東京2020オリンピック(東京五輪)開幕2日前の7月21日、サッカー競技がスタートした。先陣を切った女子日本代表なでしこジャパンは、ロンドン五輪とリオデジャネイロ五輪で2大会連続の銅メダルを獲得している強豪カナダと対戦し、1-1で引き分けた。

FIFAランキング10位の日本は従来のシステム[4-4-2]で試合に入ったが、同8位の格上カナダは38歳のクリスティーヌ・シンクレアがフリーに動けるようトップに固定した選手を置かない[4-2-4-0]のような流動的なシステムを採用。これに日本は戸惑い、後手を踏んだことで立ち上がりから劣勢に陥った。

試合開始早々6分、カナダの前線の選手たちの複雑な動き出しの組み合わせに対応できず、日本は左サイドにポッカリとスペースを空けてしまう。このスペースへのパスで完全にカナダの選手に抜け出されてゴールライン際まで突破を許し、左センターバックに入っていた南萌華も釣りだされた。そして、手薄になった中央へフリーで入って来たシンクレアがシュート。1度はポストに当たるもリバウンドを難しい角度ながら冷静に流し込まれ、カナダに先制を許した。

ボールを持つことをコンセプトにしながらボール保持率が30%台で手も足も出ない日本は、10番を背負うエースFW岩渕真奈を左サイドMFの位置に下げ、司令塔役のMF長谷川唯をトップ下にした[4-2-3-1]へシフト。この修正により、攻守両面でバランスが整い徐々に陣地を回復させた。

一方、先制したカナダは日本のシステム変更に対し、17番のMFジェシー・フレミングがトリプルボランチで構える[4-3-1-2]の布陣を採り、岩渕サイドを警戒。これで日本の攻撃は全く機能せず、前半はアタッキングエリアで相手の脅威となる動きは見せられなかった。

東京五輪なでしこ、起死回生ゴールでドローの初戦分析。エース岩渕を助けられるのは田中美南だ!

エース岩渕をチーム戦術に埋没させる日本

それにしても、この23歳にして代表通算80試合出場を越えるMFフレミングが曲者だった。試合開始当初はシンクレアと並んだり右サイドに張って幅を作ったりと、前線4人の1角を担って日本の守備陣を掻きまわしながら、守備でも日本のエースを封じた。岩渕のボールタッチが著しく減ったのは、間違いなくこのフレミングの攻守に渡る活躍が光ったからだろう。

先制点を挙げたシンクレアは、この日で代表通算300試合目の出場となった女子サッカー界のレジェンドだ。しかし、さすがに38歳となったシンクレアの運動量には限りがある。それでも、男女通じて世界最高の187得点目を決めている彼女の、経験に裏打ちされたポジショニングや年齢を重ねても落ちない技術は健在だった。

そして、シンクレアの得点力や経験値を活かすために、運動量が豊富で戦術理解度が高いフレミングらが「シンクレア親衛隊」のようになって彼女をカバーする。[4-3-1-2]の[1]であるシンクレアも守備を免除されているわけではなく、しっかりと要所でタイトな守備から日本の攻撃を寸断するボール奪取を見せた。

一方、日本は84分にエース岩渕が起死回生の同点ゴールを決めてドローに持ち込んだ。長谷川が前掛かりになっていたカナダDFラインの裏に巧みに落としたロングパスに、岩渕が走り込んだシンプルな形のゴールだった。丁寧にインサイドで巻くようにゴールに流し込んだ美技は、岩渕にしかできないであろう「ゴラッソ」だった。

アシストが付いた長谷川や攻守に的確なプレー判断ができる右SB清水梨紗、数的同数や不利の危険な場面でボール奪取を幾度も成功させたMF三浦成美など、この試合で高いパフォーマンスを見せた選手もいるが、日本が得点の可能性を感じさせるのは岩渕がゴールに近い位置にいる時に限られる。

しかし、日本は攻撃が岩渕頼りであるにも関わらず、その岩渕が攻守のバランスを整備するためにチーム戦術の犠牲になる時間を長く過ごした。「シンクレア親衛隊」がいてシンクレア自身も攻守にその個人能力を有効活用していたカナダと、エースがチーム戦術に埋没する日本。個人を組織としても活かす術がカナダにはあったが、日本にはなかった。

東京五輪なでしこ、起死回生ゴールでドローの初戦分析。エース岩渕を助けられるのは田中美南だ!

岩渕の負担を消せるのは、変貌を遂げた田中美南だけだ!

このカナダとの戦術の差にして、それでも試合を1-1のドローで終えらるほど、岩渕の存在は大きい。そして同試合終盤になって岩渕が攻撃面で仕掛ける場面が出てきたのは、後半から投入されたFW田中美南の存在が大きかった。田中は出場早々に鋭い動き出しでPKも獲得した。

田中は日本国内の女子サッカートップリーグ「なでしこリーグ1部」において、2016年から4年連続で得点女王を獲得。2018年と2019年にはMVPにも輝いている。しかし、2年前に開催された「FIFA女子W杯フランス大会」のメンバー23人からは外れていた。理由は明白で、得点以外の部分での貢献度が低かったからだ。

しかし、現在の田中は違う。5連覇中だった絶対女王である日テレ・東京ヴェルディ・ベレーザから、2020年に当時の岩渕が所属していたINAC神戸レオネッサへ移籍。代表定着のために、代表のエースである岩渕との連携を高め、ホットラインを確立したのだ。

岩渕が2020年限りでINAC神戸からイングランドのアストン・ビラへ移籍すると、田中も日本初の女子プロリーグ「WEリーグ」創設までのシーズン移行期間を活かし、今年2月からドイツのレバークーゼンへとレンタル移籍。その効果は東京五輪直前の豪州との強化試合でもはっきりと出ていた。

9月に開幕予定のWEリーグへの移行期によって、所属クラブでの実戦を半年以上経験していない国内組とは比較できないほどコンディションが良い田中。

体格の大きな選手と競り合っても164cmの小さな体はブレず、敏捷性の優れた短いスプリントで球際の競り合いを制した。前線や中盤、サイドと数的不利な局面でも体を張ってボールをキープ。最前線では相手DFラインとつば競り合いの駆け引きをして、2列目にスペースと時間を提供する汚れ役までこなせる万能型FWに変貌を遂げた。

カナダ戦では自ら獲得したPKで、負傷した相手GKの熱演に屈したが、岩渕頼りな攻撃に終始するなでしこジャパンにおいて、エースを助けられるのは田中だけである。

東京五輪なでしこ、起死回生ゴールでドローの初戦分析。エース岩渕を助けられるのは田中美南だ!

チリに完勝の強豪イギリスを相手にどうする?

7月24日のグループステージ第2節で対戦するイギリス代表は、22名中の19名をFIFAランキング6位のイングランドの選手が占める。“ほぼ”イングランド代表となり、なでしこが初戦を戦ったカナダよりもワンランク上の強豪である。

イギリスは大会初戦のチリ戦で、FWニキータ・パリスやMFジル・スコットのような主力を先発から外し、メンバーも試合のテンポも落としながらも、2019年W杯得点女王FWエレン・ホワイトの2得点で2-0と完勝。昨年のFIFA年間最優秀選手である右SBのルーシー・ブロンズは、相変わらずサイドバックながらフィニッシュに絡み、1アシストを含めて同2得点に絡んだ。役者はハイパフォーマンスを見せながら日本戦を睨んでいる。

ブロンズと対面する日本の左サイドは、カナダ相手には手も足も出せなかった。左SB北村菜々美と、左CB南の連携が悪く、サポートに入るべき左サイドMF長谷川はその位置にはいなかった。もっとも、長谷川がDFライン近くで守っていても全くチームの利益にはならず、それは長谷川ではなく“長谷”という違う名前の選手になっているかのようだった。

それをエース岩渕が補完して事なきを得たのだが、果たしてイギリス相手にも日本はエースをチーム戦術の中で埋没させてしまうのか?

それも策の1つだが、消耗した岩渕の初戦後の表情を見るからには、あまりにももったいないような気がする。岩渕が中盤で攻守のバランスを整備するなら、せめて前線で相手と戦ってくれる田中の存在はやはり必要不可欠である。

五輪初戦は、絶対女王である強豪アメリカがスウェーデンに0-3の大敗を喫するなど、不安定な出だしを見せた国はある。しかも今大会はグループステージ参加全12カ国中の8カ国が決勝トーナメントに進出できるレギュレーションである。しかし日本がメダル獲得を目指すのならば、毎試合勝つところから準備を始めてもらいたいものだ!

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