アジア制覇を目標に掲げ、元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタを筆頭に豪華なメンバーを揃えたヴィッセル神戸。2019年度の「天皇杯JFA第99回全日本サッカー選手権大会」を制し、2020年はAFCチャンピオンズリーグ(ACL)初出場で見事にベスト4に進出。
そんな神戸では今年7月、J1得点ランキングトップの15ゴールを挙げていた日本代表FW古橋亨梧がスコットランドの強豪セルティックに移籍。しかし、8月にイングランド1部のニューカッスル・ユナイテッドから元日本代表で2018年のロシアW杯メンバーだった武藤嘉紀、ドイツ2部のヴェルダー・ブレーメンから現日本代表の絶対的エースである大迫勇也、バルセロナなどで活躍してきた元スペイン代表のボージャン・クルキッチと3日連続で代表クラスのFW獲得を発表し「半端ない大型補強」と話題を集めている。
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この大型新加入の3選手は、ボージャン(B)大迫(O)武藤(M)の頭文字をとって“BOMB”(爆弾)に因んだ“BOM”トリオと呼ばれる。8月22日には3選手の入団会見が東京都内で行われ、新型コロナウイルス感染症の影響による入国からの隔離期間が必要なため、大迫とボージャンはオンラインで出席。一方、一足早く隔離が解かれた武藤は前日のJ1第25節の鹿島アントラーズ戦で神戸デビューを飾った。

神戸の補強ポイントに最もマッチする武藤
J1第25節鹿島戦では、神戸は足下でのプレーが多く消化不良な前半45分間を過ごした。しかし、後半開始から「ヨッチ」こと武藤嘉紀がピッチに立つと、いきなりイニエスタから相手DFラインの裏へ走る武藤に鋭いチャンスボールが供給された。オフサイドの判定だったが、シンプルながら確実にチームに足りなかったピースが埋まったような迫力ある攻撃だった。
後半34分には神戸が速攻気味に。自陣から左サイドのスペースに流れた武藤へ的確なロングパスが放たれる。ボールを受けた武藤は味方の攻め上がりを待ってタメを作り、右足アウトフロントキックでGKとDFの間へ意表をついた速いクロスを蹴り込む。
いきなり決勝点をアシストした武藤だが、直近の3シーズンはニューカッスルとエイバルで合計2ゴールしか奪えず。活躍が計算できる大迫と比較されると期待値は低そうだ。ただ、合流3日で急遽試合に出場したにも関わらず、武藤のスピードやフィジカルは現在のJリーグでも抜けているレベルにあることを示した。身体のキレは現状でも十分だが、今後はチームメイトとの連携向上と共にコンディションはさらに上がって来るだろう。
鹿島戦では今やイニエスタ以上にチームに欠かせない存在となっているスペイン人MFセルジ・サンペールが出場停止だったにも関わらず、イニエスタや山口のいるMF陣は攻守において構成力が高く、強豪相手にも十分に好機を作っていた。その自慢のMF陣から、相手の裏やスペースへ繰り出されるパスを引き出すアタッカーがこれまでのチームには欠けていた。そう考えると、新加入した3人の実力派FWの中でチームの補強ポイントに最もマッチしているのは武藤である。

武藤の欧州での実績は大迫より格上
日本代表としての実績で29試合で3得点の武藤は、49試合で23得点を挙げている大迫には叶わない。しかし、武藤は2015年に移籍したドイツ1部のマインツで3年間プレーし、66試合で20得点。大迫は2014年の夏からプレーしたケルンとブレーメンでの7年間でドイツ1部通算181試合に出場して26得点に止まっている(2部では1860ミュンヘンとブレーメンで通算17試合6得点)。
マインツでは入れ替わりとなった前代エースの岡崎慎司ほどではないものの、欧州での実績では武藤の方が格上である。
ドイツへ移籍する前の武藤は1年半ほどで23得点を挙げた。得点力が上がってきてFWへとコンバートされたが、もともとはサイドハーフやウイングとして馬力のあるドリブル突破からのシュートやハードワーク、当たり負けしないフィジカル能力の高さで注目を集めた。マインツでは1トップや2トップの1角など最前線での起用に固定されたため、ドリブルなどは削ぎ落とし、ゴール前に特化したようなFWとして勝負していた。ドイツ移籍後はサイドや中盤で起用されることの多い大迫とは全く異なる環境だった。

メッシ型の宇佐美、ロナウド型の武藤
武藤は点取り屋というよりは得点力の高いチャンスメイカーだった。だからこそ、FC東京時代(2013-2015)はガンバ大阪所属で同じ1992年生まれの宇佐美貴史と頻繁に比較された。
繊細なボールタッチやテクニカルなドリブル突破が魅力の宇佐美はアルゼンチン代表のリオネル・メッシ型、フィジカルが強くてアスリート能力が高い武藤はポルトガル代表のクリスティアーノ・ロナウド型と表現すれば分かり易い。年齢とポジションが同じながらキャリアやプレースタイルは正反対だが、2人ともシュート力に関しては大迫以上にパンチ力がある。
名門G大阪の下部組織から2年飛び級でトップチーム昇格を果たした宇佐美は、眩いばかりの光を放つ「プラチナ世代」と呼ばれた世代別代表のエース。19歳にしてドイツの絶対王者バイエルン・ミュンヘンに引き抜かれるほどだった。一方、武藤はFC東京の下部組織出身ながら「プロでやっていく自信がなかった」と、トップチーム昇格を断って慶應義塾大学に進学してからプロ入りを果たした遅咲き。年代別代表の経験もなく、年齢以外でプラチナ世代と呼ばれるような縁はなかった。
それでも、武藤は近年Jリーグでも即戦力を輩出する関東大学リーグでフィジカル面を鍛え上げ、大学3年生にして古巣FC東京の特別指定選手としてJリーグデビュー。4年生となった2014年には正式にチームに加入し、33試合13得点を挙げた。日本代表にも召集され、宇佐美よりも早く代表デビューも果たす逆転現象が起きた。風貌や「慶應ボーイ」の肩書から来るのかもしれないが、武藤には「優等生」のイメージがつく。しかし、サッカー界では絶対的に宇佐美の方が優等生であり、「雑草魂」で成り上がって来たのが武藤である。

“BOM”トリオ爆発の鍵を握る武藤
宇佐美にしても武藤にしても、大迫のような典型的なストライカーではない。宇佐美は2019年に2度目の欧州挑戦を経て古巣へ復帰後、点取り屋というよりはゲームメイクに割く時間が多くなっている。
武藤はマインツでは結果こそ残していたが、プレー内容にはあまり納得していなかった様子が伺えた。逆に昨季プレーしたスペイン1部のエイバルでは僅かに1ゴールに終わったものの、ドリブルでの仕掛けや最前線からのプレッシング、プレスバックなどで攻守に渡って溌剌としたプレーが多く見られていた。
ポストプレーが得意な大迫や司令塔役もこなせるボージャンとは違い、武藤には背後のスペースへ抜け出してイニエスタやサンペールから繰り出されるパスを多く引き出すタスクが求められる。また、鹿島戦のようにサイドのスペースに流れてチャンスメイクし、アシストやドリブルでのカットインからシュートを狙っていくような鋭い動きが求められる。シュートにパンチ力がある武藤にはペナルティエリア外からでも狙わせる方がチームにとっても攻撃のバリエーションが拡がるだろうし、彼自身もその方が得点を量産できるのではないだろうか?
ボージャン(B)大迫(O)武藤(M)による“BOM”トリオの爆発には、現在の神戸に最も足りないピースである“M”の活躍がキーになる!