映画コメンテーターの有村昆が、読者からのお悩みにあわせて、オススメ映画を紹介するシリーズ企画「映画お悩み処方箋」がスタート!第1回目の今回は、ブラック企業で働く47歳男性からのお悩みが到着。八方塞がりな状況を前向きに導く、処方箋のような作品をご紹介します。
アリコンがレコメンドした意外な2作とは…?

【関連写真】『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』場面写真

▽相談
ブラック気味の会社で働いています。毎日朝から深夜まで働かなければならず、健康診断に行く暇もありません。土日は疲れ果てて寝てしまい、無駄に過ごしています。まわりからは「適当にサボったら?」と言われるのですが、性格的にそんな器用に振る舞えません。バレて怒られるのも怖いです。もちろん会社を辞めたい気持ちはありますが、現在50歳手前で、今から正社員として再就職できるのか…。
また、日々忙しすぎて転職のことなんて、まともに考えられません。辞めたらいいのはわかっていますが、何十年と同じ会社に勤めてきたので、新しい環境に踏み出すのが怖いという気持ちもあります。どうしたらいいでしょうか。(47歳・男性・会社員)

これはいわゆる「茹でガエル」状態ですね。ずっと同じ会社の中にいて、同じような仕事をしていて、身動きが取れなくなっているのではないでしょうか。カエルが入ってる水を少しずつ温めていっても気づかず、いつのまにか茹で上がってしまうというやつですね。


この相談者の方のように、同じ会社にずっといると、そこがおかしい環境なのかどうかも気づかないことってあると思うんです。

そんな行き詰まった状況をストレートに描いた映画が、2009年に公開された『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』という作品です。

これは元々はネット掲示板の「2ちゃんねる」の書き込みから派生した書籍が原作で、監督は『キサラギ』や、最近では『名も無き世界のエンドロール』を撮った佐藤祐市さんで、主演は小池徹平さん。

高校中退のニート男性が、小さなIT会社に就職したらブラック会社で、サービス残業や徹夜が当たり前の世界だった。「お前やっとけよ」みたいな仕事の押しつけも多いし、モラハラも横行している。でも、彼にとってみたら、この会社を辞めたら、もう2度と再就職ができないという恐怖があるわけです。
それを考えると、他の社員が帰っても寝ないで仕事をしてしまう。

この作品は実際の声を元にしているだけあって、かなりリアルな事例が描かれているんですよね。

それを、この相談者さんが観たら「自分もこうなんだ」と客観視できる。映画を観るということには、そういう効果もあると思うんですよ。

ブラック企業に限らず、ハラスメントとかDVの問題も、それが日常茶飯事になってしまうと慣れてしまって、判断がバグってしまう。カエルで例えれば、まずはいまの温度をちゃんと感じるということが大事なんですね。


そしてもう1本は、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』をお出しします。今年度のアカデミー賞で作品賞を含む7部門を受賞するという快挙を成し遂げた作品です。

ストーリーは映画を観ていただくのが一番なんですが、ミシェル・ヨーが演じる、コインランドリーを経営するエブリンという女性が主人公。来る日も来る日もタチの悪い客を相手にしていて、生活に疲れきっている。ある意味、ブラック企業のようなもので、 儲からないけど、終わらない作業をずっとやっているよう。さらに娘や家族との問題も抱えている。
そんなどうにもならない日常に、この作品では「多次元宇宙」、いわゆるマルチバースという概念が入ってくるんです。

自分がコインランドリーを経営していない世界では、歌手になっていたかもしれない。カンフーマスターかもしれないし、手がソーセージみたいになっていたかもしれない。

そんな多様なパラレルワールドを巡ってどんどんすごい展開になっていくんですが、重要なことは、“いまここにいる自分とは違う宇宙が存在している”という考え方ですよね。

今回のお悩みの方にあてはめれば、ブラック会社に勤めてない自分がいたら、こんな人生だったかもしれないと考えてみるのは発想の転換の1つとしていいんじゃないでしょうか。

ただ、一歩踏み出すというのは簡単なことではないです。


映画のなかでも、違う次元に行くには、指と指の間を紙で切るとか、お尻にスゴいものをいれるとか、かなりとんでもない行動をしなくちゃいけない。それで、別の世界に行けたとしても、いつでも戻れるわけじゃないんですよね。

僕もね、ある時点から違うユニバースに行ってしまったな、と思ってるんですけど(笑)、それはそれで受け入れているし、ここからさらに枝別れして、違う世界に行くかもしれない。

起きたことは良くないことなんですけど、今というのはどこかで自分がしてしまった選択の結果であるわけですから、それを受け止めるしかないんです。

相談者さんも47歳で、実際に会社を辞めるとなれば、再雇用が難しいという現実がある。だからこそ、その一歩が踏み出せないというのもよくわかります。だったら、やめないで、会社のなかでちょっとした改革をするだけでもいいんですよ。社内やいまの人間関係をマルチバース化してみたらいかがでしょうか。

マルチバースという概念で大事なのは、ぜんぜん違う世界なのに、何処かで繋がっているということですよね。

こっちの世界で何かを起こすと、違う世界の自分に影響がある。これを多次元宇宙だと思うとSF的になってしまいますが、過去の自分といまの自分を考えれば同じことなんです。マルチバースや、多次元宇宙について少し噛み砕いて説明をいたします。

例えばいつもいく昼食ランチの定食を変えてみる、お店を変えてみる、コンビニで買ういつもドリンクを変えるだけでも、新たなマルチバースの分岐点となり、違う発見や気づきになります。

こういう小さな刺激や発見をすることにより、新たな自分を見つけることができるのではないでしょうか。

いま何かを変えれば、違う環境、違う常識、違う自分になれる。一歩踏み出すことが、この方にとっていいのか悪いのかはわからないけれども、少なくとも今の生活から抜け出すというのはそういうことだと思います。

僕が言うのもなんですが、倒れる時も前向きにというか、何も行動をしなくてダメになった時の後悔のほうが大きいと思うんで、違うユニバースにいる自分を想像してみてください。

▽お悩み募集中!
有村昆さんに映画を処方してもらいたい方は、お悩みと年齢、職業、性別を明記して以下のアドレスにお送り下さい。採用された場合、当企画で取り上げさせていただきます。
entame@shoten.tokuma.com

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