宮藤官九郎×のん NO FUTUREな荒れた世界を清々しくひっくり返す 舞台『愛が世界を救います』

あの頃の思い出が音楽と共に蘇る『愛が世界を救います(ただし屁が出ます)』

宮藤官九郎のんが“朝ドラ”こと連続テレビ小説『あまちゃん』(2013年度前期 / NHK)以来8年ぶりにタッグを組んだ大パルコ人4(※正しくは丸数字)マジロックオペラ『愛が世界を救います(ただし屁が出ます)』は『あまちゃん』を補完するような作品だといっていいだろう。少なくとも音楽面では。

小泉今日子や薬師丸ひろ子と80年代のアイドルソングをたくさん取り入れていた『あまちゃん』。
かたや『愛が世界を〜』は大江千里に代表されるシティポップとザ・ブルーハーツなどに代表されるパンクで出来ている。あの頃、大江千里にドハマリしていた身としては『愛が世界を〜』の音楽世界は『あまちゃん』以上に胸を熱くする。大江千里色に触れるたび『あまちゃん』でアキの母親・春子(小泉今日子)が24年ぶりに実家の自室に入ったときのような気持ちがいっぱいに広がる。同じくパンクに夢中だった人たちもそうであろう。

『あまちゃん』の春子の部屋にあったチェッカーズに松田聖子は放送当時、SNSを沸かせた。『あまちゃん』の成功は思い出が鮮やかに蘇る音楽の力が大きいといって過言ではない。今の40〜50代の人たちがかつてまだ何者でもなく、すでに特別になった者たちに激しく焦がれたあの頃――そのノスタルジィと、若い主人公・アキ(能年玲奈 / 現:のん)の混じりけのない純粋さが呼応した『あまちゃん』。『愛が世界を〜』もまた、ある年代の観客が観ればあの頃の思い出が音楽と共に蘇る。

あれから8年が経過したとは思えない、のんは相変わらずおろしたての白Tのようだった。どうしたらそんなにくすみのないままでいられるのだろうか。

宮藤官九郎×のん NO FUTUREな荒れた世界を清々しくひっくり返す 舞台『愛が世界を救います』

予知能力の持ち主・にじろー(ただし屁が出ます)

2055年、東京・渋谷。11年前に起こった戦争(大パルコ人シリーズ第一弾のメカロックオペラ『R2C2~サイボーグなのでバンド辞めます!~』で描かれたエピソード)によって街は荒廃していた。生き残った人間とサイボーグ化した人間と人間に紛れ込んだ宇宙人などなどがもつれあう世界の中でのんが演じるのは特殊能力を持った人物NON
ただし、能力を発揮すると、変な顔になってしまう。

NONは行方不明の祖父(宮藤官九郎)を探して田舎から渋谷にやって来た(彼女が背負っている、あるアイテムが面白い)。そこでMIYASHITA PARKの公衆トイレを根城にするにじろー(村上虹郎)と出会う。彼もまた特殊能力――予知能力の持ち主で、かつてその能力を使って戦争を予知していた。ただ、その力を使うときに屁が出てしまう。

NONとにじろーは変なことと引き換えに特殊能力を発動するという同じ悩みを持つ者として気持ちが少しずつ近づいていく。だが、にじろーはNONを意識するにつれて彼女の前で屁をすることが恥ずかしくなり、能力を使えなくなっていく。

のんと村上虹郎のフレッシュさはボーイ・ミーツ・ガール・ストーリーのような甘酸っぱい雰囲気を漂わせることもある。だがそこは宮藤官九郎の世界、一筋縄ではいかない。恋より笑い? 恋より音楽? 笑いや音楽が恋をはじめとする人間の衝動とばかりに、NONも虹郎も屁をしたり(実際しているわけではないが)、変顔したり、激しく歌ったり演奏したりする。怒髪天上原子友康が作曲、宮藤が作詞した17曲ほどの歌が2時間45分(休憩20分)を盛り上げる。

宮藤官九郎×のん NO FUTUREな荒れた世界を清々しくひっくり返す 舞台『愛が世界を救います』

村上虹郎は、俳優の村上淳を父に、歌手のUAを母に持ち、演技も音感も良いところをもらったのだろうなあという感じで、余裕の天才っぷりを発揮しているように見える。
のんは、演技しているときは少しはにかんだような仕草が魅力的だったりするが、ギターを演奏するときは手足を勢いよく振り回し、ものすごく堂々とカッコいい。

以前、のんに取材をしたとき「ギターを弾いているときは“自由”になれる気がします」と言っていた(『キネマ旬報』 2020年3月下旬映画業界決算特別号より)。本当にそういう感じ。演奏したあと舞台からハケていくときの勢いもいい。なんといっても宮藤の演出をなんでも受け入れるという心構えでやっている真摯さがいい。



宮藤官九郎×のん NO FUTUREな荒れた世界を清々しくひっくり返す 舞台『愛が世界を救います』

藤井隆の大江三千里、最高

NONの音楽の原点は祖父がかつてやっていたパンクバンド。祖父の作った楽曲にはいわくがあって……。そしてNONとにじろーはやたらとテンションの高いプロデューサーの大江三千里(藤井隆)と知り合って多様性を謳った音楽祭に参加することに……。

NONとにじろーの前には敵か味方か変な人たちばかりが立ちはだかり、彼らが普通のロマンティックなラブストーリー道を歩むことを阻む。大江三千里をはじめ、にじろーのいきつけの中華料理店の主人ホイ(三宅弘城)、兄弟のポリス(荒川良々、YOUNG DAIS)、名子役・甘栗しゅんぺい(少路勇介)、それに元宝ジェンヌ(伊勢志摩)やサイボーグのR2C2.5よーかいくん、みんなひとり何役も演じ分けている。皆川猿時は映像出演なのになんだかずっと出ていたような気がしてしまうほどの濃さであった。声の出演であの人も……。

宮藤官九郎×のん NO FUTUREな荒れた世界を清々しくひっくり返す 舞台『愛が世界を救います』

宮藤は公演初日、メディアに出したコメントの中でこんなことを言っている。


「休憩ナシ2時間15分を目指してたけど、試しに休憩入れたら、主に50代の出演者の疲労が緩和され、後半のクオリティがグッと上がったので、すいません、休憩入れさせていただきます」

たしかに宮藤や三宅、伊勢、荒川などアラフィフの俳優たちは出せる技とエネルギーを全部発動しているように感じられた。おかしなビジュアルでおばかなことを延々やっているにもかかわらず、ふとした瞬間、カッコよく見えたりして、そこに不覚にもじんっとしてしまうのは筆者だけであろうか。

宮藤官九郎×のん NO FUTUREな荒れた世界を清々しくひっくり返す 舞台『愛が世界を救います』

宮藤演じるおじいちゃんの名前は「全否定」。孫ののんは「NON」。どちらも“NOT”の意味を持っている。パンクに流れる反体制の精神によってあらゆることを否定しひっくり返してきた祖父世代の過去の行動が今のNO FUTUREな荒れた世界を作り出し、そこで必死に生きている孫世代が再びひっくり返していく。

時代の変化の中でオセロゲームのように黒から白へ白から黒へとひっくり返しながら、それでも自分らしくあり続けようとするのは登場人物なのか作り手そのものなのか。言葉の意味よりも熱量と速度のみが自分らしさであるような、それはまるで甲子園のような泥だらけの清々しさのようにも見えた。物語の中心に据えられた人物が、いつまでもはじめの頃の良さを失わないのんであることで、自分らしくいる尊さの純度がいっそう高くなったような気がした。

観客参加のコーナーはコロナ禍、ひとつの空間に人々が集まるライブの楽しさを実感させる。パンフレットの文字が大きくて老眼世代にもやさしい。あと、藤井隆の大江三千里、最高。

(木俣冬)

公演情報

大パルコ人4 マジロックオペラ
愛が世界を救います(ただし屁が出ます)

宮藤官九郎×のん NO FUTUREな荒れた世界を清々しくひっくり返す 舞台『愛が世界を救います』

作・演出:宮藤官九郎
音楽:上原子友康(怒髪天)

出演:のん 村上虹郎 三宅弘城 荒川良々 伊勢志摩 少路勇介 よーかいくん YOUNG DAIS 宮藤官九郎 藤井隆

制作協力:モチロン
企画:大人計画
プロデュース・製作:大人計画/パルコ

<東京公演>
2021年8月9日(月)~2021年8月31日(火)PARCO劇場
問い合わせ:パルコステージ(TEL. 03-3477-5858 / 時間短縮営業中)

<大阪公演>
2021年9月4日〜12日(日)COOL JAPAN PARK OSAKA WWホール
問い合わせ:キョードーインフォメーション(TEL. 0570-200-888 / 11:00~16:00 ※日祝は休業)

<仙台公演>
2021年9月15日〜17日(金)電力ホール
問い合わせ:キョードー東北(TEL. 022-217-7788 / 時間短縮営業中)

公式サイト:https://stage.parco.jp/program/majirock/

Live Streaming



『愛が世界を救います(ただし屁が出ます)』ライブ配信


<ライブ配信日時>
2021年8月18日(水)開場17:15 / 開演18:00
※途中から視聴した場合はその時点からのライブ配信となり、巻き戻しての再生はできません

<アーカイブ(見逃し)配信>
8月20日(金)23:59まで
※8月19日(木)午前2時〜午前8時はメンテナンス期間となり、視聴サイトにログインできません

<視聴チケット料金>
3,200円(税込)
※Go Toイベント対象(Go Toイベント割引後の価格)

<販売期間>
8月20日(金)19:00まで

<視聴チケット取扱い>
イープラス(イープラス「Streaming+」)
https://eplus.jp/majirock-streaming/

■WOWOWオンデマンドでの配信について
配信日時:2021年8月18日(水) 18:00~開演
配信場所:WOWOWオンデマンドにてライブ配信
視聴料金:WOWOW加入者は無料(※詳しくはこちら

>>WOWOWに加入する(お申し込み月無料)


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
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