【前編はこちら】田中稔と府川唯未の娘がプロレスデビュー「ダメな試合をしたら、父と母まで悪く言われる」
【写真】元・プロレスラー田中稔と府川唯未の娘、田中きずな白熱のデビュー戦【7点】
デビュー戦のリングで堂々たる動きを見せた田中きずな。しかし、対戦相手の炎華も負けてはいない。こちらもデビュー戦とは思えぬマット捌きでしっかりと主導権を握っていく。
防戦一方の田中きずなは逆エビ地獄で苦しめられる。なんとかロープに逃げたい。手を伸ばしたロープの先には、客席で観戦している母・府川唯未の姿が……母と娘が一直線上に並ぶ名シーン! ただ、田中きずなはそこに母がいたことをまったく気づいていなかった。さすがにそこまでの余裕はなかったようだ。
客席からじーっと見つめていた府川唯未は「ずっと攻められていましたけど、心が折れていないのはわかったので」と、ここは母心よりも元プロレスラーの目で冷静に分析。
その分析は間違っていなかった。ほんの一瞬の隙をついて田中きずなはサブミッションで反撃。この流れ、完全に両親へのリスペクトが込められているではないか!親の代から応援している観客からは、待ってました!とばかりに大きな声援が飛んだ。脳内のタイムマシーンは令和のリアルと平成の思い出を行ったりきたりで脳汁ダダ漏れである。
そして残酷な現実。
試合時間が5分を過ぎると、ピタッと田中きずなの動きに切れがなくなる。明らかにスタミナ切れだ。自宅でのトレーニングでは父・田中稔が「プロレスはとにかくスタミナが大事だからな!」と口を酸っぱくして指導してきたというが、こればっかりはすぐにどうなるものでもない。気がつけば炎華の流麗なテクニックの前に田中きずなは3カウントを聞いていた。
バッグステージに戻ってくるや否や、田中きずなは泣き崩れた。床に突っ伏しての大号泣。インタビュースペースに移動すると気丈にコメントを出していたが、記者陣がいなくなると、また泣き出した。
どこかで見た光景……あぁ、そうか、若手時代の府川唯未もこうやって会場の片隅でよく泣いていたっけ。なんだか不思議な感覚だ。
5分後、同じ場所を通ると田中きずなはまだ泣いていた。
本当に家では緊張していなかったのかを尋ねると「緊張してました! デビュー戦が決まってから毎日、ずーっと緊張しっぱなしで。でも、それを表に出すと親が心配すると思って、家では緊張していないフリをしていました(笑)」
いちばん心が休まるはずの自宅で、そんな健気なことをしてきたとは……親も知らなかった娘の気遣い。それを母親に伝えると「あの子がそんなことを言ってたんですか!」と目を丸くした。
いまはまだ「田中稔の娘」「府川唯未の娘」という見られ方が多くなってしまうが、いつの日か田中稔とも府川唯未ともまったく違うプロレスラーになって、平成を知らない若いファンたちから「田中きずなって、お父さんもお母さんもプロレスラーだったらしいよ」と言われるような存在になってもらいたい。それこそがプロレスラーとして最強の親孝行になる。
そんな親子の物語に、同期・炎華とのライバルストーリーも彼女のプロレス人生を彩っていくことになる。同日デビューという事実ばかりは、あとになってから獲得しようとしても絶対に不可能。この時点でもう恵まれているわけだし、悔し涙で始まったことも、のちのちドラマになる。
何分が経っただろうか、ようやく涙を拭った田中きずなはこう言った。
「あのテーマ曲はデビュー戦限定ってさっき言いましたけど、いつになるかわからないけれども、私がタイトルに挑戦する日がやってきたら、もう1回、あの曲で入場してみたいなって思います」
悔し涙を流しながらも、何年か先のことを見据え、キリッとした表情を浮かべた田中きずな。そんなことを聞かされたら、そこまで追いかけたくなってしまうな……。
「どうでしたか?」
帰り際、不安そうな表情で府川唯未が聞いてきた。
「間違いなくいえるのは、お母さんのデビュー戦を娘さんは軽々と超えたね」と答えると府川唯未は「そんなの超えてもらわなくちゃ困ります!」と言って笑った。プロレスならではの運命の連鎖が、30年の時を経て、いま、幕を開けた。