東アジアの安全保障環境が、かつてないほど緊迫の度を増している。中国による台湾への軍事的な圧力は、もはや「もしも」の仮定ではなく、現実的なカウントダウンの段階に入ったと捉えるべきだろう。
台湾有事はすでに目に見えない形で始まっていると言っても過言ではない。私たちはこの危機に対し、感情的な煽りや根拠のない楽観論を排し、いかに論理的に「防ぐ」べきなのか。その核心にあるのは、現代戦の冷徹なリアリズムと、相手に断念を迫る「抑止力」の構築である。

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 まず理解すべきは、現代における「有事」の姿が、かつてのような大規模なミサイル攻撃や上陸作戦から始まるわけではないという点だ。現代戦の幕開けは、サイバー空間や通信網の遮断という「目に見えない攻撃」によって静かに、しかし決定的な形で訪れる。中国軍の狙いは、物理的な破壊以上に、台湾の国家機能を麻痺させ、社会を混乱に陥れることにある。インターネットや送電網といったインフラを攻撃し、指揮統制系統を無力化した上で、海上封鎖によって台湾を経済的・軍事的に孤立させる。現在、台湾周辺で繰り返されている大規模な軍事演習は、単なる示威行動ではなく、こうした手順を確実に実行するための「リハーサル」そのものである。

 こうした危機の背景には、中国が掲げる「2027年」という具体的な節目がある。習近平国家主席は、建軍100周年にあたるこの年までに、台湾統一のための軍事能力を確保するよう命じている。指導部の高齢化や、自らの歴史的功績を確固たるものにしたいという焦燥感は、合理的な判断を狂わせる「ギャンブル」の要因になり得る。独裁的な体制下では、周囲が暴走を食い止めることは極めて困難であり、中国側が「今なら勝てる」と誤認した瞬間に、火蓋が切られるリスクは否定できない。


 この危機を未然に防ぐために不可欠な理論が、相手の攻撃意欲を削ぐ「抑止力」である。抑止力とは、相手に「攻撃によって得られる利益よりも、受ける損害の方がはるかに大きい」と確信させる力を指す。泥棒が防犯意識の高い家を避けるように、中国側に「台湾奪取はあまりに高くつく」と思わせることが、最大の防御となる。しかし、日本の現状は極めて危うい。専門家も日本の自衛隊が「対処能力」に留まっていることを厳しく指摘している。何かが起きてから国民を避難させたり、飛来するミサイルを迎撃したりするのは「対処療法」に過ぎず、そもそも戦争を起こさせないための「根治療法」としての抑止力が、装備・法整備の両面で不足しているのが実情だ。

 特に深刻なのは、日本の軍事力や法整備が、周辺諸国の急速な軍拡スピードから20年から30年も遅れているという点である。ドローン兵器や精密誘導ミサイルの数において、中国はすでに米国を凌駕する部分を持ち始めており、在日米軍と自衛隊の協力だけでは太刀打ちできない可能性も浮上している。さらに、日本には憲法上の制約や、有事の際の自衛隊の行動を縛る複雑な法体系が存在する。いざ事態が発生した際に、迅速かつ的確に「自らの国を自らで守る」ための法整備が整っていなければ、どれほど優秀な隊員がいてもその力は半減してしまうだろう。

 また、日米同盟への過度な依存も、冷静に見直す必要がある。米国の憲法や議会の判断によっては、米国が常に全力で日本や台湾を助けるとは限らない。
「戦わないという選択肢」が米国側に存在する以上、日本自身が「戦う意思と能力」を明確に示さなければ、同盟の抑止力は空洞化しかねない。米国を「おんぶにだっこ」の状態ではなく、対等なパートナーとして共に脅威に立ち向かう姿勢こそが、結果として米国の介入を確実なものにする。

 台湾有事は、決して遠い国の出来事ではない。台湾が封鎖されれば、日本の生命線であるシーレーン(海上交通路)は遮断され、エネルギーや食料の供給が途絶える。さらに、沖縄をはじめとする南西諸島や、主要な基地を抱える本土がミサイル攻撃の標的となる可能性も極めて高い。被害を受けるのは自衛官や公務員だけではなく、私たち国民一人ひとりの生命と財産である。この現実を直視し、「戦争を望まない」という理想と、「戦争をさせない」ための現実的な備えを両立させることが、今を生きる世代の責任と言えるだろう。

 結論として、中国の台湾有事を防ぐためには、単なる「遺憾の意」の表明を超えた、抜本的な安全保障政策の強化が急務である。最新鋭の装備の充実、迅速な意思決定を可能にする法整備、そして何より、国民の間でこの危機を「自分事」として議論する土壌が必要だ。平和とは、何もせずに得られるものではなく、冷徹な国際情勢を見据えた強固な意志と備えによって、初めて勝ち取れるものなのである。
【編集:af】
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