【写真】『超一流の会話力』を出版した渡部建
「自粛期間に入って仕事が何もなくなったとき、知り合いから『ちょっと企業で講演会をやってみませんか?』と誘われたんですよ。『講演会? 何をしゃべればいいんですか?』と聞いてみたところ、『やっぱりコミュニケーションのことがいいんじゃないですか?』とオファーをいただきましてね。それで下調べとして本屋に行ったら、ビジネス書のコーナーに結構な割合でコミュニケーションに関する書籍が並んでいたんです。驚きましたね。『世の中の人って、そんなにこの問題で悩んでいるんだ』って」
とりあえず片っ端から目を通してみたものの、率直に感じたのは「難しすぎる」ということだったという。トークのプロである渡部もレベルが高いと感じたくらいだから、実際にコミュニケーションで悩んでいる人が読んだところで簡単には実践できないかもしれない。
「それともうひとつ気になったのは、すべて“話し手目線”なんですよ。プレゼン力、雑談力、ユーモア術……。聞き手の立場に立った本が一冊もないんです。
コミュ力アップのために、無理してトーク力を鍛える必要はない。これは本の中でも一貫している渡部の主張である。企業の講演会でも、こうした渡部独自のコミュニケーション哲学を積極的に展開していった。
「いくらトーク能力が高くても、目の前の商品が売れなかったら意味ないんですよ。それよりは口下手でプレゼンが稚拙でも『よし、お前はいい奴だから買ってやるよ』と言われるほうが会社員としては優秀。つまりコミュニケーションのゴールって、人から好かれることにあるんですね。
だから、みなさんも難しいトーク術なんて覚えなくてもいいです。本を読んだところで、プロでもできないようなことばかり書いてあるんですから。それよりも人に好かれるために相手の話をいっぱい聞いてください。
さすがの説得力である。渡部の講演会は評判となり、噂を聞きつけた出版社から「その内容を本にしませんか?」とオファーが届いた。そこで冒頭の問題になるのである。「いやいやいや……。お話はありがたいのですが、僕がどれだけ世間から叩かれているかご存知ですよね?」と固辞する渡部に対して、「そこをなんとか!」と出版社サイドも食い下がったという。交渉は平行線をたどったものの、最終的には「これを読んで救われる方も少なからずいるはずです」という担当編集者の主張が通った格好だった。
「もちろん『渡部の顔なんて不快だから見たくもない』という方が依然として多いのは重々承知しております。僕自身、この本でイメージ回復して復活を図るなんて、そんな大それたことは考えておりません。ただ会社とか学校の人間関係で悩んでいる方の手助けになるかもしれないので、なんとか出版させてください……というのが本音なんです」
本人も認めるように、渡部のパブリックイメージは落ちたままなのかもしれない。自業自得とはいえ、本を出すことで再び過去をほじくり返され嘲笑される可能性もある。
「世間の人たちも自粛期間に入ってから僕が何をやっているのかなんて知らなかったと思うんですよ。せいぜい『コミュニケーションに関する講演会? どうせ渡部のことだから女を騙すテクニックでも教えているんだろう』くらいの認識だったと思います。そういう意味では、はからずもこの本が今の僕の名刺代わりになっている部分はあるかもしれません。繰り返しになりますが、今回の出版に踏み切ったのは『これは世の中のためになる本だから』という力強い言葉のおかげです。今の僕は自分ができることをひとつずつ実直にこなしていくしかないんです」
書籍『超一流の会話力』を手に取るのは、会話力に自信がない人が多いはずだ。しかし渡部によると、「自分は口下手だ」「人見知りだ」と考えている人は登山でいうと8合目あたりまで来ている状態。そこで渡部のメソッドを身につければ、簡単に頂上まで着くらしい。それよりもむしろ問題なのは「私はしゃべりがうまい」「俺、面白いぜ」と考えているようなタイプで、本当はそういう人こそ、この本を繰り返し読むべきなのだという。
「でも、そういった自信家タイプは『こんな本、俺には関係ない』と思いがちなんですよね(苦笑)。『口下手な部下のために買ってやるか』とか考えているかもしれないけど、本当は『あなたこそ読む必要があるのに…』という話なんです。『あなたは自分が人気者だと考えているみたいだけど、意外にそうじゃない可能性が高いですよ』って丁寧に教えてあげたいくらいです(笑)」
もし会社にこうした勘違い社員がいたら、机の上にポンとさりげなく本を置いておくのも手かもしれない。
「芸能界にはトークの達人が大勢います。僕も以前はそういう人たちに囲まれていましたが、彼らはめちゃくちゃ簡単なメソッドを使っているんですよ。そのことは声を大にして言いたいんです。超一流の人たちがやっている超一流の会話力というのは、実は誰でも真似できます。才能もセンスも努力もスキルも一切必要ありません。そんな簡単なものなのだから、ぜひ全員で真似しましょうというのがこの本の趣旨です。読んだみなさんの生活が少しでも上向きになれば、僕もうれしいですね」
一度つまづいたことで、現在の渡部の言葉にはより深みが加わったような印象がある。今までありそうでなかった“聞く”ことに力点を置いたコミュニケーション指南書。会話に自信がない人もある人も一読してみてほしい。
【後編はこちら】会話術本を出版・渡部建に聞くトークのコツ「女性からの相談は感情に寄り添うだけでいい」