JR東日本の「Suica」といえば、交通系ICカードとして物理カードからモバイルアプリまで幅広く利用されており、その発行枚数は1億枚を超えていると言います。“10カード”と呼ばれる全国の鉄道で使える10種類の交通系ICカード同士で連携して各地で使えますし、コンビニエンスストアなどでの買い物にも使える、日本ではかなり普及したキャッシュレス決済手段です。


そんなSuicaですが、JR東日本は最近、鉄道内の広告などにおいて、今後Suicaが進化することを強くアピールしています。今回は、Suicaがどのように変化するのか、改めてまとめてみました。

○20年を超えるSuicaの歴史で最大の進化

JR東日本が「Suica Renaissance」を発表したのが2024年12月。そこでは今後10年間の中長期戦略としてSuicaの機能を順次アップグレードすることを明らかにしています。つまり、同社としてはSuicaを今後とも維持、強化していくということを示したわけです。

Suicaのサービス開始は2001年。電子マネーとしての利用は2004年から、モバイルSuicaは2006年からスタートしています。Suicaの歴史は20年を超えており、時代背景もあって、世界的に見ても先進的な取り組みでしたが、さすがに昨今は様々な課題が指摘されるようになっています。

同社ではその課題として「改札にタッチが必要なこと」、「電子マネーの上限金額が2万円であること」、「事前チャージが必要なこと」という3点を挙げています。これを解消するために、ウォークスルー改札の実現、2026年秋に予定しているモバイルSuicaへのコード決済の導入、銀行口座やクレジットカードへの紐付けの3点を計画。これらの機能を順次提供していくとしています。
○タッチ不要の改札の実現への取り組み

この一環として、上越新幹線で顔認証改札機の実証実験が行われます。
期間は2025年11月6日から2026年3月31日まで。設置されるのは上越新幹線の新潟駅・長岡駅で、この2駅間を利用する人が対象。一般の利用者を募っての実証実験で、新幹線定期券(Suica FREXかSuica FREXパル)を持つ中学生以上が対象となります。

新潟駅にはNEC製、長岡駅にはパナソニック製のそれぞれ異なるデザインの顔認証改札機を設置しているあたりも、いかにも実証実験という感じです。ちなみに、すでに関西圏ではJR西日本やOsaka Metroが顔認証改札の実験を行っており、関東でも山万ユーカリが丘線でサービスが提供されています。

このウォークスルー改札は、日本の鉄道事業者にとっては悲願とも言える仕組みでしょう。欧州では改札のない信用乗車の国もありますが、日本の鉄道の仕組みとしては信用乗車は難しく、すべての乗客を改札機でさばかなくてはなりません。

そのために、高速かつタッチだけで改札を通過できるSuicaが必要とされたわけです。今後タッチすら不要になれば、改札をさらに快適に通過できるようになりそうです。

タッチ不要な技術は他にも開発が進められており、例えば広帯域の無線通信規格であるUWBを使って通信を行って決済を行うというものがあります。この場合、UWB対応機器(通常はスマートフォン)が改札を通過する際に、正確な距離と方向を検出して端末を特定して徴収する、という形になります。カバンなどからカードや端末を取り出さずにウォークスルーで通過できる点は同じです。


これらは技術的にはまだ開発途上ですが、注目を集めている技術ではあります。JR東日本でもこういった仕組みを検討はしているでしょうが、まずは早期に対応できる顔認証を選んだということかもしれません。Suica Renaissanceでは「改札機がない駅での『位置情報等を活用した改札』の実現」という表現がありますが、これは「駅間が離れている地方の無人駅」などで位置情報で駅にいることが分かればその駅で降車したことにする……といったあたりでしょうか。UWBの送受信機を1つおけば、より確実に降車の確認ができそうです。

○センターサーバーへの移行で利便性を向上

電子マネーの上限金額や事前チャージといった課題に関しては、センターサーバーに残高を管理する仕組みへ移行。現在はカードやスマートフォン内に保管している残高情報がサーバーに保存されるようになるため、上限金額も増やせますし、チャージ手段の幅も広がります。

予定としては、まず2026年秋にモバイルSuicaアプリにQRコード決済機能を追加します。他サービスの例でいうと、楽天が「楽天Edy」という電子マネーに加えて「楽天キャッシュ」というクラウドに保管する電子マネー機能を追加し、楽天ペイアプリに統合しています。それぞれの残高が別扱いになっているため、当初はSuicaでもそのような形になるかもしれません。センターサーバー化が実現すれば端末内の残高を移行して統合することになるでしょう。

さて、こうしたSuicaの進化は、「物理メディアを必要としない」という点がポイントです。要は乗降客に対して、乗降駅を認識して運賃を確定して改札を通すという一連の反応速度が基準を満たせば、FeliCaである必要はないわけです。
そのための顔認証であり、QRコードであり、センターサーバーです。

最近は、各種カードのタッチ決済乗車が普及し、クレジットカードやデビットカードなどで多くの鉄道に乗車できるようになってきています。これも乗降時にネットワーク経由で運賃を確定していますが、「即時引き落とし」をしなくても済むというメリットがあります。センターサーバーに残高があり、銀行口座やクレジットカードが紐付けられているなら、Suicaでも同じことができます。

このあたりは、金融事業としてビューカード/JRE BANK/JRE POINTといった存在も重要ですし、高輪ゲートウェイシティのようなまちづくりとの連携も見逃せません。いずれにしても、メディアに依存しないSuicaになることは、様々なサービスの進化に繋がりそうです。

○一足飛びにウォークスルー改札へ向かうのがJR東日本の戦略?

ところで、最近のカードのタッチ決済乗車は、Suicaにも引けを取らない速度で反応しており、Suicaと同じ速度で改札を通過できます。ただ、「カードをタッチして改札機から音が鳴る」までにタイムラグがあって、それがSuicaより遅いと感じさせてしまいます(実際は音を無視して早足で通過できます)。人間心理として、このままだとSuicaのように通過することはできず、混雑駅では改札で滞留が発生するでしょう。

カードのタッチ決済乗車をJR東日本が導入するには、このあたりも課題となっていそうです。また、国際ブランドのネットワークと接続する必要があるため、このあたりをJR東日本がどう判断するかという点もあります。Suica Renaissanceの考え方からすると、サーバーにあるSuicaの残高を国際ブランドの加盟店で支払うといったサービスは可能ではありそうです。


関東圏でもタッチ決済乗車が広まってきているので、相互直通の多い関東圏では、このままでは「JR東日本を経由する場合のみタッチ決済が使えない」という事態になりかねません。このためJR東日本の動向が注目されていますが、今のところJR東日本はカードのタッチ決済乗車を飛び越えてウォークスルー改札へと向かっているように見えます。

前述のウォークスルー改札では、NEC製の改札機は既存の改札機に顔認証改札機を被せる構造になっており、ここにNFCのカードリーダーを設置すれば、クレジットカードなどにも対応できそうです。2028年のセンターサーバー対応Suicaアプリの登場の頃にJR東日本がどのような判断を下すのか注目したいところです。

小山安博 こやまやすひろ マイナビニュースの編集者からライターに転身。無節操な興味に従ってデジカメ、ケータイ、コンピュータセキュリティなどといったジャンルをつまみ食い。最近は決済に関する取材に力を入れる。軽くて小さいものにむやみに愛情を感じるタイプ。デジカメ、PC、スマートフォン……たいてい何か新しいものを欲しがっている。 この著者の記事一覧はこちら
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