【写真】熱闘を繰り広げるSKE48荒井優希と伊藤麻希【4点】
「荒井優希が勝つと思っていたやろ、お前ら!」
試合を終えて、インタビュールームに入ってきた伊藤麻希は開口一番、そう吼えると、ドン!とチャンピオンベルトをテーブルの上に置き「伊藤が勝つわ!」と睨みを利かせた。
まさに図星であった。インタビュールームには他の試合よりも明らかに多い記者とカメラマンが押しかけていた。それだけこの試合への注目度が高かったことを物語っているが、多くのメディアが「SKE48の荒井優希が両国国技館でチャンピオンベルト初戴冠!」というビッグニュースを期待していたことは否定できない。
アイドルからプロレスラーに転身するケースは、もはや珍しいことではなくなったが、現役のアイドルが、それもSKE48というメジャーアイドルの、しかも選抜メンバーがアイドルとして活動を続けながら、プロレスラーとして継続的に参戦する、というのは「対世間」という部分を考えると大きすぎる話題である。
昨年5月にプロレスデビューしたときの相手が伊藤麻希であり、あれから9カ月経って、東京女子プロレスとしては初開催となる両国国技館でのビッグマッチで再戦。ここでデビュー戦のリベンジを果たして、ベルト奪取となれば、これ以上ない「令和のシンデレラストーリー」が完成する。それは東京女子プロレスだけでなく、SKE48にとってもプラスに作用するニュースになったはずだが、世の中、そんなに甘いものではなかった。
9カ月前、荒井優希のプロレスデビュー戦を見て、びっくりした。
もちろん技術的な部分では、まだまだ及第点とは言えなかったが、驚かされたのはその表情だった。
当たり前のように聞こえるかもしれないが、極度の緊張を余儀なくされるデビュー戦でここまでできるのは本当に稀有。それだけ腹を括ってリングに立っていることが伝わってきたし、表情だけで「闘っている」ことが見ている側にわかるのはプロレスラーとしての才覚といっていい。昭和の時代のようにプロレス中継が地上波のゴールデンタイムで生放送されていたら、一夜にしてスターになれたんじゃないか、と思ってしまうほどのインパクトをデビュー戦で感じてしまった。
しかし、プロレスラーにとって大事なのは経験値だ。道場での練習はもちろん大事ではあるが、実戦を重ねていくことで「プロ」として育っていく部分はかなり大きい。アイドルとの兼任で、プロレスには「限定出場」と但し書きがつけられた時点で、いささかの不安をおぼえたが、こちらが予測していた以上の試合数をこなしてきた荒井優希は着々とプロレスラーとして進化を遂げ、昨年の新人賞を総ナメに。両国国技館という晴れ舞台での初タイトルマッチというお膳立てもみずからの手で作りあげた。
みずから、というのは2・11後楽園ホール大会で、彼女から伊藤麻希へ直接、挑戦状を叩きつけたから。この日の試合はABEMAとYoutubeで無料配信されており、普段は女子プロレスをあまり見ないような層も多く視聴していた。そこに現役アイドルが登場して、タイトルマッチをぶちあげたのだから、その話題は即座に広まったし、王座奪取の期待もイッキに高まった。
これが冒頭の伊藤麻希のセリフにつながってくる。荒井優希のシンデレラストーリーに期待する世間の空気を感じとった上で、その空気を読まずに叩き潰したチャンピオン。じつはかくいう伊藤麻希も、もともとは九州を拠点とするLinQというアイドルグループのメンバーで、初期はその肩書きを背負ってプロレスのリングに上がっていた。
ところがアイドルグループの再編により、他のユニットに異動させられた伊藤麻希はみずから「クビになったアイドル=クビドル」を名乗り、自虐することでプロレスラーとして注目を集めていくことになる。正直、最初のころは空回りというか、すべり倒していた時期もあったが、そうやって身を削って闘ってきたことで、どんどんファンからの信頼を得て、いつのまにかチャンピオンベルトが似合うプロレスラーになっていた。
荒井優希が歓迎ムードの中でデビューすることができたのは、そうやって伊藤麻希が道を切り拓いてくれていたから、という側面が非常に大きい。そういう先人がいて、お手本を目の前で示してくれたことは、間違いなく荒井優希の急速な成長にひと役買っている。アイドルとしての「格」ではSKE48の方が上かもしれないが、リングに上がってしまえば、そんなものはまったく関係なくなるのがプロレスの面白さ。アイドルとしての「人生逆転劇」である。(後編へつづく)
【後編はこちら】SKE48荒井優希、リングでの完敗から始まる物語「それでもプロレスを続けていく」