過去からまた未来が動き出す。まさに生きて行くための終活映画でした。

4年前の手術を経た背中の痛み、その2年後の母の他界と、映画監督として活躍した男サルバドールの晩年は心身ともに疲れ切ったものでした。映画の冒頭ではまるで図解解説のように彼の体の不調や生い立ち、現在に至る塞ぎこんだような心模様につながる話があります。

「どうだ、だから俺はやる気がないんだよ」と言った感じにも聞こえ、この辺はなんとなく私たちの近くにもいそうな男の愚痴の様にもうつります。


32年前の作品をきっかけに再び動き出した人生

【終活映画】生き方の手本は自分の中にある『ペイン・アンド・グ...の画像はこちら >>

主人公サルバドールは、人生を半ばあきらめたかのような男でしたが、32年前の彼の映画作品がレストアされ、上映されることになったことから彼の人生がまた動き出します。当時の主演俳優を訪ね上映された時のトークを一緒にしたいと訪問をしました。このあたりから彼の過去の人生が現在と未来に大きく影響し始めてくるのです。

訪ねた先の主は、もともとその演技を気に入った俳優でもなく、むしろ演出通りにやらない役者として喧嘩をしたこともあります。

そんな過去もすべて受け入れたと言い、喧嘩の原因にもなったヘロインを好奇心から経験してしまうサルバドール、彼の抱えた痛みを解決するのにはたくさんの薬よりも、むしろ適していたのでしょう、やがては背中の痛みを忘れようとヘロインを求めに街に出ることにもなります。

ヘロインを吸引した時のサルバドールは、和らぐ痛みと同時にそのまどろみの中で母と共に過ごした幼いころの楽しかった記憶がよみがえり、夢を見るように回想をするのです。


人生の振り返りから見えてきた痛み

【終活映画】生き方の手本は自分の中にある『ペイン・アンド・グローリー』

人を遠ざけるように暮らし、新しいことに挑戦をすることが無かった彼の暮らしも、振り返った幼いころからの思い出を経ることで、これまで誰にも話すことの無かった彼の痛みのような部分が見えてきました。

妻を娶ることもなく母を送った彼は才能豊かなクリエイターであり、同性愛者でもありました。自伝的にその過去をつづった脚本で舞台が開かれ、それを縁にして別かれた最愛の男と再会するのです。

32年前、あの映画がつくられた当時の2人の記憶、懐かしむようにその時を語らい、ひと時を過ごして、2人は再会を約束するのです。

この再会を経て何よりも生きるエネルギーに溢れたその当時の人生を思い出し、過去の自分を感じることで、生きる力が湧いてきたのでしょうか。

手にしていたヘロインをトイレに流し、改めて医者と向き合うことにしました。生きようと決めたのです。


輝いていた時の自分は、まぎれもない自分自身

【終活映画】生き方の手本は自分の中にある『ペイン・アンド・グローリー』

人生を振り返る作業は自分自身に最もエネルギーのある時を感じることが重要です。自分史という考え方が流行り始めたようです。本を書いたり、映像を作ったりと何か創作物を作りがちな自分史の取り組みが多いですが、 理想は先ず、これからのエネルギーを作るためにも、自分の人生を振り返ることです。

いきいきと輝いていた時の自分は、たとえ年齢を経たとしても、まぎれもない自分自身なのですから。年老いた時の生き方の手本や参考は、むしろ自分自身の中にあるのかもしれません。

身体に前向きに向き合うことで彼のもうひとつの不調も簡単な手術で回復することも解りました。この時点において彼は生きることには前向きであり、そんな彼を支えたいという周囲の人にも前向きなエネルギーが影響を及ぼします。皆が前向きな変化を受け入れてくれるのです。

もともとが才能豊かな映画監督ですから、32年前の作品の再上映からさまざまな招待なども舞い込んでいたようですが、痛みを抱えた彼のままでしたらそんなものにも気が付かなかったでしょう。

体の復調も見えたころ、いろいろな資料を読んでいる中で一つの画廊の広告が目にとまります。椅子に座って本を読む少年、それは記憶の中にあった彼の幼いころの姿でした。

勤勉な幼いサルバドールが、読み書きの先生として過ごした青年との時間を思い出します。文盲ながら左官職人として画才豊かな青年と、神学校に入る前の幼い自分との関係でした。

作品は青年がお礼にと書いたサルバドール少年の姿です。この絵には彼の人生の痛みともいえる思いがありました。おそらくは当時も、そして今も誰にも話せないことです。


答えのない自問自答よりも、全てを自分の人生として受け止める

自分の人生の痛みも人生の喜び豊かな時代も、実はこの時にすべて創造されたのではないかということを感じさせます。そうなってくるとやはり人生は面白いのです。

ラストシーンはまさに見たもの勝ちということで、ここでは内緒にしておきましょう。

初老の男性の、現役引退の節目はどういう心理になるのか?またその切っ掛けは心なのか体力なのか?そしてそこで人生は終わってしまうのか?などと答えの出ない自問自答よりも、痛みも楽しさも全部自分の人生として受け止めてまた新たに明日を迎えることができる。

終活に自分史の有効活用で彩が見えてきそうなそんな映画でした。


今回ご紹介した映画『 ペイン・アンド・グローリー 』

公開:2020年6月19日/ TOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマ他ロードショー

監督・脚本:ペドロ・アルモドバル

出演:アントニオ・バンデラス、アシエル・エチェアンディア、レオナルド・スバラーニャ、ノラ・ナバス、フリエタ・セラーノ、ペネロペ・クロス

配給:キノフィルムズ/木下グループ

(C)El Deseo.

この記事を書いた人

尾上正幸

(終活映画・ナビゲーター / 自分史活用推進協議会認定自分史アドバイザー / 株式会社東京葬祭取締役部長)

葬儀社に勤務する傍ら、終活ブーム以前よりエンディングノート活用や、後悔をしないための葬儀の知識などの講演を行う。終活の意義を、「自分自身の力になるためのライフデザイン」と再定義し、そのヒントは自分史にありと、終活関連、自分史関連の講演活動を積極的に展開。講演では終活映画・ナビゲーターとして、終活に関連する映画の紹介も必ず行っている。

著書:『実践エンディングノート』(共同通信社 2010年)、『本当に役立つ終活50問50答』(翔泳社 2015)

  • 【終活映画】生き方の手本は自分の中にある『ペイン・アンド・グローリー』
  • 【終活映画】生き方の手本は自分の中にある『ペイン・アンド・グローリー』