そこで今回は一気に時をさかのぼって1981年にフォーカス。ファミコン登場以前に人気を博した懐かしのレトロゲームを紹介していきます。1981年というと今からもう40年近く前で、当時小学生だった人もすでに50歳前後になっているはずです。そんなゲーム黎明期を飾った珠玉のタイトルの数々を当時の出来事とともに振り返っていきましょう。
1981年は年号でいうと昭和56年になります。この年はスペースシャトル「コロンビア」の打ち上げ、神戸ポートアイランド博覧会「ポートピア’81」の開催、猫に暴走族風の身なりをさせた通称「なめ猫」のブームなどが話題となりました。
おもなヒット曲は寺尾聡の『ルビーの指輪』、イモ欽トリオの『ハイスクールララバイ』、松山千春の『長い夜』など。映画では『ドラえもん のび太の宇宙開拓史』、『エレファント・マン』、『ブルース・ブラザース』などが話題となりました。
『ガンダム』人気が本格化したのもこの年です。映画3部作の第1作目となる『機動戦士ガンダム』、2作目の『機動戦士ガンダムII 哀・戦士編』が相次いで公開。
テレビアニメでは『Dr.スランプ アラレちゃん』、『うる星やつら』の放映がスタート。どちらも大ヒットとなったのは、ご存知のとおりです。マンガではあだち充の『タッチ』、高橋陽一の『キャプテン翼』、北条司の『CAT'S EYE(キャッツ・アイ)』などの連載が始まっています。
一方、のちの「週刊少年ジャンプ」のフォーマットを作ったとされる車田正美の破天荒なボクシングマンガ『リングにかけろ』が、この年に連載終了となっています。最終回は巻頭カラーで、これは「ジャンプ」では初めてのことでした。
いかがだったでしょう。かなり昔の出来事ですが、当時のアニメやマンガは今の若い人も意外と知っていたりするのではないでしょうか。それでは、この年登場したゲームを見ていきます。
ドンキーコング
発売日:1981年8月
機種:アーケード
販売元:任天堂
本連載の第4回でファミコン版を取り上げましたが、やはり元祖となるアーケード版にも触れないわけにはいかないでしょう。任天堂の顔というべきマリオが初めて登場した記念脾的作品にして、任天堂の名を世界中に知らしめた名作です。
おなじみのマリオを操作して、階上から落ちてくるタルなどをジャンプでかわしながら上へ上へと上っていき、最上階にいるドンキーコングをやっつけるアクションゲームです。
全4面からなるバリエーションに富んだステージ構成も大きな魅力となっていました。床にベルトコンベアが仕掛られた2面、エレベーターを利用して上り下りしながら進む3面とステージごとに攻略法が異なっており、多くの子供たちを夢中にさせました。
ちなみにアーケード版の2面は容量の都合でファミコン版には収録されませんでした。とはいえファンの多くは完全な移植ではないものの、ファミコン版の内容におおむね納得していたと思います。当時のアーケードゲームの家庭用ゲーム機への移植版は、たいていほとんど別物になってしまっていたからです。そうした中にあってファミコン版『ドンキーコング』の移植レベルは傑出していました。しかし、それでもやはり「これで2面があれば……」と思わされたものです。
この幻の2面を収録した『アーケードアーカイブス ドンキーコング』が、現在Nintendo Switchで配信されています。1面の2階からジャンプするとワープが発生してクリアとなる、当時のファンにはおなじみの裏ワザが使えるバージョンも収録されていますので、往時を知るお父さんたちはもちろん、ファミコン版しか知らない人もプレイしてみてください。
ギャラガ
発売日:1981年9月
機種:アーケード
販売元:ナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)
ファイターと呼ばれる戦闘機を左右に動かして飛来してくる敵機を撃ち落としていく。1979年にリリースされたナムコの名作『ギャラクシアン』の流れを汲むシューティングゲームの傑作です。
プレイヤー側の機体であるファイターは「ボスギャラガ」の発射する「トラクタービーム」に当たると敵に捕まってしまうのですが、その味方機を連れたボスギャラガを撃墜すると2機が横並びとなる「デュアルファイター」にパワーアップ。発射する弾の数が倍増することで一気に敵を倒しやすくなるのです。
自機が横に大きくなるので敵の攻撃に当たりやすくなるというデメリットもあるのですが、攻撃力にモノを言わせて敵を殲滅していくのは爽快のひとことでした。ただし、捕まっている自機がこちらの撃った弾に当たると爆発して1機ロスとなってしまいます。群れの中で待機している状態のボスギャラガを撃ち落とすと、自機を取り戻せなくなるというリスクも含んでいて、ひとつ間違うと機体を失ってしまうスリリングさも魅力のひとつになっていました。
このパワーアップ要素が当時のゲームファンに与えたインパクトは非常に大きく、本作は4年以上にわたってアーケードの人気ゲームとして君臨し続けました(※)。さらに1985年にファミコン版が発売。その後もさまざまなハードに移植され、現在も名作レトロゲームとして多くのファンに支持され続けています。
※バンダイナムコ公式サイト「ギャラガウェブ」の「豆知識」より
ニューラリーX
発売日:1981年2月
機種:アーケード
販売元:ナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)
こちらもナムコの古典的名作アクションゲームです。プレイヤー側のマシンである青色の車を操作して、追いかけてくる敵マシン「レッドカー」をかわしながらコース内に設置されたフラッグを取っていきます。
一見するとレースゲームに見えますが、実は敵から逃げつつスコアの対象となるモノを獲得していき、すべて入手するとクリアという『パックマン』(ナムコ)と同系統のゲームです。とはいえ画面で確認できるのはコース全体の一部分だけで、フラッグや敵の位置は右に表示されるレーダーでチェックするなど独自性も非常に多く、こちらも人気となりました。
ちなみに「ニュー」とタイトルに付いているとおり、オリジナル版となる『ラリーX』が前年にリリースされています。本作はこの『ラリーX』の難易度やシステムを調整したバージョンで、オリジナル版より格段にプレイしやすくなっていました。
本作をさらに魅力的にしていたのが一新されたBGMです。このサウンドがとにかく軽快でノリがよく、聞いていて飽きないのです。非常に中毒性が高く、BGMを聞きたくてプレイするという人もけっこういたものです。ゲームにおけるBGMの重要性を認識させた作品のひとつと言えるのではないでしょうか。
Wizardry(ウィザードリィ)
発売日:1981年9月
機種:パソコン
販売元:Sir-Tech
3DダンジョンRPGの草分け的存在です。経験値によるレベルアップ、種族や職業によるキャラクターのタイプの違い、パーティーでの戦闘の面白さなど、黎明期の作品ながらRPGというジャンルの面白さが詰まっており、『ドラゴンクエスト』の堀井雄二氏や『ファイナルファンタジー』の坂口博信氏など多くのクリエイターたちに影響を与えました。
オリジナル版はアップル社が1977年に発売したパーソナルコンピューター「AppleII」 用ソフトとして発売されたのですが、このマシンは何十万円もする非常に高価なもので、当初プレイできたのは一部のマニアに限られていました。ダンジョンの画像が簡単な線だけで描かれていて、ゲームの展開もほぼ文字だけで説明されるなどゲームとしても非常にチープな作りでしたが、それでも世界中の人がこのゲームに熱中しました。
その最大の要因となったのが無限ともいうべき奥の深さです。
多彩なキャラクターを育てられるキャラメイキング、いくつもの凶悪なトラップが仕掛けられたスリリングな迷宮、そしてなかなか手に入らない強力かつレアなアイテムの数々。一応、ダンジョンの最深部にいるワードナーという敵を倒すという目的はあるのですが、より強力なキャラクターを育てたり、アイテム集めに精を出したりと、その気になれば永遠に遊べるディーブさがありました。
日本では『ドラクエ』などでRPGの存在を知ってからプレイしたという人もけっこう多かったのですが、それでもハマった人が続出したのは、そうした麻薬的な面白さがあったからです。その中毒性は底なしで今プレイしても十分ハマれます。
個人的には戦闘BGMが秀逸な1987年発売のファミコン版が好みですが、これからプレイするなら1998年に発売された『ウィザードリィ リルガミンサーガ』がおすすめです。『Wizardry』の『1』~『3』を移植したもので、ゲームシステムや映像がリファインされているので、かなり遊びやすくなっています。
そのほかのおもな作品も見ておきましょう。この時代はシューティングが人気ジャンルでタテ、ヨコ、ナナメの8方向にスクロールする『ボスコニアン』(ナムコ)、前方へのショットと地上へのミサイル攻撃を駆使して敵を倒していく横スクロールシューティング『スクランブル』(コナミ:現コナミデジタルエンタテインメント)などが話題を集めました。
カエルたちを操作して、車が行き交う道路やさまざまな障害物が流れる川を渡っていくユニークなアクションゲーム『フロッガー』(コナミ)、「QIX」と呼ばれる敵をかわしながらフィールドにラインを引いて陣地を獲得していく陣取りゲーム『QIX(クイックス)』(タイトー)もゲームセンターで人気を博しました。『QIX』はのちに発売されたゲームボーイ版が3DSバーチャルコンソールで配信中です。
前年に発売され一大ブームとなった携帯型液晶ゲーム機「ゲーム&ウオッチ」の新バージョン「ゴールドシリーズ」も、この年の発売です。
エポック社の家庭用ゲーム機「カセットビジョン」も発売されています。かなりドットが荒く、性能面ではまだまだアーケードとは比較にならなかったものの本体価格が13,500円と非常にリーズナブルだったことからロングヒットとなりました。
カセットを取り換えることで、さまざまなゲームを楽しめるのも魅力のひとつでした。発売されたソフトはさほど多くなかったものの、アーケードで人気だった『与作』(新日本企画:現SNK)を移植した『きこりの与作』などがヒット。のちに廉価版である「カセットビジョンJr」も発売となるなど一定の成功をおさめています。
1981年のゲームはいかがでしたか。さすがに古すぎて興味がないという人もいるかもしれませんが、今プレイしてみても意外と遊べたりします。ゲームの歴史をたどるという意味でも、ぜひ一度遊んでみてほしいものです。