「絶対にアイドルになりたい」その夢を叶えるため、もがき、苦しみ、肉体と精神の限界を超えた少女たちの壮絶な一週間に肉薄したドキュメンタリー……監督を務めた岩淵弘樹氏とエリザベス宮地氏に撮影の裏側と、オーディションを通して感じたWACKの凄みについて聞いた。
【写真】肉体と精神の限界を超える少女たち…映画『らいか ろりん すとん』場面カット
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――エリザベス宮地監督からWACKの映像作品に関わるようになったきっかけを教えてください。
宮地 WACKができる前ですが、2014年の旧BiS解散ライブのときに、カンパニー松尾さんたちが『劇場版BiSキャノンボール2014』(以下、『BiSキャノ』)という映画を撮ったんですけど、そのメイキングに呼んでいただいただいたんです。BiSのメンバーはカンパニー松尾さんを始め、他の監督さんが一人ずつ付いていましたが、僕は渡辺淳之介さん担当でした。
――渡辺さんの印象はいかがでしたか。
宮地 噂レベルで“超破天荒”と聞いていたんですけど、そういうヤバさは一切感じなかったです。BiSの解散前日というのもあって、おそらく渡辺さんは寝てなかったと思うんですけど、ずーっと仕事をしている姿を撮っていましたね。その後、2016年のBiS合宿オーディションのときに、『BiSキャノ』チームを騙すようなドキュメンタリーを監督として撮ることになって。結果的に、その企画自体は上手くいかなかったんですけど、副産物的に生まれたSiSというグループのドキュメンタリー『WHO KiLLED IDOL ? –SiS消滅の詩–』で監督をしたのが、WACKになってから初めてのお仕事です。
――『BiSキャノ』に関わる前から、旧BiSのことは知っていたんですか?
宮地 ずっとインディーズバンドのPVを撮っていたんですけど、「ヤバいアイドルがいる」という旧BiSの噂は聞いていました。アイドルという枠にとらわれないライブで、知り合いのバンドマンがやるようなライブハウスにも出ていたので、ずっと気にはなっていました。
――岩淵弘樹監督がWACKの映像作品に関わるようになったきっかけは?
岩淵 2016年のBiSの合宿オーディションにカメラマンとして呼ばれたのが最初なんですけど、その前から渡辺さんとは交流があって飲みに行ったりしていました。翌年のWACKオーディション合宿にもカメラマンとして参加させていただいて、「WACK合同オーディション2018」から監督として映画を作らせていただいています。
――現場での渡辺さんの印象はいかがでしたか?
岩淵 すごく記憶に残っているのは、ライブ前の第2期BiSの子たちが楽屋で準備をしていて、僕は外で待機して立ち話をしていたんです。そしたら楽屋の中にいた渡辺さんに「岩淵さん今だよ!」と言われて、パッと見たら、ライブ前で緊張して泣いている子がいたんです。ハッキリ言葉にして指示するわけではないんですけど、遠慮せずにガンガン撮ってくれという意図は伝わってきました。
宮地 僕はは2018年に、AKB48の世界選抜総選挙でカメラを回していたんですけど、撮っていい場所は限られていて、そのときにWACKってなんて自由なんだと思いました。
岩淵 ドキュメンタリーを撮る上で、遠慮だったり、ここまでしか撮っちゃダメだったりという制限があると、良いモノが撮れないということを渡辺さん自身が分かっているんですよね。そこを監督側でブレーキをかけないでくれと。直接口にするわけではないですけど、いつも態度で示されています。
――オーディション合宿でカメラを回すうえで、どういうことを意識していますか?
岩淵 そのときに、その子が、なぜ泣いているのか。それを、カメラを回すことによって言語化させることが重要で、それは普通に回していても出てこないんですよね。こちら側からアクションを起こすというか、たとえば脱落者が発表された瞬間とか、そのときにしか言えない言葉をピッタリのタイミングで聞かなきゃいけないんです。
宮地 候補生たちは合宿のことで精いっぱいなので、大事なタイミングでカメラマン側から動かないと、あちらから前に出てくることはないんです。
岩淵 ただ回していても出てこないんだよね。
――今回の『らいか ろりん すとん』は、岩淵弘樹監督・エリザベス宮地監督・バクシーシ山下監督の共同監督になっていますが、どういう経緯があったのでしょうか?
岩淵 まず僕が渡辺さんから合宿のお話を伺いました。前々作の『世界でいちばん悲しいオーディション』は脱落者に焦点を当てて、前作の『IDOL -あゝ無情-』は解散する第2期BiSに焦点を当てて映画を作って。『IDOL -あゝ無情-』に関しては15,16人カメラマンを入れて、隅から隅まで撮って、素材量も500時間を超えたんです。限界ぐらいの素材量を編集したのもあって、これ以上、自分一人の想像力では新しいモノは作れないなと思ったんです。それで宮地君と山下さんに相談して、僕から3人で共同監督をしませんかと提案して、お二人に承諾していただきました。
――どうして山下監督に声をかけたんですか?
宮地 山下さんは『BiSキャノ』からカメラマンとしてずっと現場にいるんですよ。いつも客観的で、感情移入もしないので、冷静な判断をできる視点が欲しいなと思ったんですよね。僕は速攻で感情的になってしまいますからね(笑)。
――どのように現場では役割分担をしたのでしょうか。
岩淵 渡辺さんは合宿中に候補生と個人面談をされるんですけど、そのときの会話を山下さんがメモっているんです。
宮地 最初の3日間は、撮影してみないと分からない部分も多いですからね。あと今回の大きなルールとして渡辺さんには直接インタビューをしないというのを決めていました。
岩淵 前作も前々作も、渡辺さんにも密着をし、様々な状況でお話を聞いていました。そうすると渡辺さん中心のオーディション合宿という見え方になってしまうんですよね。それとは違う描き方をすれば、また違った切り口になると思ったんです。
――山下監督のメモにはどういうことが書かれているんですか?
岩淵 渡辺さんは、上手くいってる子には「このまま頑張れよ」と言うんですけど、上手くいってない子は自信がなかったり、歌やダンスが下手だったりとポイントが明確になってくるので、そこをメモしています。
――以前から山下監督はメモを取ってたんですか?
岩淵 取ってました。こういうインタビューでも、ライターさんは下調べをしないと何も聞けないですよね。それと同じで、山下さんも現場で情報を収集して、その子が話をしやすい話題だったり、テーマだったりをリサーチしながら進めるんです。山下さんの本職であるAVの世界も、女優さんの面接をして、性体験や性癖を聞いた上で撮影に臨みますしね。
宮地 フローチャートがあるんですか(笑)。
岩淵 たとえ現場で異常なことが起きていても、山下さんの頭の中のフローチャートでは想定の範囲内なんです(笑)。
宮地 それはすごいな。
――撮影現場でお互いを見て、どんなタイプの監督だと感じますか?
岩淵 宮地君は感情の沸点をとらえるのが上手です。『らいか ろりん すとん』ではチッチさんが感情を前に出す方だったので、そのタイミングを上手く掴んでいました。
宮地 問題なのは自分も感情的になっていることですけどね(笑)。それでも岩淵さんと山下さんの影響で年々コントロールはできるようになっているんですけど。岩淵さんは全体の構成が見えていて、インタビューのタイミングを逃さない。相手の気持ちを考えると、聞きにくい局面もあるので、なかなかできることじゃないんです。山下さんもそうですが、お二人は映画に必要なことを常に考えてらっしゃいますね。
――どのように今回の編集作業を進めたのでしょうか。
岩淵 最初は分業で、前半は僕、後半は宮地君が編集して繋ぎました。その時点では脱落者のインタビューがふんだんにあったので、それを軸に構成していって、メインとなる二人の物語に繋げていたんです。それを渡辺さんに見せたところ、映画としては二人の物語にまとめたほうが見やすいんじゃないかというご意見をいただいて、僕の作ったパートはほぼ消して、宮地君の作った後半のラインに合わせて改めて繋いでいきました。
――候補生との距離感はどのように意識していますか?
岩淵 去年、女性のカメラマンがいたんですけど、候補生に感情移入して、カメラを回せなくなっちゃったんです。「どうして渡辺さんは、こんな酷いことをするんですか?」ってなっちゃって。それぐらい感情を引っ張られる現場ですけど、カメラマンとしては同情とか分かった気になるのはご法度なんです。
宮地 そうなっちゃうと本当にカメラを回せなくなっちゃいますからね。僕も前は心を動かされていたんですけど、だんだん落ち着いて女の子の涙に慣れていきました。
岩淵 宮地君は対象に寄るよね。候補生のインタビューなんて超ドアップだったもん。
宮地 自然とカメラに自分の感情が出ちゃってるんですね(笑)。
岩淵 宮地君は、その子の表情を撮りたいって映像の欲望に忠実だけど、ちゃんと聞くべきことは聞いているからね。
宮地 友達になるのは良くないですね。
岩淵 目の前で苦労している候補生を見て、自分事のように錯覚するのはおかしいと思うんです。走っているわけでも、踊っているわけでもないのに、その子の気持ちになれるわけがないんですから。冷静に、映像で表現するのが僕らの仕事なので、そこは勘違いするなよと。
宮地 僕も間近で岩淵さんと山下さんを見てきたから、徐々にそういうスタンスになっていきましたけど、なかなかできないことですよ。
――オーディション合格者に共通するものはありますか?
岩淵 必死じゃないと出てこない言葉というのがあるんですよね。パッとインタビューを取りに行くと、涙を流していても、自分の感情をありのまま言葉にしてくれるんです。その感情にウソがないんですよね。そうやって殻を破れた子は残りますよね。
宮地 自分のことでいっぱいいっぱいな子が落ちている印象があって。残る人たちは、グループを組んでパフォーマンスをするにしても、自分をどう見せるかよりも、グループのパフォーマンスをどう見せるかに集中している気がします。そういう意味では、渡辺さんの求めていることを、ちゃんとできているんでしょうね。
岩淵 それを器用にやろうとする子もいて、そこは見透かされてしまいますよね。
宮地 本当に心からやっているかが大切なんですね。
岩淵 リーダーっぽく振舞う子もいるけど、渡辺さんはもちろんWACKさんのスタッフも含めて、ずっとグループを見てきたわけですから、プロの目はごまかせないです。
――最後の質問ですが、移り変わりの激しいアイドルシーンで、どうしてWACKは存在感を示し続けていると思いますか?
宮地 現状に胡坐をかいていないことだと思います。2020年に緊急事態宣言が発令されたときも、渡辺さんは今この時期に何ができるのか、この状況でどうすればライブができるのかをずっと考えていました。とにかく止まっちゃダメなんだと。僕が知っている限り、音楽業界でそういう人は少なかったんですよね。絶対に渡辺さんも落ち込んでいたと思うんですけど、全く諦めていないんです。
岩淵 初めて渡辺さんとお仕事をしたときはWACKも小さくて、がむしゃらにやっていましたけど、あの頃と比べて今も各グループ、ライブの熱量は変わらないですし、常に自分と向き合って前を見続けるという根っこの部分は変わってないんですよね。
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▽『らいか ろりん すとん-IDOL AUDiTiON-』
1月15日(金)よりテアトル新宿ほかにて全国順次公開
監督:岩淵弘樹 バクシーシ山下 エリザベス宮地
プロデューサー:渡辺淳之介
撮影:岩淵弘樹 バクシーシ山下 エリザベス宮地 白鳥勇輝
出演:BiSH BiS EMPiRE CARRY LOOSE 豆柴の大群 GO TO THE BEDS PARADISES WAgg オーディション候補生
配給:松竹 映画営業部ODS事業室/開発企画部映像企画開発室
2020年/82分/ヴィスタサイズ/2.0ch ステレオ/(C)WACK.INC
▽『らいか ろりん すとん-IDOL AUDiTiON-』公式サイト
http://rolin-ston-movie.com/