1993年に開幕したJリーグも、今年で30周年。歴代の選手や監督、クラブスタッフのたゆまぬ努力はもちろんのこと、選手とともに研鑽を積んできた審判員たちのレフェリングにより、競技レベルが年々向上。
ここでスポットを当てるのは、かねてより国際審判員として活躍し、2022年7月に日本のプロフェッショナルレフェリーとして登録された山下良美氏。2021年5月16日のJ3リーグ第8節Y.S.C.C.横浜vsテゲバジャーロ宮崎で主審を担当。Jリーグ史上初の女性主審として脚光を浴びると、2022年9月18日のFC東京vs京都サンガでJ1リーグデビューも果たした。
2022年4月21日のAFCチャンピオンズリーグ(メルボルン・シティvs全南ドラゴンズ)でも主審を務め、2022FIFAワールドカップ・カタール(カタールW杯)の審判員にも選ばれた山下氏に、この度独占インタビューを実施。審判員として最も大切にしている心構えについて語ってもらった。
ここではインタビューの前編を紹介する(インタビュアー:今﨑新也)。

カタールW杯の実感と責任
ーカタールW杯で、山下さんは計6試合で第4の審判員を務めました。他国のレフェリーとの交流機会があったと思います。実際に交流したり、共に同じ試合を捌いた彼らから言われたこと、学んだことはありますか?
山下氏:試合中とそれ以外を問わず、皆さんが審判員として魅力的な方でした。彼らから芯の強さを感じるんです。それは見た目で分かる振る舞いの強さではありません。自分もそう在りたいと思いましたし、彼らが持つ芯の強さをどうしたら手に入れられるか、どう真似るかを考えて大会に臨んでいました。
W杯では既に出来上がっているトリオ(主審と副審のセット)に私が加わる形でした。そのチーム(国籍別の審判団)の中での役割分担であったり、チームごとの色の違いが、とても良い方向に作用している感じがしました。
ーその色の違いというのは、具体的にどういうことでしょうか?
山下氏:例えば(主審よりも)副審が話すほうで、リーダーシップをとっている審判チームもありました。もちろん試合中は主審がリーダーシップを発揮しますけど、試合以外では違ったりします。誰がリーダーシップをとるのかを、状況によって使い分けている感じですね。もちろん、主審がずっとリーダーシップを発揮しているチームもあります。
(審判団は)ひとつのサッカーチームと同じです。何か面白いことを言う人、ずっと話している人とずっと話を聞いている人、ひとりの世界に入り込んでいる人がいましたね。そういうもの(個性)がうまく組み合わさって、チームとしての力が上がっている感じがしました。
ーW杯というサッカー界最高峰の舞台で、試合中はどんなお気持ちでしたか?
山下氏:試合中は試合のことしか考えてなかったので、W杯に対する特別な意識は無かったですね。小さい頃からサッカーをしてきましたけど、W杯は夢にも思わないような舞台でした。緊張感もありましたし、フィールドに入ったときに「これがW杯だ」と実感したい思いもありましたけど、その舞台に審判員として関わることの責任が本当に大きくて。
日本人として、アジアの審判員として、女性審判員として。分かってはいましたが、思っていた以上にこの責任の重さはありましたし「この責任をどう背負うか」に向き合いましたね。
もちろん、試合に入ってしまえばやるべきことは決まっていますし、それをやるだけです。試合中にそれ(W杯に審判として関わることへの責任)を考えることはなかったですけど、想像していた以上に素晴らしい舞台でした。

サッカーの魅力を最大限に引き出すために
ー地元のサッカースクールからサッカーを始め、東京学芸大学サッカー部でもプレーされました。選手としての道を極めることは当時考えていましたか?レフェリーという仕事になぜ魅力を感じ、続けようと思ったのでしょうか?
山下氏:プレーヤーとしての自分の限界は分かりましたし、なでしこジャパン(サッカー日本女子代表)なんて遠い場所だというのも分かっていました。もちろん上手くなりたいとか(今いる)チームを強くしたいという気持ちは強かったんですけど。上のレベルを目指して極めるというのは、特に考えていなかったです。
「一生サッカーをプレーしていたい」という気持ちでいたので、まさか審判員になってサッカーをプレーしなくなるとは、考えてもいませんでした。あまりそうしたくなかったんですけど(笑)。
そんななかで審判員という役割に出会いました。審判員としてのほうが、私が大切にし、今まで続けてきた日本の女子サッカーに貢献できるかもしれない。そこから貢献したいという気持ちが強まったのが(審判活動をスタートした)一番大きなきっかけですね。
2級審判員になり、当時の女子トップリーグのなでしこリーグに関われるようになってから(審判員の魅力を)感じるようになりました。最初(審判活動を始めたての頃)は正直、フィールドを駆け回れるですとか、近くで試合を観れるですとか、選手と同じような魅力にしか気づけていなかったんですけど、だんだん審判員ならではの魅力に気づき始めましたね。
審判員に求められるのは、サッカーの魅力を最大限に引き出すこと。この目標に私自身魅力を感じていますし、この醍醐味がどんどん積み重なって、今も頑張っている感じです。

選手と同じように分析とイメージで予測
ー今ではほぼ毎節、Jリーグで主審を務められています。ご自身のレフェリーとしての強みに心当たりはありますか?
山下氏:悪いところはいっぱい分かりますけど、強みは本当に分からなくて。でも、こういう質問が来たときの答えは決まっているんです(笑)。私、感情があまりブレないんです。私生活を含め、あまり喜怒哀楽が無くて。これは良くないのかもしれませんが、良く捉えれば(常に)冷静でいられる。それを強みにできるんじゃないかと思って、一応そう答えるようにしています(笑)。
ー最もブラッシュアップの必要性を感じている課題は何ですか?
山下氏:全ての面で、まだまだ必要だと思っています。体力面ももっと高いレベルに持っていきたいですし、技術面や判定、(ゲーム)マネジメントも。(試合中の)ポジショニングもそうですし、メンタル面での成長もまだまだ必要だと思います。先ほど「強みは冷静さ」とか言いましたけど、1試合を通してもっと余裕を持てるようになりたいですね。(課題は)これというのが決められないほど沢山あると思っています。
ーかねてより山下さんは「男子サッカーと女子サッカーの違いはスピード」と仰っています。男子サッカーへの適応には、より速い判断とプレーの予測が必要でしょう。このスキルを高めるためにしている準備はありますか?
山下氏:男子の試合だから特別な準備をするというわけではないのですが、その試合を担当するための準備として、対戦チームの(直近の)試合を分析しています。そのチームが置かれている状況などを正しく把握して「次の試合(担当試合)ではこんなことが起こるかもしれない」という予測を沢山立てます。(試合中の事象を)見逃さないようにだったり、起きたことへの準備がより高いレベルでできるための分析を必ずしますね。(担当した試合の)振り返りも分析にあたりますし、その次の試合にも関わってくると思います。
それから自分が担当するわけではない試合に関しても、自分がレフェリーを務めているイメージで観て、頭のなかで笛を吹いています。
ーJ2リーグ第17節ジュビロ磐田vsいわきFC(2023年5月21日)で主審を務められたのを拝見しました。首を振るタイミングに感心しまして。選手がフリーでクロスを上げる直前やその瞬間には、ボールの行き先になるであろう場所を必ず見ていらっしゃる。この点は意識されていますか?
山下氏:細かいところまで見ていただいて嬉しいです(笑)。360度を(同時に)見るのは無理なので、首を振ることを無意識にできるレベルにして、その前(パスが出される前)の状況を先に把握できるようには意識しています。特に私はパスコースに入ってしまうことがあるので「真後ろに選手がいないように(自分の真後ろに選手を置かない立ち位置をとる)」というのは一番心がけています。
それから、例えばディフェンスラインの選手がボールを持ったとします。そこからどうやってゴールまで繋げていくかを、選手と同じように自分もプランを立てられると、(これから起きることの)予測がよりしやすくなります。
サッカーが上手な選手は「ピッチを俯瞰して見る」とよく言われますけど、これは審判員の私にとってもそう。
(後編に続く)