8月13日にテレビ朝日系で放送された『プロレス総選挙』は、大きな反響を呼んだ。そしてスタジオでオカダ・カズチカや棚橋弘至と並んで出演した、150㎝の小さなマスクウーマン(オカダとの身長差は実に41㎝!)の存在に目を奪われた“プロレスを知らない”視聴者も多かったようだ。
番組内では堂々、第11位(男子を含めた総合順位。女子部門では第1位!)にランクインした彼女の名前はスターライト・キッド。いまや女子プロレス界を代表するスターダムの人気者である。だが、彼女がここまで来るにはマスクウーマンならではの苦悩や挫折があった。令和という時代が生んだニュータイプのダークヒロインが、心の中のマスクを脱いですべてを語る(前後編の前編)。

【写真】SNSではマスク姿ながら素顔も披露、令和のダークヒロイン スターライト・キッド【5点】

人気急上昇中の女子プロレス団体・スターダムには、たくさんの人気レスラーが所属している。アイドルやタレントからの転身組も少なくないので、いわゆる「美女レスラー」は数多くいるのだが、そんな美女たちを抑えてグッズの売り上げナンバーワンを誇っているのはマスクウーマンのスターライト・キッド。そう、素顔を隠しているレスラーがぶっちぎりの人気、なのだ。

客観的なデータを出すと、7月にタワーレコード新宿店で開催されたスターダムのPOP UPストア(8月20日まで大阪・あべのHoop店、8月24日からは仙台パルコ店と全国のタワーレコードを巡回中)におけるポートレートの売り上げランキングでも、スターライト・キッドが堂々の1位に輝いている。たしかに覆面を被って、タワーレコードのエプロンを着用している写真は激レアだが、熱心なファンだけでなく、一般のお客さんの目にも触れるPOP UPストアでこういう結果を残した、ということはその人気がホンモノであることを示している。

普通、マスクマンやマスクウーマンというのは若手レスラーがステップアップのために「変身」することが多いのだが、スターライト・キッドはデビューしたときから覆面をつけていた。つまり、プロレスラーとして素顔で闘っていた時代が存在しない、というなかなか珍しいケースになる。


「最初は完全にやらされていた、かな。もともとマスクウーマンになりたい、という願望もなかったし、マスクウーマンになれと言われたからなっただけで、そんなにこだわりもなかった」

まだローティーンだった彼女は、リングの上で「正体不明」で「匿名希望」の存在となった。プロレスラーでなければ、まずできない体験ではあり、天才少女として早くから注目を集めることとなったが、やがて大きな壁にぶち当たることとなる。

「小さいころからマスクウーマンをやってきたから、どうしても子供っぽいイメージが抜けない。やっとハイスピードのチャンピオンになったと思ったら、今度はハイスピード“だけ”の存在という評価になってしまった」

よく子役でブレイクした役者が、そのイメージから脱却するのに苦労する、という話を聞くが、まさにそのパターン。ローティーンでデビューしてしまったから、いつまでもその年齢のまま、イメージが固定してしまう。マスクからは年齢は伝わってこないからだ。ある程度、年齢がいったときは大きな武器になるかもしれないが、少女から大人へと成長していく過程の素顔を見せることができなかったのは、かなりのマイナスとなってしまった。

「だから意識して肉体改造に取り組んだ。男子の場合、ヘビー級とジュニアヘビー級がハッキリと分かれているけど、女子は基本的に無差別級。だから、体の小さい私が当たり前のようにトップに立てる世界のはずなのに、団体の象徴である赤いベルト(ワールド・オブ・スターダム王座)や白いベルト(ワンダー・オブ・スターダム王座)には、男子でいうヘビー級の印象があるから、なかなか手が届かない。小さいから無理だ、と思われていたら腹が立つでしょ? だったら、自分で自分を変えよう、と。


高校を卒業してからですよね、肉体改造の効果が出てきたのは。ちょうど体質が変わるタイミングだったんだと思う。まぁ、食べる量もすごく増えたんだけど(笑)、筋トレを本格的にはじめて、デビューしたときよりも10キロ以上、増量している。『プロレス総選挙』でオカダ選手の横に並んだときに、ファンの方から『えっ、あんなに小さいかったの⁈』と驚かれて。それって、試合のときにはそんなに小さく見えないってことだから、嬉しかったな。体が大きくなれば、技にも説得力がでるし、やっぱり小さい選手がデカいヤツからベルトをとったほうがプロレスって面白いでしょ? 周りの見方を変えるためにも肉体改造は必要だった」

肉体的には変貌を遂げつつあったが、それだけでは壁を乗り越えることはできなかった。だが、思わぬ契機がやってくる。昨年6月、敗者がユニットを強制移籍させられる、という特殊ルールの試合で敗れたキッドは、スターダム唯一のヒール(悪役)ユニット『大江戸隊』に移籍。ファンは愕然とし、それまで所属していた正規軍(『STARS』)のメンバーは「必ずキッドを奪還する!」と燃えた。誰もがヒール転向は一時的なもので、すぐにベビーフェイスとして復活するものだと思っていた。

「自分も最初はそう考えていたけど、いままでとは180度違うヒールを経験したことで、だんだん気持ちは変わっていった。あれっ、これはチャンスなんじゃないの、と。
こういう形でユニットを移籍するなんて、本当に特別なことだし、こんなチャンスを手放すプロレスラーなんているのか?って。

だから岩谷麻優が私を取り戻しにきたとき、ベビーフェイスに戻るのを断った。ベビーフェイスのときは欲がなかったっていうか、岩谷麻優の存在が大きすぎて、変な話、岩谷を超えたらいけないんじゃないか、とすら思っていた。

それが大江戸隊に入ったタイミングで、リーダーの(刀羅)ナツコがケガで長期欠場となったとき『えっ、じゃあ、誰が大江戸隊を纏めるんだ?』と考えて『あれっ、自分しかないんじゃない?』と。それで意識がイッキに変わった。年齢的にも10代から20代になる時期だったし、いろんな考え方が変わったのかも」

一応、マスクウーマンは正体不明が建前ではあるが、彼女はみずから「年齢不詳の新成人」というキャッチフレーズを掲げて、20歳になったことを暗喩。晴れ着姿のグッズまで売り出される、という異例の事態に発展した。

「いままでは表現できなかった妖艶さをアピールできるようになったのもヒールに転向したからこそ。あのときの(ベビーフェイスに戻らない、という)選択は間違いじゃなかった、と実感している」

ヒール=悪役というと、女子プロレスの世界では先人たちがあまりにも偉大すぎて、いまだにダンプ松本やブル中野といった「昭和の悪役」のイメージが一般層には根強く残ってしまっているが、さすがにこの時代、凶器で相手を血だるまにする、みたいな所業はなかなかできない。令和のヒールは美しくてカッコよく、そして、ちょっとばかりズル賢い。あの手この手でタイトルマッチを決めて、気がついたら腰にベルトを巻いている。事実、スターライト・キッドも大江戸隊に移籍してから、すでに3本ものチャンピオンベルトを獲得しているのだ。


「大江戸隊の試合を見れば、いまの時代のヒールがわかる。(鹿島)沙希なんて美人で細いし、(渡辺)桃は実力派。(ペイントレスラーの)フキゲンです★は、もはや別次元の存在だし、琉悪夏や吏南はまだ10代だからね。欠場中の(刀羅)ナツコは昔ながらのヒール像を受け継いでいる部分があるけど『いまはこういうヒールもいるのか!』とわかってもらえると思うので、ぜひ会場に足を運んでほしい。週末には必ず日本のどこかで試合をやっているから、まずはその目で見てほしい。

まぁ、大江戸隊ではそれぞれのキャラクターや役割があるけど、私はダークヒーロー的な存在かな。ときには暴走もするけれど、頭の良さも見せつける、みたいな。本当に生で見ないとわからない部分もあるから、見に来てほしいな」(後編へ続く)

【後編はこちら】“SNSで素顔を晒す覆面レスラー”スターライト・キッド「私が女子プロレス、そして時代を変えたい」
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