだが……)。ちょっとシェイクスピアの「マクベス」を思わせるような(筆者の考えすぎかも)仕掛けもあって、にやりとなる。
原案と脚本を担当した長崎尚志は浦沢直樹の「20世紀少年」「MASTER キートン」などを共作し、別名義で「クロコーチ」「ディアスポリス」などの人気漫画の原作を手掛けてきた。漫画のことを熟知している人物だけあって、劇中の漫画の中身も描き方も、漫画編集部の人たちの言動も、さらりとホンモノ感がある。
この手の作品でいやなのは、題材にした職業ならではのディテールがなくて上っ面な感じがすることだが、それがまずなかったのが良かった。山城の描く漫画『34』(このネーミングも漫画のあらましもくすぐる)は実際に活躍している江野スミ(「美少年ネス」「亜獣譚」など)によるもので、大きなスクリーンで見ても迫力。
なんといっても、期せずしてふたりの人間が漫画を共作していくことになって、予想もし得ない展開になっていくことは、長崎自身が浦沢直樹と漫画を共作した体験が生かされているのではないだろうか。

瞳のやばい人たち
作り手のリアリティーといえば、フィクションと現実の重なり合いに関して扱いが慎重になる題材だと思う。何か事件が起こったとき、漫画をはじめとしたフィクションの影響を問題視して、作品の生命が奪われてしまうことがあるものだから。奇妙に引き合う山城と両角はまるで鏡を見ているような相似形のような関係という解釈もできるだろう。だが、見ていると菅田将暉とFukaseはあくまでも別人で、生まれも育ちもそれぞれの背景をもった人間が殺人を通して繋がってしまった時の恐怖と、その時、彼らがどうするか、あくまで「個」の対決の面白さになっていく。

山城は最初、漫画が認めてもらえず虚ろな瞳をしているが、それが事件を目撃したときに、驚くほど見開かれる。

対して、両角は、何を考えているのか定まらない瞳が怖い。頭のなかでシュールな世界を描いているような絵の具がぐちゃぐちゃに混ざったような瞳。普段は静かで口調も穏やか。そういうアプローチが良かった。宣伝ビジュアルの、部屋の窓辺で漫画を読んでいる姿の叙情性。優れたミュージシャンには優れた俳優になる可能性をもっていることがよくあるが(例:田口トモロヲやユースケ・サンタマリア、星野源など)、Fukaseもそのひとりではないか。
影響されつつ、されない、切り分けた感じを、菅田とFukaseがうまく演じることに、空想の世界に引っ張られてしまうことに対する作り手の警戒心を感じる。あくまでフィクションはフィクションで、創造の自由は奪われるものではない。漫画家が自分の漫画に責任をとろうとする時、誰にも真似されることのない「個」の想像力を賭けた山城と両角の真剣勝負にも見えてくるのである。
菅田将暉が初めて買ったCDがSEKAI NO OWARIだったとこの間、トーク番組「僕らの時代」(フジテレビ)で言っていた。後でプレスシートを読んだら、そこにもそれが書いてあった。そんな関係性のふたりが、猟奇的な殺人犯・両角とその事件現場を目撃し、漫画に描いて大ヒット漫画家になった山城を演じる面白さがあるが、そんな先入観を抜きで楽しめた。

また、小栗旬は「罪の声」の新聞記者役に続いて事件の真相を追う役がハマっている。やばい登場人物たちのなかでいたって実直な刑事を実直に演じる上で、清田の癖を考えて動きに取り入れているところはさすが。地に足のついた至極まっとうな生活者を演じさせたら天下一の貴重な俳優になってきた。小栗演じる清田刑事の先輩刑事・真壁孝太役の中村獅童も苦み走りつつ人情家でいい。
出演者たちが皆、名演している。とりわけ容疑者のひとり、辺見を演じる松田洋治に注目した。天才少年俳優だった彼も50代。謎の薄気味悪い人物をこんなふうに演じるとは。天才ってやっぱり違うな。
(木俣冬)
作品概要
『キャラクター』絶賛上映中

出演:菅田将暉 Fukase(SEKAI NO OWARI) 高畑充希 中村獅童 小栗旬
原案・脚本:長崎尚志
監督:永井聡
配給:東宝
(C)2021 映画「キャラクター」製作委員会
公式サイト:http://character-movie.jp/
公式Twitter:@character2021
公式Instagram:@character_movie2021
複写された『絶対悪』
二人の共作、それは連続殺人事件
漫画家として売れることを夢見る山城圭吾(菅田将暉)は、高い画力があるにも関わらず、リアルな悪役キャラクターを描くことができず、万年アシスタント生活を送っていた。ある日、スケッチに出かけた先で惨殺事件に遭遇、しかも犯人を目撃してしまう。
事件の第一発見者となった山城は、警察の取り調べに対して「犯人の顔は見ていない」と嘘をつく。それどころか自分だけが知っている犯人を基に殺人鬼の主人公“ダガー”を生み出し、サスペンス漫画「34(さんじゅうし)」を描き始めたところ、漫画は異例の大ヒット。瞬く間に売れっ子漫画家となった山城は、恋人の夏美(高畑充希)とも結婚し、順風満帆な生活を手に入れた。
しかし、「34」を模したような事件が続き、刑事の清田俊介(小栗旬)や真壁孝太(中村獅童)から目をつけられる山城。そんな中、一人の男が山城の前に姿を現した。
「 両角って言います。先生が描いたものも、リアルに再現しておきましたから」
交わってしまった二人。山城を待ち受ける“結末”とは?
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami