東京国際映画祭の「Nippon Cinema Now」で先行上映された『市子』が12月8日から一般の劇場でも公開中。日本社会にある闇の部分でしか生きられなかった女性の壮絶な人生の物語を、演技派女優・杉咲花が全力で体現したのが『市子』という作品だ。


【写真】壮絶な人生を生きた女性を杉咲花が体現『市子』場面写真

人には知られたくない過去が大なり小なりあったりするものだが、極端な話として、あなたの知っているその人は、本当にその名前なのだろうか……。

いつも聞かされている両親や友人の話が本当なのかなんて、表面上の付き合いだけでは、いくらでカモフラージュできてしまうし、会話上で他人になりすますことなど、実は簡単なことだ。

戸籍を売るというビジネスや身分を偽って仕事ができてしまう闇社会が存在している。部屋を借りるにしても保証人を立てなくても借りられてしまう物件も実際にある。良くも悪くも何とか生きることができるのが、この日本という国だ。

しかし、どうしてもそうはいかない事態というのがある。
それは役所に書面を提出しなければならないような場合だ。当然ながら身分を偽ったままでは書面が出せないため、結婚もできず、その後、子どもを出産した場合は、子どもも無籍となってしまう。

社会の闇をくぐり抜けて生きていくということは、子どもにも、その子どもにも……同じものを背負わせてしまう。そういった闇のサイクルから抜け出すのは簡単なことではない。この日本には、あなたの目の前に存在していても、国民としては存在してしない人間がいるかもしれないということなのだ。

さて、タイトルにもなっている杉咲花演じる”市子”という人物はどうなのだろうか。


冒頭では市子が突然疾走した理由がわからないが、恋人の義則が市子を探すために両親や過去の交友関係、アルバイト先などを探っていくことで断片的ではあるが、次第に明らかになっていく市子という人間像。しかし、それも全てが本当なのかわからない。他人の視点を通して観て、聞いたことでしかないからだ。

所々のピースは埋まっていくのに、いつまでも完成できないパズルのような市子という存在を追いかけ続けているような感覚にもなる。ミステリー要素というよりも悲しさや切なさが先行する。

本作は、市子が存在していないのではないかというイントロ部分は、予告などでも公開されているが、本筋を言うことができない作品。
市子がどんな人生を歩んできたのか、市子は本当に存在していて、そして市子は本当に市子なのか、それは実際にあなたの目で確認してもらいたい。

ドライな演技で何か少し影のあるキャラクターを演じるのが得意な杉咲花。今年公開された作品でいうと『法廷遊戯』は、サイコパス匂を漂わせるヒロインを演じたていたのに対して、『大名倒産』の場合は、比較的明るいキャラクターであったが、その背景には、やはり影があった。

そんな杉咲花が”市子”を演じているからこそ、その場面、場面の市子の表情が本当に嬉しいのか、本当は悲しいのかがわからなくなってくる。もしくは両方の感情がぶつかり合ったような複雑な感情を表現しきれない表情で見せつけてくる。

つまり何が言いたいかというと、杉咲花にしか演じられないキャラクター。
杉咲花にとって、今作は間違いなく代表作となっただろう。

【ストーリー】
川辺市子(杉咲 花)は、3年間一緒に暮らしてきた恋人の長谷川義則(若葉竜也)からプロポーズを受けた翌日に、忽然と姿を消す。途方に暮れる長谷川の元に訪れたのは、市子を探しているという刑事・後藤(宇野祥平)。後藤は、長谷川の目の前に市子の写真を差し出し「この女性は誰なのでしょうか」と尋ねる。市子の行方を追って、昔の友人や幼馴染、高校時代の同級生...と、これまで彼女と関わりがあった人々から証言を得ていく長谷川は、かつての市子が違う名前を名乗っていたことを知る。そんな中、長谷川は市子が置いていったカバンの底から一枚の写真を発見し、その裏に書かれた住所を訪ねることに。
捜索を続けるうちに長谷川は、彼女が生きてきた壮絶な過去と真実を知ることになる。

【クレジット】
出演:杉咲花、若葉竜也、森永悠希、倉悠貴、中田青渚、石川瑠華、大浦千佳 渡辺大知、宇野祥平、中村ゆりほか
監督:戸田彬弘 原作:戯曲「川辺市子のために」(戸田彬弘)
脚本:上村奈帆 戸田彬弘 音楽:茂野雅道
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
(C)2023 映画「市子」製作委員会
公式サイト https://happinet-phantom.com/ichiko-movie/
12 月 8 日(金)テアトル新宿、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中

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