航空業界における競争の激化は、低コスト航空会社(LCC)の間で明暗を分けている。マレーシアに拠点を置くエアアジアが好決算を記録し、拡大路線を推進する一方、シンガポールを拠点とするジェットスター・アジア航空(3K)は、2025年7月31日をもって全業務を終了し、解散する運びとなった。
これにより、多数の従業員が職を失うこととなり、業界の厳しさと同時に、彼らの置かれた厳しい状況が浮き彫りとなっている。

その他の写真:3K769便

 2025年7月8日、ジェットスター・アジア航空の3K769便(マニラ発関西行き)に搭乗した。チェックインカウンターは原則として3時間前にオープンされるが、この日は35分遅れて搭乗手続きが開始された。運航終了を間近に控え、ベテランの客室乗務員らは空港職員と、マニラ空港で別れを惜しむかのように、思い出の写真を撮影する姿が見られた。搭乗が開始されると、機内には多くの乗客が搭乗し、頭上の収納棚には手荷物が収められていた。機内の様子は通常のフライトと変わらない光景であったが、そこに働く従業員たちの胸中には複雑な思いが交錯していたものと推察される。

 同社はかつて、関西―シンガポール線の経由地をクラークに移行した時期もあった。日本―クラーク線の先駆者でもある。日本の空でも親しまれた同社の撤退は、アジア地域のLCC市場における競争の激しさを象徴するものと言えよう。

 今回の撤退劇の最大の犠牲者は、ジェットスター・アジア航空で働いていた従業員たちである。特に、長年キャリアを積んできたベテランの客室乗務員や一般地上職のスタッフにとって、再就職は困難な現実が待ち受けていると思われる。パイロットや航空整備士といった専門職は、その資格や技術が他の航空会社でも高く評価されるため、比較的転職のハードルが低い傾向にある。
しかし、客室乗務員や一般地上職の場合、航空業界に特化したサービススキルや業務経験は、他業種でそのまま活用できる機会が限定的と見なされがちである。さらに、年齢を重ねる中で、新たな職場での受け入れ先は一層限られ、長年の経験がむしろ「専門性がありすぎる」と判断され、かえって再就職の足かせとなるケースも少なくなかろう。彼らが航空業界でのキャリアを諦め、全く異なる他業種での再出発を模索せざるを得ないとなった場合、その専門性が報われることなく終わってしまうことへの無念さを物語っている。

 しかし、困難な状況の中でも、従業員たちは顧客への献身的な姿勢を貫いている。チャンギ空港内で公共バスの利用に困っていた旅行者を客室サービスマネージャーが積極的に助け、目的地やカード操作方法を教え、バス運転手にも協力を依頼したエピソードは、現地メディアでも取り上げられ、そのプロ意識の高さを示している。また、運航停止の発表以降、顧客からは感謝のメッセージや温かい差し入れが多数寄せられており、従業員へのサポートの輪が広がっているという。こうした温かい言葉や支援は、「再就職先は航空業界」と迷いなく答えるスタッフもいるほど、彼らにとって大きな励みとなっているようだ。

 ジェットスター・アジア航空は、従業員の再就職支援にも力を入れている。先月、6月17日から19日には、チャンギ空港第1ターミナルで全スタッフを対象とした就職フェアが開催された。航空機メーカーのエアバス、部品・サービス子会社サテア、空港運営会社チャンギ空港グループ、機内食提供・地上業務会社Sats、公共交通事業者SMRT、シンガポール民間航空庁(CAAS)など、計38社の雇用主が日替わりで参加。NTUC(シンガポール全国労働組合会議)によると、パイロット、客室乗務員、カスタマーサービス、エンジニアリング、安全・品質保証など、450以上の職種、約1,400件の求人が紹介された。

 また、現地の報道によれば、シンガポール航空グループは先月、ジェットスター・アジア航空のパイロット100名や客室乗務員200名を採用する方針を打ち出している。
長年航空業界に身を置いてきた同社従業員たちも、新たな道を模索している。困難に直面しながらも、彼らが前向きに次の一歩を踏み出そうとしている様子が現地の報道を通じて映し出されている。

 好調に見えるエアアジアも、過去には日本法人を2度にわたり撤退させた苦い経験を持つ。これは、たとえブランド力のあるLCCであっても、各国の市場環境や競合との兼ね合いによって、事業継続の困難さに直面しうることを示唆している。燃油価格の変動、為替レートの不安定さ、そして旅客需要の動向など、航空会社の経営を取り巻く外部環境は常に変化しており、一瞬の判断ミスが命取りになりかねない。

 国際線の回復に伴い、LCC各社は積極的な路線拡大を進めているが、一方で、過剰な供給や価格競争は、収益性を圧迫するリスクもはらんでいる。ジェットスター・アジア航空の撤退は、熾烈な競争の中で「選択と集中」、あるいは「撤退」という厳しい判断を迫られる航空会社の現状を浮き彫りにした形だ。今後も、航空業界では生き残りをかけた激しい競争が続くものと見られる。
【編集:NH】
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