4月の歌舞伎座・昼の部は、直木賞を受賞した永井紗耶子の小説『木挽町のあだ討ち』の歌舞伎化。小説と同じ物語だが、語られ方がまったく違う。

原作は6章で構成され、あだ討ちが終わったところから始まり、ある人物が関係者をひとりひとり訪ねていき、彼らの回想によって、徐々に事件の全貌が分かるミステリー仕立て。6回シリーズのテレビドラマには向いているが、舞台劇にするのは難しいタイプの小説だ。脚本の齋藤雅文は、原作をいったんバラバラにして、時間軸にそって描くことで、難題を解決し、成功している。


 主人公の若い武士は、どこまでも愚直というかピュアな青年で、市川染五郎のために書かれた原作ではと思うくらい、ぴったりな役を期待どおりに演じる。主人公を助ける戯作者は軽薄にしか生きられない人物で、松本幸四郎がうまく造形している。登場人物の大半が芝居関係者で、それぞれの事情を抱えて芝居の世界で生きている。一種のバックステージもので、芝居愛に満ちている。


 昼の部のもうひとつは「助六」のパロディー『黒手組曲輪達引』。幸四郎が奮闘しているが、他の配役が地味なせいか華やかさに欠け、「幸四郎で、本当の助六が見たい」という気になってしまう。


 夜の部・最初は片岡仁左衛門と松本幸四郎が日替わりでつとめる『彦山権現誓助剱』。仁左衛門の日に見たが、不条理劇のような設定なのに、オーソドックスな歌舞伎として見せてくれる。芸の力だ。


 夜の部で見応えがあるのは尾上右近の『春興鏡獅子』。9代目團十郎が作り6代目菊五郎に伝授した、成田屋・音羽屋双方にとって重要な家の芸を、菊五郎のひ孫にあたる右近が演じている。長い舞踊劇だが、右近はマラソンではなく、短距離走を重ねるように全力疾走。瞬間ごとに躍動感に満ちている。坂東亀三郎と尾上眞秀の胡蝶の精は、少年らしいキビキビした動きが、蝶々のヒラヒラとした軽やかさを感じさせる。まるで、このまま飛んでいけるのではないかと思えるほどだ。


 最後が新作で、尾上松緑による講談の歌舞伎化シリーズ3作目『無筆の出世』。とにかく、物語がつまらない。さらに講談師・神田松鯉が、「恩を仇で返すのはよくあるが、仇を恩で返すのは珍しく、立派である」と念を押すので、道徳の授業を受けているような気分になった。 


(中川右介/作家)


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