レビュー

「転生モノ」の作品が流行り、「もう一つの現実」を飛び回るキャラクターに心躍らせる。MMO(多人数同時参加型オンライン)のゲームで、「もう一人の私」を生きる。

バーチャルな環境でなくてもいい。小説作品に没頭して、「もう一つの現実」を追体験する。週末に、「普段」の自分を知らない人ばかりのボランティアに参加して、「もう一人の私」になる。多かれ少なかれ、誰もが“異なるいま”を過ごしたことがあるはずだ。
それらははたして、「物理空間の不条理さに対する救済」なのだろうか。それとも「逃避」なのだろうか。そもそも、私たち人間は、一貫した“この私”だけで生きていくことができるのだろうか。
本書の著者、戸谷洋志さんは、現代社会にあるさまざまなカルチャーを素材に、いまを悩む人びとへと寄り添いつづけている気鋭の哲学者だ。今回は、先進技術であるメタバースを哲学する。
メタバースは、「空間的な没入性」によって人びとに新しい世界を提供する。ほかの仮想現実とは異なり、物理的な身体をも含むすべてをイメージの世界に連れていこうとしている。「転生」の夢や、MMOの操り人形では叶わなかった領域にまで踏み込めるかもしれない。
人間そのもののあり方も、共同体の未来も変えてしまうかもしれない。だからこそ、どうやって、どんなふうに変えたいと欲望しているかを、いま真剣に問う必要があるのだ。
メタバースに触れる機会が少ない人にとっても、本書はけっして無関係ではない。現代を生きる私たちは、おそらく誰もが「物理空間の不条理さ」のなかに生きているのだから。

本書の要点

・メタバースへの欲望には、人間の現在地の何が反映されているのか。そしてメタバースは、他者あるいはこの世界との関わりをどう変えていくのだろうか。
・メタバースが他の仮想空間と区別される独自性として著者が挙げているのが、空間性と没入性(空間的な没入性)だ。
・問題は、メタバースが「もう一つの現実」であるかではなく、メタバースが「私たちの生きる物理空間と、どのように関係するのか」である。



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