2025シーズンのガンバ大阪をプレビューするにあたり、重要トピックの1つが水谷尚人氏の社長就任だろう。これまで社長はパナソニックグループからの出向者が務めてきたが、今回は外部からの招聘となる。
インタビュー・文 玉利剛一
『優勝』という言葉が頻繁に出てくる
――ガンバ大阪の社長就任が発表されてから約2か月が経過しました。大阪での生活はいかがですか?
「まだクラブと家の往復ばかりで。今は寒いじゃないですか。だから、仕事終わりにどこかに寄って帰るよりも、早く家でお風呂に入りたいなって(笑)。帰り道にロング缶のビール1本とチューハイやハイボールを数本買って家で飲む日々ですね」
――社長就任直後は会食も多いでしょうから、体に気をつけてお過ごしください。水谷さんと言えば、ご家族の仲が良いイメージがあります。現在は単身赴任ですか?
「単身赴任です。家族と仲が良いと思っているのは私だけかもしれないですけど(笑)。上の娘は大学生、下の娘は高校生で、私がいない生活を楽しんでいる可能性もあります」
――(笑)。話題をガンバに変えますね。就任発表から2カ月間で社内外の様々なステークホルダーとコミュニケーションをとられたかと思いますので、その所感を教えてください。
「今は小野(忠史)さん(前社長)と一緒にパートナー企業の皆さんや行政の皆さんに挨拶に行くことが多いのですが、『優勝』という言葉が頻繁に出てきます。その言葉を聞くとガンバ大阪で働いていることを実感しますし、今までの経験との大きな違いでもあります」
――『優勝』の言葉はプレッシャーになりますか?
「いえ、嬉しいですよ。Jリーグの60クラブで優勝を期待されるクラブは数えられるほどですから。社内でもそれ(優勝)を口に出す社員はそこまで多くないですが、当然のこととして捉えているんじゃないかなと」
――湘南ベルマーレの社長時代は社員と1対1の面談を行われていましたと聞きました。
「ガンバでも実施している最中です。若い人が多いですし、雰囲気がいいなというのが第一印象。社員の方々はよく働かれている。それは選手も同じで、沖縄キャンプで話す機会があったのですが、みんな結構いい目をしていますね。とても印象的でした」

水谷氏も訪問した沖縄キャンプの様子。「選手のクオリティが本当に高い」
――社内やチーム内のモチベーションは、業績や成績に直結する重要な要素です。水谷さんは湘南ベルマーレ社長時代のインタビュー記事などを読むと「明るさ」をマネジメント方針として重視されています。
「『明るさ=ヘラヘラする』ではないですよ。
――明るくいてください(笑)。湘南ベルマーレのクラブスローガン「たのしめてるか。」は全社員でディスカッションして決定されたとのことですが、ガンバも創立30周年の2021年に似たプロセスで活動指針となる「クラブコンセプト」を設定しています。
「ディスカッションすることが大切です。皆が『(クラブコンセプトを)私が作った』実感を持てるかどうか。その有無で言葉に熱がこもり、外部に説明する時にも真実味が出る。これは大企業では難しいアプローチで、Jクラブの規模だからこそ出来ることだとも思います。実際、クラブコンセプトが設定されてから離職率も下がったと聞いています」
挑戦する気持ちの背中を押すのが社長の仕事
――ガンバ大阪の歴代社長はパナソニックグループから出向された方が就任されており、どちらかというと事業面に注力されてきた印象です。水谷さんは湘南ベルマーレで強化部長経験があるなど、競技面にも知見をお持ちであるのはポイントだと捉えています。
「事業面も競技面もそれぞれに担当者がいるので、社長の仕事は彼らが働きやすくすること。
――ポヤトス監督とは会話はされましたか?
「沖縄キャンプで話しましたけど、言葉の端々からすごく気遣いができる方ですね。それは選手にもスタッフにも同じで、優しい。厳しい指導をされる中でも、根底に愛を感じますね。練習試合では審判の判定に怒っていましたけど(笑)」

水谷氏が「すごくいい人」だと語るポヤトス監督。今季は勝負の就任3年目
――松田浩さん(フットボール本部 本部長)とはいかがでしょうか?
「松田さんも単身赴任なので、何度か食事もしました。湘南時代に対戦相手の監督として接した時の印象は『怖い』でしたが、実際に同じチームで働くと優しい。優しさの中に芯を感じます」
――水谷さんは湘南ベルマーレ時代の「LEADS TO THE OCEAN(以下、LTO)」(ゴミ拾い活動)にご自身も参加されるなど、社内だけではなく社外とも距離感が近い印象があります。
「自然にそうなっているだけで、意図的な行動ではありません。
――(笑)。サポーターやパートナー(スポンサー)との距離感はクラブによって方針が違います。
「長く勤められている社員さんに相談しながらですが、自然体で接することができればと考えています。パートナー企業であればカジュアルに新しいビジネスを検討できる機会が増えたらいいですし、ガンバがハブとなってパートナー同士を繋げる存在にもなりたいですね」
――「新しいビジネス」という言葉が出ましたが、湘南ベルマーレの社員さんを取材した際によく聞かれたのが、水谷さんは挑戦することを応援してくれるという声でした。
「挑戦する気持ちの背中を押すのが社長の仕事だと思っていて、うまくいかなかった時には私が責任をとる。勿論、本当にヤバい企画は止めますよ(笑)。けど、何かを企画する時に担当者は色々考えているはず。その姿勢は応援したいです」

若手社員を中心に部署横断で推進されている「モフレムプロジェクト」。今季、新しい企画が生まれるかにも注目
――元々は選手として活躍されて、現在は湘南ベルマーレのフロントスタッフとして活動されている猪狩佑貴さんを2022年に取材した際に「活動の幅を広げて、ベルマーレや自分の存在を知ってもらえるのが幸せ」だと話されていました。
「彼は1対1の面談を行った際に『ベルマーレの社長を目指したい』と話していました。元選手のバイタリティは本当にすごいんですよ。負けず嫌いだから学ぶ力が強い。
湘南ベルマーレの仕事を説明する猪狩氏。フットボリスタ公式YouTubeで配信中
「今やっている仕事は勝点3に繋がっていますか?」
――開幕戦は大阪ダービー。チケットは完売です。
「リーグから開幕戦で大阪ダービーを打診された時に社内で様々な議論はありましたが、大阪・関西万博が開催される年でもありますし、社会に対しても強いメッセージを発信できるのは大きな効果があるのではないでしょうか。昨シーズンの好調を引き続く形でダービーに勝てば、チームに勢いが出ると期待しています」

開幕戦をPRする梅田駅の交通広告。「#大阪開幕」はサポーターによる発信で大きな露出をもたらした
――今シーズンの目標はリーグ優勝であると。
「ガンバは常に優勝争いをするべきクラブ。社員にも話そうと思っていますが『今やっている仕事は勝点3に繋がっていますか?』という意識は持ちたいですし、その先に優勝があるはずです。横浜DeNAベイスターズの優勝パレードは見ましたか? あの異常ともいえる熱量がチームを勝たせたところもあるのではと感じます。今年、ガンバが優勝してホームタウンでパレードした時にどうなるか。優勝への想いや行動を広げていくことが大切ですね」
――それは社長就任のオファーを受けた際に期待されたことでもあるのでしょうか?
「いえ、現時点で明確なミッションがある訳ではありません。自分で言う言葉ではないですが、(オファーの理由として)『(水谷さんは)サッカークラブのプロの経営者だから』と言ってもらったんです。
――就任2か月で判断するのは難しいかもしれませんが、ガンバの社長業は楽しめそうですか?
「まだ分からないですね(笑)。今言えるのは、自分ができることなんて限られているということ。外部からの社長就任ですが、劇的に何かを変えようなんてことは思っていません。まずは『優勝を目指す』ことを含め、ガンバで働くことのマインドセットが先。その上で皆と同じ未来を描ければいいですし、そのために目の前のことに全力で取り組む姿勢が大切です」
――本日はありがとうございました。開幕戦楽しみにしています。
「パナソニックスタジアム吹田の応援は本当にすごい。あれがピッチ上のサッカーと一体感が生まれた時はアジアNo.1の空間だと思うので、そういう空間を一緒に創りたいですね」
Photos:(C)GAMBA OSAKA
[ライタープロフィール]
玉利剛一(たまり・こういち)
1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。X(旧ツイッター)ID:@7additinaltime
