映画『シン・仮面ライダー』の公開によって、同シリーズの歴史に改めて注目が集まっている。そんな中で出版された『「仮面」に魅せられた男たち』(著・牧村康正/講談社)は、1971年より放送された1作目の『仮面ライダー』誕生の舞台裏に迫ったノンフィクション。
度肝を抜くようなエピソードのオンパレードで、熱心な特撮ファンのみならず、幅広い層から賞賛の声が上がっている。

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著者の牧村氏は、熱心な『仮面ライダー』ファンというわけではない。だが、過剰な思い入れがないからこそ、鋭く対象に切り込めた側面もある。牧村氏に異色の特撮本を出版するに至った経緯と取材中の話を聞いた。

「直接のきっかけとしては、以前、『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気』(講談社)という本の企画を提案してくれた山田哲久さんからの声掛けですね。彼自身が(『仮面ライダー』を制作した)東映・生田スタジオに所属していたものだから、当時いたスタッフ数名から話を聞くことができるというんですよね。生田スタジオというのは熱心なマニア以外にはさほど知られていなかったけど、調べると興味深い話がゴロゴロ転がっている。もちろん『シン・仮面ライダー』の公開も頭にはあったし、それ以上に『何かやれるかもしれない』という感触が最初から大きかったですね」

生田スタジオは、東映社内の労働運動の余波を受け作られた鬼っ子的な撮影所である。そこには指を詰めた元ヤクザ、刺青を彫り込んだ元自衛官、前科者、使い込みがバレて逃亡中のノミ屋など生粋のアウトローも多数集結。虐げられてきた者特有の執念や情念が作品の中でパワーとして昇華し、子供向け番組としてはダークな作風が形成されていった。

「生田が行き場のない映画関係者の溜まり場になっていたのは、相当に東映の企業風土が影響していると思います。スタッフたちの物騒な話が次々と表に出てくるということは、当時の東映も隠す気がなかったということだし、彼らを排除していなかった証拠。
普通に受け入れられていたんです。もし仮に東宝や松竹が『仮面ライダー』を手掛けていたら、絶対ああいったスタイルにはならなかったでしょう。少なくても殺陣集団・大野剣友会が見せた暴力的で安全性を度外視したアクションは生まれなかったと思います」

こうした曲者揃いの集団を初代所長として実質管理していたのが、映画監督・内田吐夢の息子でもある内田有作だった。すでに本人は故人となっているが、関係者に取材を重ねる中で「人たらし的な人物であったことは間違いない」と牧村氏も確信するに至ったという。

「内田さんの立場というのは、すごく貧乏なプロ野球チームの監督と一緒ですよ。彼が独自に集めた人材も一部はいたけれど、結局は与えられた戦力で戦うしかないわけでね。それに内田さんは球場まで自分で作らなきゃならなかった。ましてや『仮面ライダー』撮影開始のタイミングも目前に迫っていたから、その状況でどうやって陣頭指揮を執るのかという話。彼の根本にあったのは『とにかくこいつらを食わせなくてはいけない』という発想でしょう。『クオリティが高い映像』とか『後世に残る作品作り』なんてことを考えるよりもはるか以前のレベルで足掻いていたんだと思う」

それにしても同書の切り口はあまりにも特殊だ。『仮面ライダー』関連書籍やファンムックは数多く世に出ているが、ここまで制作陣の泥臭い人間関係や生々しいビジネス利権にフォーカスを当てたアプローチは皆無だった。大野剣友会での壮絶な内部抗争、千葉真一が内田有作にビンタを喰らった交渉劇、そして経費使い込みと裏金の疑惑──。


「そこは本を制作するうえで当たり前の話。まずは類書でやっていないことに挑むという決意が大前提としてありますから。なにもこれは特撮に限った話ではなくて、テーマがヤクザ組織だろうが同じこと。自分としては暴露本を作った意識は一切ないけど、誰か特定の人物や事柄について真実を描こうと考えたら、綺麗事だけでは済まないのは当然だと思います」

こうした牧村氏のジャーナリスト精神は、同書の中でも首尾一貫している。特撮やアニメだからファンタジーを守るなどという発想はハナから存在しないのだ。

「それに加えて大きいのは、この本は東映が公認したものではないということ。だから本の中ではキャラクターも使えないわけだけど、初めからそれでも構わないと思っていた。東映の許可の元で作ると、東映に都合の悪いことは書けなくなる。そうすると、どうしたって同じような作りにならざるをえないんです。今回の本では有り難いことに、ディープなマニアの方からも『この話は初めて知った』といった反響が寄せられました。おそらくそれは『今まで関係者から話は出ていたけど、東映のチェックで削られた』あるいは『気を遣って書けなかった』という要素もあるはずです」

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▽『「仮面」に魅せられた男たち』
著:牧村康正/講談社刊
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