中南海の奥深く、空調の効いた会議室の空気は、外の木枯らしよりも冷え切っていたに違いない。
中国外交部にとって、この晩秋はあまりにも過酷だ。
高市早苗総理による「台湾の主権と不可分な日本の安全保障」に関する国会での答弁。中国のスタンスは、あくまでも台湾は国ではなく、中国の中の一つの地域なのだ。

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 北京が振り上げた巨大な拳は、今や行き場を失い、空中で小刻みに震えている。「台湾有事は日本有事」という従来の文脈を一歩踏み込み、「民主主義の防波堤としての台湾を、日本は物理的手段を含めて支える覚悟がある」と示唆した高市氏の発言は、北京の逆鱗(げきりん)に触れた。

 習近平指導部の反応は、パブロフの犬のように即座かつ激越だった。日本の治安は、中国よりもはるかに安全なのに危険として、日本への渡航や留学についての自粛。

 中国の国営メディアは「軍国主義の復活を許すな」「日本経済の息の根を止める」と書き立て、ネット世論は沸騰した。外交当局も、これで日本が腰砕けになり、発言の撤回や釈明に追われると踏んでいた。
 
 日本側は即座に米国・フィリピンとの連携を強化し、サプライチェーンの「脱中国」を加速させる緊急経済対策を発表。さらに、これまで慎重姿勢だった欧州主要国までもが「一方的な威圧による現状変更の試み」として、中国への非難声明に同調したのだ。

 振り上げた拳を下ろすタイミングを見誤った代償は、ブーメランとなって中国経済を直撃している。
11月中旬に発表された中国の経済指標は、惨憺(さんたん)たるものだった。
日本企業をターゲットにした嫌がらせは、結果として中国国内の工場閉鎖を招き、数万人規模の雇用が瞬時に蒸発した。特に、半導体製造装置や高度な化学素材の対中輸出が日本政府主導で厳格化されたことで、広東省や江蘇省のハイテク産業は操業停止に追い込まれている。
「日本を懲罰しているつもりが、自分の足を食べているようなものだ」。北京の経済紙記者は、当局の監視を気にしながら声を潜める。「高市発言への報復は、メンツのためには必要だった。だが、実利としては自殺行為だった」

 外交部が直面している最大のジレンマは、この状況を打開する術(すべ)を持たないことだ。本来であれば、水面下で日本側に接触し、何らかの「手打ち」を探るのが外交の定石である。しかし、国内に向けてあまりにも強烈な反日・反高市キャンペーンを展開してしまったため、わずかな譲歩さえも「売国行為」と映る状況を自ら作り出してしまった。
北京の外交筋からは、悲鳴に近い嘆きが漏れる。
【編集:YOMOTA】
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