サッカーは、たった1つのボールを両軍合わせて22人の選手が奪い合いゴールを目指すという単純なルールゆえに、世界で最も愛されるスポーツに育った。しかし、その魅力の一端は試合の不確実性にある。


スコアが5-4などといった乱打戦もあれば、0-0(スコアレスドロー)もある。しかしゴールの数だけでは、チームや選手のパフォーマンスを正確に評価するのは難しい。

そこで近年、サッカー分析に革命をもたらしているのが「ゴール期待値(xG=Expected Goals)」をはじめとする新たな統計指標(スタッツ)だ。ここでは、ゴール期待値を中心に、サッカー界に登場した新しいスタッツの数々とその意義について解説してみたい。

ゴール期待値って何?サッカー界に現れた新たなスタッツの数々

xG:あるシュートチャンスが得点に結びつく確率

ゴール期待値(以下xG)は、あるシュートチャンスが得点に結びつく確率を表した指標だ。この指標はシュートの「質」を定量化するために開発された。単にシュート数やゴール数を数える従来の方法とは異なり、シュートの状況を詳細に分析する。さらにこの数字は試合中でも変動していく。

考慮される要素には以下のようなものがある。これらの過去の膨大な試合データ(数万~数十万本のシュート)を基に分析され、xGを算出する。

  • シュートの位置:ゴールからの距離や角度。ペナルティエリア内からのシュートは、ハーフウェイラインからのシュートよりもxGが高い。
  • シュートの種類:ヘディング、ボレー、グラウンダーシュートなどで変動する。
    足でのシュートはヘディングより成功率が高いとされる。
  • パスの種類:スルーパス、クロス、こぼれ球など。スルーパスを受けた上でのシュートは、相手DFの裏をかく可能性が高く、xGが上昇する。
  • 試合状況:その時点でのスコアや残り時間も、選手のプレーに間接的に影響を与える。
xGは、2012年に米国・シカゴでデジタルプラットフォームを展開しているスポーツメディア企業『Stats Perform(スタッツ・パフォーム)』が導入して以来、欧州を中心に急速に普及した。元はスポーツベッティングの分野で試合結果を予測するために生まれたものだ。

現在では、スタッツ・パフォーム社が運営するスポーツ配信サービス『DAZN』でのJリーグ放送をはじめ、欧州サッカーの放送でもxGが表示され、ファンやアナリストの間で一般的な指標となっている。

例えば、J1リーグ2024シーズンのデータによると、総xGトップはサンフレッチェ広島(総得点72/J1リーグ2位)で68.7。同数値2位は川崎フロンターレ(総得点66/J1リーグ8位)の64.7となっている。

ゴール期待値って何?サッカー界に現れた新たなスタッツの数々

xG:見えない試合内容を可視化する

サッカーは得点が少ないスポーツであり、運や一瞬のミスも結果を大きく左右する。xGは、こうした不確実性を排除し、チームや選手のパフォーマンスを客観的に評価する。試合のスコアだけでは見えない試合内容を可視化する役割を果たしている。

xGは、チームがどれだけ「ゴールに近いチャンス」を作れたかを示すものだ。
例えば、試合結果が0-0でも、チームxGが2.5対0.5なら、前者のチームが圧倒的に支配していたことを裏付ける。J1の2023シーズンでは、優勝したヴィッセル神戸や2位の横浜F・マリノスがxGでも上位にランクインし、これらのチームの攻撃力の高さがデータで裏付けられた。

また、xGは守備の評価にも使われる。「被ゴール期待値(xGA)」は相手チームが作り出したチャンスの質を示している。J1の2024シーズンは、サガン鳥栖が被xGで70.7とリーグワーストで、結果鳥栖は68もの失点を喫し、最下位20位でJ2に降格した。

さらに、xGは選手個人の得点力を評価する際にも有用だ。実際のゴール数がxGを上回る選手は、チャンスを確実に決める能力が高い。例えば、プレミアリーグ、トッテナム・ホットスパーのエースで韓国代表FWのソン・フンミンは、2022/23シーズンでxG15.8に対し23ゴールを記録し、難易度の高いシュートを決める能力を数字で示した。

一方、xGが高い場合に決定力不足の可能性がある。ボールを支配し、攻め込みながらも勝ち点に繋げられないチームの多くは、xGに対し実際の得点が少ない。

例えば、5月17日に行われた明治安田J1リーグ第17節、鹿島アントラーズ対清水エスパルス(県立カシマサッカースタジアム/1-0)の試合におけるxGは、勝利した鹿島が0.78に対し清水は1.58だった。試合は鹿島FW鈴木優磨が前半7分に先制点を挙げたが、ハーフタイム時点でのxGが鹿島0.44、清水0.57。
後半は清水の一方的な展開となり、鹿島が何とか1点を守り切った形となった。清水はこの試合で17本ものシュートを放ったが枠内シュートは1本にとどまり、鹿島DFを崩した上で放たれたFW乾貴士やMF矢島慎也のシュートも枠を捉えられず、1点が遠い敗戦になった。

このデータから、清水は試合を支配しながらも得点を挙げることが出来ず、鹿島は枠内シュート2本中の1本を決め、少ないチャンスを生かしたと結論付けられる。こうした分析は、試合を読み解く手助けとなり、観戦の楽しさを増す可能性がある。

ゴール期待値って何?サッカー界に現れた新たなスタッツの数々

xGに続く新たなスタッツの登場

xGがサッカー界で広まった影響で他にも多くの新指標が登場している。

アシスト期待値(xA):xA(Expected Assists)は、パスがアシストにつながる確率を表す。例えば、マンチェスター・シティ退団を発表したベルギー代表MFケビン・デ・ブライネのような選手は、質の高いパスでxAが高く、チャンスメーク能力を定量化できる。『Opta』のxAモデルは、全てのパスに対してアシスト確率を算出し、従来の「アシスト数」より詳細な評価を可能にする。

パッキングレート(Packing-Rate):パッキングレートは、1つのパスやドリブルで何人の相手選手を置き去りにしたかを示す数字だ。例えば、スルーパスで3人のDFを無効化した場合、パッキングレートは3となる。この指標は、攻撃の効果を測るのに役立つ。

守備圧力度:守備圧力度は、守備陣がどれだけプレッシングをかけているかをトラッキングデータで測定する。選手の移動速度や相手との距離を基に、守備の積極性を数値化する。
最先端のxGモデルでは、守備圧力度をシュート確率の変数に組み込む例もある。

ポゼッション価値(Possession Value):ポゼッション価値は、ボール保持がどれだけゴールに近付くプレーにつながったかを評価する数値だ。例えば、敵陣深くでのパスは、自陣での横パスより高い価値を持つ。この指標は「ボールを握っている」ことと「ボールを持たされている」ことの違いを示し、ポゼッションサッカーの効果を測るのに有効だ。

シュート明瞭度:シュート明瞭度とは、シュート時にゴールとボールの間にいる守備選手の数を基に、シュートの見通しを評価する数字。守備選手が少ないほどxGが上昇する。

しかしながら、データは万能ではない

xGや、それに続く新たなスタッツの登場は、サッカー分析を大きく進化させる可能性を秘めている。AIとトラッキングデータの活用により、従来は属人的な主観に頼っていた戦術や選手評価が、客観的な数値で裏付けられるようになった。2022年、スタッツ・パフォーム社のAI『Qwinn』は、50万本以上のシュートを分析しxGモデルの精度を向上させた。

今後は試合中にxGやxAをすぐさま表示し、そのデータを基に監督が即座に戦術を変化させるリアルタイム分析や、選手ごとの動きや判断をトラッキングデータで細かく分析し、個々の貢献度を可視化出来るようになるだろう。また、xGを活用したシミュレーションや予測アプリが普及し、ファンがサッカーくじ(totoやWINNER)の予想に生かすことで試合エンゲージメント感が増す。

しかしながら、xGは興味深い指標ではあるものの万能ではない。
あくまでもチャンスの質を測るもので、試合の勝敗を予測するものではない。チームがxGで圧倒していても、個人の凡ミス、オウンゴール、不運な判定によるPKで敗れることもある。

また、xGはシュートの状況に基づく確率であり、選手の個人技の高さやメンタルは考慮しない。一流のストライカーが「低いxG」のシュートを決めることもあり得るが、そうした可能性も考慮されない。加えて、xGの算出モデルはデータの提供者(『Opta』、『Stats Perform』など)によって異なるため、数値にバラつきが生じることがある。

データはあくまで道具であり、サッカーの魅力は数値だけでは測れない。ストライカーのゴラッソや、予想外の逆転劇こそが、サッカーの醍醐味だ。xGや新スタッツを活用しつつ、ピッチ上のドラマを楽しむ姿勢が、現代のサッカーファンに求められるのかもしれない。
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