28歳の春、地下鉄のホームでパニック障害のような症状を発症させた“大木亜希子”は、ひょんなきっかけから見ず知らずの56歳のおっさん・ササポンと共同生活を始めることとなる。仕事も彼氏も貯蓄もない元アイドルは、ササポンとの奇妙な生活を通して、失った何かを取り戻していく……。「半分ノイローゼになりながら書いた」という著者の大木亜希子さんに話を聞いた。
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──まずは大木さんの歩みを簡単に説明していただけたらと思います。「元SDN48のメンバー」として知っている人が多いはずですが、それ以外も多岐に渡って活動されてきました。
大木 もともと私は15歳のときに女優としてデビューしたんです。いわゆるティーンアイドルですよね。大手事務所に所属していたものの、実力が追いつかずにもがき苦しむ日々でした。一応、バーターで連ドラに出たりもしたんです。でも、泣かず飛ばず。学校は日出高校の芸能コースで、周囲は華やかな世界に羽ばたいていく中、自分はどうしたものだろうと途方に暮れていました。
──久しぶりに一般人へ戻ったわけですね。
大木 そこでは芸能界とは別の苦労が待っていました。その頃の私はハイスペ男子とつき合いたいと考えていたんですよ。だけど、どうしても恋愛で失敗してしまう……。芸能のステージを降りたら、今度はひとりの一般女性としてキラキラしたいという思いがあったんですけど、結局、ここでも生き急ぐような性分は変わらなかった。そして疲弊していく毎日。それであるとき、コップから水が溢れるようにして自分の心が爆発してしまったんです。
──文字通り、どん底を味わったと。
大木 そこで、ひょんなことからササポンという56歳のおっさんと同居することになるんです。するとササポンの置きにいくような優しさに包まれ、どんどん自分の欲望とか執念が削ぎ落されていくのが実感できた。こうした一連のことを今だったら出せるかなと思って書いたのが、今回の本のベースになっています。
──もともとは「Dybe!」というWEB媒体で元記事が掲載されていましたが、このテーマにしたのは編集部側からのオファーではなかったんですか?
大木 いいえ、編集部の方からは「大木さんが今、興味を持っていることを、とりあえず書いてください」という大きな括りでご依頼をいただきました。でも逆に言うと、人生が詰んでいた状態の私にとって書けるテーマがこれしかなかったんですよ。
──記事がアップされると、すぐさまTwitterのトレンドランキングに入り、世間に波紋が広がりました。
大木 ここまで反響があるとは予想していなかったですね。
──書籍化にあたって苦労した点は?
大木 正直、今回は書きながら狂いそうになりました(笑)。実際、半分ノイローゼになっていたと思います。「ここまで自分のことを晒してもいいのか?」という葛藤がありましたし。だけどウェブで配信すると、「面白い」という声が挙がっていく。「こんな人生が詰んだような女でも期待してくれている人がいる。これはもうやり切るしかないな」と覚悟を決めました。
──たしかに自分自身のことだから、魂を削るような苦しみが伴いそうです。
大木 深夜に泣きながら祥伝社の担当(編集者)さんに連絡していました。「もう無理! 書くこともないですし……」って。というのもササポンとの毎日は日常すぎて、私からすると物語性が皆無なんですよ。ササポンとは恋愛感情も肉体関係もなく、淡々とバイトに向かうだけの毎日ですから。だけど担当の方は「いや、大木さんの話は面白いですよ。私が面白いと思うポイントを挙げていきます」と言って、箇条書きでダーッと整理してくれる。たとえば私が必死で企画書を書いていたら、ササポンが「この文字、フォントが小さいよ」と私の背後でつぶやいて、すっと去っていく感じとか。「上司みたいで面白いです」って担当の方は教えてくれるんです。
──ササポンはどんな方なんですか?
大木 電車の前に座っている普通のオジサンって感じです。コーヒーをズズズって飲みながらちょっとした意見をくれたり、私がグデグデ酔っ払いながら帰ってソファで寝ていると毛布をかけてくれたりもするけど、あとはもう極めて普通の生活。私は家賃も払っているし、生活費も別々に管理しているので、気を遣わなくていいのが楽なんです。
──本を読んで、元アイドルが普通の恋愛することの難しさもあるのでは、と感じたのですが。
大木 う~ん、そこは本当にケース・バイ・ケースだと思うんですよね。卒業して自然と恋愛されている方もたくさんいらっしゃるでしょうし。ただ一方でアイドル時代に恋愛を知らずに過ごし、丸裸の状態のまま社会に放り出された場合、最初のうちは自分が傷つくことも多々あると思います。だけど別れて傷つきながら成長するというのは、元アイドルに限らず普通に恋愛で通る道でしょうから。
──なぜ大木さんは会社員時代に満足な恋愛できなかったんでしょう。アイドル時代、恋愛禁止だったのは理解できるのですが。
大木 ちなみにSDN48は恋愛禁止じゃなかったんですけどね(笑)。会社員になってからも、出会い自体はむしろあったほうだと思うんですよ。「元アイドル」としてIT系の方とごはんに行ったりもしていましたし。業界関係者と仕事関係上のつき合いもありましたし、とにかく出会いの場はあった。でも、恋愛には発展しない。これはなぜかというと、本当の自分じゃないから話していても楽しくないんですよ。
──ハイスペックな男性というのは、具体的にはIT社長とかが究極目標になるわけですか?
大木 というか、根本にあるのは「自分のことをわかってくれる人は誰かな?」という気持ちなんですよ。「それがお金持ちだったら、なおのこといいな」とは思っていましたけど。自己啓発本を読むと、「恋愛においても、自分から動かないとモノにできない」みたいなことが書いてあるんですよね。だから私も自分からグイグイいくようにしていたんです。でも、そのときは結婚に焦っているから会話の内容もろくに頭に入ってこない。「この人の職業は?」「将来性は?」「年収はいくら?」みたいな表層的な部分ばかり考えていて、その人の内面は見ようともしていませんでした。それじゃ良縁に結びつかないのは当然ですよね。「自分のことをわかってほしい」というのは、結局、寂しかったんだと思う。
──大木さんの物語は、SNSでの反響も大きく、同年代の女性から共感を集めています。物語の中の大木さんのように恋愛で行き詰まってしまうのはなぜなんでしょう?
大木 まず女の子って向上心が強いと思うんです。そして悩んでいる女の子って、「自分ならもっとできる」と思うからこそ悩んでいるんです。特に様々なジャンルで活躍する人を見た後だと、「もっと自分は仕事ができるんじゃないか?」「もっと自分にはふさわしい男性がいるんじゃないか?」というふうに考えがちなんだと思います。
──年齢的なことに関してはいかがですか? たとえばこれが30歳直前ではなく20歳すぎだったら、もっと立ち直るのは早かったかもしれません。
大木 状況は違っていたでしょうね。結婚を焦るというのも含め、たしかに若い子には理解できない感覚かもしれない。あと、女性がこじらせたり行き詰ったりしがちなのは、SNSの存在も大きいと思うんです。SNSは良い面も沢山ありますが、一方で、自分と他人を比べたくなってしまうツールでもあると思います。友達がいいバッグを持ってる、素敵なところに旅行している、うらやましい恋愛している。最近だと「匂わせ」という言葉も流行っていますよね。恋人の手がチラッとだけ映り込んでいたりとか。そういうものがすべてダメージとして蓄積されていくんです。でも本来、他人と比べる必要なんてないんですよ。自分が旅行に行って楽しかったら、それって幸せじゃないですか。だけど他人の旅行の楽しそうな写真を見て、勝手に自分の幸せと比べてしまう。これは時代背景として避けられないのかもだけど、生きづらいですよね。
──さて、11月30日にはいよいよ本が発売となります。どんな方に読んでもらいたいですか?
大木 「なんでそんなに生き急いでいるの?」って言われることが私は結構あるんです。だけど必死で生きているからこそ人生が詰んだわけだし、恋も仕事もベストな状態にカスタマイズしていきたいという気持ちがあるんですよね。今はササポンというオアシスを見つけて、なんとか気楽に生活できていますけども。もし今、恋や仕事に疲れている人がいたら、興味本位でもいいからこの本を手に取っていただきたいんです。「もうダメだ……」と思っても、もっとダメな私がいることで心が軽くなってほしい。私の場合は元アイドルということで特殊なケースに見られがちですけど、女性が悩むポイントは普遍的だと思うんですよ。
──SDN48は違いましたが、アイドルは恋愛禁止を前提としているケースが多いです。元アイドルが一般に戻り恋愛の大海原に飛び込むにあたって、先輩としてアドバイスはありますか?
大木 ……そこに関しては何も言えないですね、私は。自分自身が苦労を重ねてきたというのもあるし、女の子はみんな傷つきながら幸せを掴むものだから。恋愛で幸せになる方法なんて学校では教えてくれないし、ましてやアイドルの運営が教えてくれるはずもない。もし変な男に騙されたとしても、それをバネにして幸せを掴めばいいわけですし。何もない丸裸になった状態から人生を前に進めるサンプルとして、この本を読んでいただければとは思います。

▽「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」
著者:大木亜希子
発売日:11月30日
発行:祥伝社