5月16日、J3リーグで山下良美審判員が「Jリーグ初の女性主審」として笛を吹いたことが話題に上がった。来季は「Jリーグ初の女性監督」誕生の可能性がある。

ミラグロス・マルティネス・ドミンゲス。愛称「ミラ」と呼ばれるスペイン人の彼女は「女性監督」として取り上げられるが、それ以上に未だ36歳にして豊富な指導経験を持つ「現代型若手監督」だ。

現在、ミラ監督が就任3年目の指揮を執る鈴鹿ポイントゲッターズは、2019年に日本のアマチュアサッカー最高峰リーグであるJFL(日本フットボールリーグ)へ昇格してきたクラブ。初のJFLを戦うタイミングで招聘されたのが彼女だ。なお、日本の男子サッカーの全国リーグで指揮を執る女性監督は史上初である。(取材・文:新垣 博之)

Jリーグ初の女性監督への道。イニエスタと同郷、鈴鹿のミラが通る!【前編】

指導哲学「同じことを繰り返すのではなく、考える事が大切

2019年の就任初年度にコーチとして彼女を支えた岡山一成監督(現VONDS市原は、その1年を振り返り「ラ・リーガの1シーズンをベンチで過ごしたような体験」と語る。彼女の指導には、師匠筋であり親友でもあるファン・カルロス氏(イニエスタ・メソドロジーテクニカルダイレクター)と共通する哲学がある。

Estos han sido los juegos pre partido que más os han gustado este 2020@SuzukaPG

試合前に良くやったみんなが好きな遊び #juegos #futbol #football #japanfootball pic.twitter.com/cIuZz8OPtr

— Milagros Martínez D. (@milamartinezdo) December 14, 2020

「UEFAプロライセンスは2017年、私が31歳の時に取得しました。スペインではこのライセンスを取るのに4年ほどの期間がかかるので、取得している人の中では私は若い方に入ると思います。

ファン・カルロス氏と同じく、練習は選手たちが毎日同じことの繰り返しになるのではいけないと考えています。指導する選手の年代が若ければ若いほど『今日はどんな練習をするのかな?』と、選手たちがワクワクするような気持ちになれるようにトレーニングメニューを作っています。

例えば、一般社会でも会社に着いて毎日同じパソコンをつけてやることが決まっているような状況。毎日やることが決まってしまっていたら、考えることが止まってしまいます。

サッカーで重要な先を読むこともできなくなるかもしれません。単純に、毎日同じ練習だと、つまらなく感じるかもしれません。

だから私は、次にどんな練習をするのかを選手に悟られないようにしていますし、同じ練習を何度も繰り返すようなこともしません。

それが結果的に試合の中でも活きると考えています。サッカーの試合では同じ場面が2度来るようなことは、ほぼありません。相手がどう出てくるのかをピッチの中で考えて分からなければいけない。相手の裏を取るにはどう動き、どう仕掛ければいいのか?を考えなければいけませんから」

Jリーグ初の女性監督への道。イニエスタと同郷、鈴鹿のミラが通る!【前編】

戦術「どんなシチュエーションでも相手をコントロールする

ミラ監督が指揮した1年目は序盤からスペイン流の軽快なスワークが冴え、鈴鹿は初めてのJFLの舞台で好調なスタートを切った。中盤戦は相手の対策に苦しんだが、ロングボールを上手く使い分けて攻守を整備し、ラスト10試合を5勝3分2敗と見事に復調。初めてのJFLで12位と残留を勝ち取る。また、エースFWエフライン・リンタロウがリーグ得点王とベストイレブンを獲得した。

コロナ禍の影響でシーズンの半分の日程消化となった2年目はスタートで躓き、初勝利は5戦目に。そこから9試合で6勝を挙げて一気に上位へ躍進。ラスト2試合を未勝利で終えたものの、最終的には5位でフィニッシュした。

この間、ミラ監督は欧州最先端の戦術も部分的に取り入れて来た。サイドバックが内側に入って中盤でボールを動かし、相手のカウンター対策にもなる「ファルソ・ラテラル」(偽SB)の要素などだ。現在は自陣で緻密にビルドアップを図って相手陣内にスペースを作り、中長距離のフィードからダイナミックなカウンターを仕掛ける。そう、J1の大分トリニータが披露する“疑似カウンター”が観られる。

Jリーグ初の女性監督への道。イニエスタと同郷、鈴鹿のミラが通る!【前編】

「私たちのチームには確かにそういった戦術的な特徴はあります。ただ、私はどんなシチュエーションでも自分達がコントロールしているような状況でいることを目指しています。

例えば、現在のチームが取り組んでいるものでも『前からボールを奪ってショートカウンターで得点を獲れている』のは、『相手のビルドアップをしっかりと狙いを持ってプレスが仕掛けられている』からです。『長いボールを使う』のは、『自分達がビルドアップから相手のプレスをおびき出して相手の背後にスペースを作れている』からです。

相手に対して、攻撃面から見ても守備面から見ても、自分達がコントロールしているのが理想ですね」

―そういったサッカーをするにはどのような割合でトレーニングを組んでいくのですか?

「平均的なやり方だと、試合で出たエラーを修正して自分たちのパフォーマンスを向上させていくことが60%、相手チームの対策についての攻撃の仕掛け方や守備のやりかたに20%、さらにセットプレーで20%という具合です。

相手の対策も大事なのですが、分析とは違った状況が出てくる可能性も多いですし、ピッチに出て変えられることは何か?と考えた時、まずは自分たちのパフォーマンスを改善することができます。だから、まずはエラーを修正して自分達のパフォーマンスを向上していくことがベースとして大切にしていることですね」

Jリーグ初の女性監督への道。イニエスタと同郷、鈴鹿のミラが通る!【前編】

―今年のチームを語るうえでは昨年まで主将を務めたMF藤田浩平選手(現Cento Cuore HARIMA)が退団しました。彼の穴は影響があるのでは?

「彼は人間的にも素晴らしいので寂しさもあります。

そして、彼は理解力が高い選手です。私が来た1年目から私がやりたいサッカーをピッチ上ですぐに実践し、周りにもそれを伝えてくれました。“もう1人の自分”という認識で捉えているほどに、私にとって特別な選手です。もちろん、彼の役割を埋めてくれている選手もいるんですが、その穴を埋めるのはもう少し時間がかかるとは考えています」

―ただ、ボランチの位置では海口彦太選手はドリブルで持ち上がったり、フィニッシュに絡むプレー。新加入の西村仁志選手は展開力や長短のパスセンスも光ります。去年までとは違った形は上手くいきそうですか?

「西村もそうなんですが、新加入選手も多いので彼等の持ち味をどう活かして組み合わせていくのかを考えています。今年の序盤はMF和田篤紀も怪我で離脱していたので、彼のいない状態のサッカーも作っていかないといけない状況でもありました。ただ、相手チームの特徴に対して適した選手を見つけて試合に挑んでいくということを毎週やっていますね」

―それで言うと、ミラ監督はサポーターがビックリするほど本当に大胆に先発メンバーを入れ替えますよね?試合の結果に関わらずGKでさえも入れ替えがあります。

「私のやり方としては訪れる試合に合った最適な11人を選ぶようにしています。例えば空中戦の競り合いが多く予想される試合では、空中戦に強い選手や前線でターゲットになれる選手を使いますし、前線からプレスをかけてくる相手と対戦する時には背後のスペースをつけるスピードがある選手を起用しています。

ただ、私は就任して3年目なので、多少のシステム変更や多くの先発メンバーの入れ替えがあったとしてもチーム力は変わりません。全選手についてそれが言えますし、そこには自信を持っていますね」

Jリーグ初の女性監督への道。イニエスタと同郷、鈴鹿のミラが通る!【前編】

J3昇格の可能性「プレッシャーはあるが、1試合1試合を大切に!

2020年シーズンまでの鈴鹿は本拠地となるスタジアムの収容人数などがJリーグの規程に達しておらず、ライセンスが付与されなかった。つまり、鈴鹿は昇格の可能性がない状態で戦っていたのだ。

しかし、クラブは昨年10月「鈴鹿青少年の森」に、三重県と鈴鹿市の協力のもとで新スタジアムを建設することを発表。今年2月にはJリーグに昇格に必要な「Jリーグ百年構想クラブ」の承認を受けた。これにより、今季のJFLで4位以内且つ「Jリーグ百年構想クラブ」認定クラブの中で2位以内に入れば、来季J3昇格の可能性が出てきた。

2014年にJ3が創設されて以降、JFLからJ3へ昇格したチームは6チーム。平均3年でJ3へ昇格している。昨季5位、JFL3年目を迎えている今季もここまで暫定5位の鈴鹿には期待がかかる。(下記表を参照)

Jリーグ初の女性監督への道。イニエスタと同郷、鈴鹿のミラが通る!【前編】

「J3への昇格に伴うプレッシャーは感じています。クラブもピッチ内外で様々な手を尽くして準備をしてくれています。だからこそ、チームとして結果を出さなければいけない。

ただ、同時に昇格という目標の高さも分かっています。なぜなら、いわきFCやFC大阪を始めとした昇格を争うクラブはもちろん、何年も挑戦し続けているクラブもある現実がその難しさを物語っていると思います。

だから、私は選手たちにはいつも『先を見過ぎないで1試合1試合に集中してしっかりと勝っていくことが重要』と話しています。

昇格かどうかを本気で考えるのはラスト10試合くらいになった時に初めて意識するものだと考えています。現状はまず『パルティード・ア・パルティード』(※)ですね」

※パルティード・ア・パルティード:1試合1試合を大事に戦うという意味(直訳は試合から試合へ)。アトレティコ・マドリードの名将ディエゴ・シメオネ監督の指導哲学。

Jリーグ初の女性監督への道。イニエスタと同郷、鈴鹿のミラが通る!【前編】

天皇杯でイニエスタとの再会を楽しみに

鈴鹿は5月9日「三重県サッカー選手権大会」で優勝し、5月22日より開催される「天皇杯 JFA 第101回全日本サッカー選手権大会」に出場する。

5月23日に迎える初戦の相手は、同じJFLに所属するFC刈谷。今季JFLでは8戦8敗の最下位と苦しんでいる刈谷だが、鈴鹿とは東海リーグ時代からのライバルで激しい戦いが予想される。

刈谷戦で勝利すれば、6月16日開催予定の2回戦で待ち受けるのは、J1のヴィッセル神戸。ミラ監督にとっては、同郷の1歳先輩である元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタとの“再会”が待っている。

イニエスタはバルセロナの下部組織出身でマシア(寮の名前)育ちとして有名だが、地元出身ではない。12歳でバルセロナの下部組織へ入団するまでは首都マドリードに近いカスティーリャ・ラ・マンチャ州アルバセテにあるアルバセテ・バロンピエというクラブに所属していた。当時のイニエスタを指導していたのが、前述したミラ監督の師匠筋であり、親友でもあるファン・カルロス氏である。大阪に開校した『イニエスタ・メソドロジー』というスクールの校長でもある。

ミラ監督がイニエスタ選手と同席いたしました^_^

スペインのメディア(マルカ)の取材がありました^_^#鈴鹿アンリミテッド #jfl #コミュサカ #誰もいない場所へ行け https://t.co/6BrGSHf6e1

— 鈴鹿ポイントゲッターズ (@SuzukaPG) May 9, 2019

そのアルバセテの女子チームでプレーし、後に女子チームの監督や下部組織の指導者、スタッフを務めていたのがミラ監督だった。

来日当初はその縁もあってスペイン大手紙『マルカ』での対談も実現。現在、イニエスタはアルバセテの主要株主となって故郷のクラブを支えている。

「ヴィッセル神戸のことは、今は小さな夢のひとつとして楽しみにしています。私はもちろん選手たちにとっても、ヴィッセルのノエビアスタジアム神戸で試合ができることは忘れることのできない、かけがえのない経験になると思います。

ヴィッセルと戦えること自体が素晴らしいことなのですが、アンドレス・イニエスタというスペインの歴史上でも最高と言っても過言ではない選手と公式戦で戦えることは凄いことです。

アンドレスとは対談して以降は会っていないのですが、ヴィッセルと対戦することが決まった時に初めて彼に『対戦するのを楽しみにしてるよ』と連絡しようと考えています。そのためにも天皇杯初戦の刈谷戦のために良い準備をして挑みます」

以上、ここまで【前編】では鈴鹿のチームや戦いぶりについて伺いました。

【後編】ではミラ監督が「日本に来て最も違いを感じた」という怪我についての考え方やコンディション管理、日本国内外の女子サッカーについて伺います。お楽しみに!

ミラ監督プロフィール

ミラグロス・マルティネス・ドミンゲス:1985年4月23日生(36歳)スペインのカスティーリャ=ラ・マンチャ州出身。現役時代は主にスペイン女子2部でDFとしてプレー。2007年から指導者に転身しアルバセテ・バロンピエの女子チーム監督や下部組織のコーチ、スタッフを歴任。2018年夏からアトレティコ・トメロッソ(スペイン)女子チームを率い、2019年1月に鈴鹿の監督に就任。UEFAプロライセンス(日本のS級相当)を保有。

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