今でこそ当たり前に受け止められているが、ハロプロ研修生から生まれる新ユニットの名前が「こぶしファクトリー」だと発表された際は「こぶし? こぶしって……」とあまりのインパクトに困惑の声も上がった。だが、こうした世間の声をメンバーは力づくで黙らせる。2015年3月にインディーズから『念には念/サバイバー』を発表すると、9月には早くもメジャーデビュー盤となる『ドスコイ!ケンキョにダイタン/ラーメン大好き小泉さんの唄/念には念(念入りVer.)』をドロップ。瞬く間にシーンのど真ん中に躍り出た。
完全実力主義のハロプロ所属だけあって、新人離れしたこぶしファクトリーのライブは当初から評価が高かった。ドスの効いたボーカル、コミカルな振付、生き急ぐように前のめりなアティテュードが混然一体となったステージングはオリジナリティも抜群。ハロコンはもちろんのこと、TIFをはじめとしたアイドルフェスや対バン系イベントにも積極的に参加し、各方面に爪痕を残していく。15年9月からはグループ初の単独ライブツアーを10都市17公演で開催。威風堂々とした歌とダンスで全国に熱狂の渦を巻き起こす。さらには年末に日本レコード大賞で最優秀新人賞をも受賞した。
翌16年になってもグループの勢いは加速するばかりだった。
だが、好事魔多しとはよく言ったもの。この頃から少しずつグループの雲行きが怪しくなっていく。
メンバーの急な離脱が続き、もうここまでか……。誰もがそう考えたに違いない。このグループ最大の危機に対して井上玲音は「当時はスケジュールがすごくタイトで、考え込む暇もなかった。それが結果的にはよかったと思う」と述懐。一方、リーダーの広瀬彩海は「こぶしのわちゃわちゃ感や個性バラバラなところは辞めた3人のキャラによるところが大きかった。それゆえ残された5人としては、新しいカラーを早急に作る必要に迫られた」と冷静に戦力分析していた。
果たして新体制となった最初のシングル『これからだ!/明日テンキになあれ』は宣戦布告ともとれる決意表明ナンバーに。特に『これからだ!』の《後悔乗り越えて ゼロからだ!》《何度でも これからだ!》という厳しい現状を受け止めながらも突破していこうとするメッセージ性は出色であり、ピンチをチャンスに無理矢理にでも変えていこうとする5人の覚悟にファンは惜しみない拍手を送った。
それと同時に広瀬言うところの“新しいカラー”としてアカペラにもメンバーは挑戦。リードボーカルとしてメンバーを牽引する浜浦彩乃やクールにラップをキメる和田桜子など、さらに進化した表現をアピールした。この高レベルなアカペラは動画でも拡散されることになり、ハロプロメンバーの歌唱スキルが高いことの例としてしばしば取り上げられるようになる。この頃になると野村みな美のボーカル力も目覚ましい急伸ぶりを見せており、いよいよ死角のない戦闘集団として完成の域に達しつつあった。
しかし皮肉なもので、5人が目指した到達点はグループの終着点でもあったようだ。慎重に話し合いを進めたメンバーは、最終的に解散という道を決断。20年3月30日の公演をもって、自らその活動に幕を下ろすことになった。解散後、5人はそれぞれの道に進むことを発表済み。広瀬は音楽大学に進みながらの芸能活動を模索。野村、浜浦も個人で芸能活動を展開していく予定だという。
これまで様々な景色を私たちに見せてくれたこぶしファクトリー。先輩たちから可愛がられ、同業アイドルからリスペクトされ、なにより「こぶし組」と呼ばれるファンから愛され続けてきた。ハロコンで彼女たちの姿を見ることがなくなっても、楽曲が放つ唯一無二の輝きは決して消えることがないだろう。
辛夷の花のように優美でありながら、辛夷という名前の由来でもある握りこぶしに象徴される「力強さ」を兼ね備えたグループ──。コンセプト通りの生き様を体現したメンバーは、5年以上に渡る全力疾走を終え、新たな伝説となっていく。
(文/小野田衛)