『ぼくなつ』シリーズ開発の中心人物・綾部和氏が原作・脚本・ゲームデザインを手掛け、『牧場物語』シリーズなどで知られる和田康宏氏が率いるトイボックスが開発した、少年のひと夏を描くアドベンチャー『なつもん! 20世紀の夏休み』(以下、なつもん!)。

7月28日の発売に先駆けて本作に触れる機会に恵まれたので、その体験をもととするプレイレポを別記事でお届けしました。
ですが、その全体的なレポートとは別に、『なつもん!』で注目したいもうひとつのポイントを本記事で綴らせていただきます。

それは、『なつもん!』と深く関わるサーカス要素。そもそもゲーム内で主人公の「サトル」は、「まぼろしサーカス団」を率いる団長の息子として、巡業のために訪れた「よもぎ町」でひと夏を過ごす形になります。

人によって感じ方が大きく異なりますが、「サーカス」という存在に“懐かしさ”やちょっとした“憧れ”を抱く人もいることと思います。筆者もそちら側の人間で、子どもの頃によくサーカス団が来ると聞いては、見に行く自分を想像してドキドキしたものです。

しかし、子どもたちだけで行くには資金面で叶わず、親に頼んでも連れていってもらえず、実際は遠くからサーカスのテントを見守っただけ。サーカスと直接関わった思い出はなく、憧れだけが色濃く残る子ども時代を過ごしました。自分と同じような経験を持つ方は、『なつもん!』のサーカス要素に単なるゲーム性に留まらない想いを抱くことでしょう。

そこで本記事では「サーカス」の部分に注目し、先行プレイで味わった『なつもん!』におけるサーカス要素の手応えや、今も活躍を続ける「木下大サーカス」への取材でわかった現在のサーカス事情などをお届けします。

■『なつもん!』のサーカス公演成功に挑め!
『なつもん!』におけるサーカス団は、規模はかなり小さく、ゲーム開始時点では演目の数も限られています。また、体制が万全ではないせいか、様々な雑事をサトルが背負うことに。

具体的には、サーカスで行う演目のプログラムや流す楽曲、新たな演目を行うための道具の購入などを行うのがサトルの役目。
実際に公演が始まれば、観客のひとりとなって観覧できますが、その日の公演の成否はサトルの肩にかかっていると言っても過言ではありません。

本作で用意されている演目は、「玉乗り」「つな渡り」「足芸」「脱出」「シーソー」「オートバイ」「トランポリン」「ジャグリング」など、実際のサーカスでも行うものばかり。最初から用意されている演目以外は、サトルがお金を貯めて道具を購入することで、演目が新たに追加されていきます。

サトルがこの町でどのように過ごすかは、プレイヤー次第。お金がなくて道具を買えず、限られた演目だけを延々と続けるサーカス団……という状況も十分あり得ます。その日の公演が盛り上がるかどうか、そこに最も深く関われるのがサトルであり、つまりプレイヤー自身がそのカギを握ります。

それぞれの演目は成功か失敗に分かれ、公演を通した満足度でその日の成否が決まります。当然、失敗すれば評価は下がり、締めくくりの挨拶も歯切れが悪いものに。ただ見ているだけでは、満足させるような公演を遂げるにはたどり着けません。

演目を増やし、成功率が上がる衣装も買い揃え、プログラムの内容とそれを彩る楽曲を決める。まだ10歳のサトルが背負うには重すぎる役割ですが、プレイヤーにとって“子どもの頃に縁がなかったサーカス団に関われる喜び”は味わい深く、先行プレイでもついつい熱が入ってしまいました。

またゲーム内の出来事とはいえ、「まぼろしサーカス団」の演目もなかなか見ごたえがあります。
何本ものジャグリングクラブを器用に扱う「ジャグリング」では、縦に並べたクラブを頭に乗せてフィニッシュ。また、鉄製の球体内部をバイクで駆け巡る「オートバイ」は、ゲーム画面とわかっていても力強い迫力を感じました。

まだ未熟な面もある「まぼろしサーカス団」なので、演目の失敗もいくつか目にしましたが、「失敗して残念」という感情とは別に、「これだけ難しそうなものなら、失敗して当然だろう」みたいな気持ちも湧き上がります。

翻って、本物のサーカスはこうした失敗があるのか。また、実際にどんな興行をしているのか。『なつもん!』の先行プレイをきっかけに現実のサーカスへの興味が再燃し、その気持ちを抱えたまま「木下大サーカス」の公演へと足を運んでみました。

■憧れが興奮に変わった日──「木下大サーカス」の圧倒的な迫力と練度
「木下大サーカス」が実際に公演する日にお邪魔しましたが、開演前にジャグラーのブライアンさんが特別に来てくださり、その技を身近で見ることができました。

『なつもん!』のゲーム内では、5本のクラブを操るジャグリングを見ましたが、現実のジャグリングも負けていません。ブライアンさんも5本のクラブを宙に舞わせ、華麗な捌きで取材陣の目を奪います。

また、3本のクラブによる高速ジャグリングも素晴らしく、目で負いきれないほどの速さでクラブが乱舞。その全てをしっかりとコントロールする手腕から、『なつもん!』でのゲーム表現に負けない、圧倒的な迫力が伝わってきます。

そんなブライアンさんも登場する公演の時間が迫ってきたので、自分も含めた取材陣がテントに入ると、一般の来場者も席を埋め始めます。
取材日時は平日の昼頃でしたが、気が付けば自由席はほぼ埋め尽くされていました。予想を超える盛況ぶりに、演目への期待度も天井知らずで上がっていきます。

そしてその期待は、嬉しい意味で裏切られます。開幕を告げる「吊りロープショー」では、吊られた布を巧みに使った舞や、布を巻き取っての空中旋回、足のみに巻きつけたポーズ披露など、最序盤から度肝を抜かれました。

そこから、椅子を積み上げながら頂点でパフォーマンスを繰り出す「七丁椅子の妙技」、巨大なトランプをいとも簡単そうに扱う「足芸」、逃げ出す暇もなさそうなほどスピーディに展開する「脱出」、回転運動する対の“輪”の中や上部で跳んだり跳ねたりと過激な動きで魅せる「大車輪」などが続き、気付けば時間があっという間に過ぎてしまいます。

個人的に印象的だったのは、「世紀のオートバイショー」。この演目自体は『なつもん!』にもありますが、先行プレイで鑑賞したのは1台のバイクが鉄球内を駆け巡るもの。しかし「木下大サーカス」のオートバイショーは、なんと3台のバイクが同時に走行。さらに軌道も変化し、縦に横にと目まぐるしく入れ替わります。

現実を超えるのがゲームの醍醐味とよく言われますが、「まぼろしサーカス団」は小規模で、費用面でも困窮。また時代背景が1999年なので、今から20年以上も前のサーカス団です。

対する「木下大サーカス」は121周年を数える世界有数のサーカス団なので、歴史も規模も桁違い。
今も最前線で走り続けるパフォーマンス集団は、「まぼろしサーカス団」と比べるには分の悪い相手でした。

鑑賞する前は、「サーカス」に対する子ども時代の憧れを強く抱いていましたが、実際の演目を目の当たりにした後では、その技量やパフォーマンスにただただ圧倒されるばかり。当時憧れた夢が叶った喜びこそありますが、公演を通じて感じたのは「ノスタルジー」ではなく、新鮮かつ力強い興奮でした。

■本物のサーカス団でも失敗するの? それとも、全て演出?
「木下大サーカス」による磨き上げられた“今のサーカス”は、令和の世においても素晴らしい娯楽でした。設定的に30年以上も前の「まぼろしサーカス団」とは、パフォーマーの人数から演目のスケールまで、何もかもが異なります。

例えば演出ひとつをとっても、ここぞという場面を持ち上げる照明や音楽の使い方はもちろん、ステージの暗転中に客席を使った演目を行うなど、視線を誘導して空き時間を作らない細やかな配慮も欠かしません。その全ては、120年以上の歴史で積み上げた、より良いパフォーマンスを目指した成果の現れなのでしょう。

「木下大サーカス」の取締役を務める木下英樹さんに話を伺う機会があり、そこで約30年前(『なつもん!』と世界設定と同時期)のサーカスについて訊ねたところ、特に大きな違いは「演出面」との返答をいただきました。

例えば、スモークなどはまだ取り入れておらず、照明もシンプルにON/OFF程度の使い分けで、フェードアウトといった演出も使われていなかったとのこと。また、演目を披露するテント自体も変化し、より大きく安全なものへと変わっていきました。

先ほど目の当たりにした、暗転中に平行するパフォーマンスも当時は行われておらず、ひとつの演目が終わると暗転し、それが終わると次の演目が始まるというシンプルなものだったようです。木下さんが語った30年前のサーカスは、規模などは違うものの、「まぼろしサーカス団」の状況と少し似ているのかもしれません。


ちなみに、公演を見る前に抱いた「本物のサーカスは失敗するのか」という疑問は、判断に迷う結果となりました。

演出はもちろん、練度も素晴らしい「木下大サーカス」。であれば、失敗する事態はまず考えにくいところでしょう。一方で、一流のパフォーマーだからこそ難度の高いものに挑むため、それが常に100%成功するかどうか、部外者が容易に判断できることではありません。

実際に見た公演では、そのほとんどでこちらの想像を超えるパフォーマンスを展開。「大車輪」や花形の「空中ブランコ(空中アクロバットショー)」など、見ているこちらがヒヤヒヤするような演目も華麗に成功させています。

ですが、全ての演目が一発で大成功、とはなりません。例えば、ブライアンさんの「ジャグリング」では、ステージでも見事なクラブさばきを披露する一方、薄くて軽いリングを使ったパフォーマンスではこんな一幕もありました。

リングは150g~200gとかなり軽く、ちょっと力加減を間違えるだけであらぬ方向に飛んでいきます。このリングを矢継ぎ早にいくつも放り投げながら、並行してキャッチし続けるという大技。しかも成功するたびに枚数を増やしていきます。

技の終盤では、もはや数えきれないほどの数でジャグリングに挑むブライアンさん。
しかし最後の数枚で惜しくも失敗を繰り返し、お手上げといった仕草でパフォーマンスを締めくくる……かと思いきや、助手の方に退場を阻まれます。「もう1回」というジェスチャーに負け、ブライアンさんは再度トライ。しかし、惜しいところでまたリングが落ちてしまいました。

潔く諦めようとするブライアンさんと、それを押しとどめる助手。コミカルなやりとりを挟みながら、最高難度のリングキャッチに挑み続けた結果、ブライアンさんは全リングのキャッチに見事成功! 越えがたい壁を乗り越え、喝采の拍手に包まれる演目となりました。

その素晴らしいパフォーマンスへの賞賛とは別に、成功に至るまでの失敗は本当に“失敗”だったのか、明確な答えはありません。「実際に失敗してたのでは?」という疑問もありつつ、“失敗を重ねた上での成功”という一連のエンターテインメントだったようにも感じられます。これ以上の詮索は野暮なので、やめておきましょう。

「まぼろしサーカス団」の演目失敗は、まごうことなき失敗です。しかし現実のサーカスでは、失敗すらパフォーマンスの範囲。真偽は定かではありませんが、その境界線をあえて曖昧にするのも、没入感を高めるテクニックのひとつなのかもしれません。

『なつもん!』のプレイ体験から「木下大サーカス」の魅力まで、「サーカス」に的を絞ってお送りしました。成功と失敗が織り成す『なつもん!』のサーカスを味わってみたい方は、7月28日の発売日を楽しみにお待ちください。

また、この記事で「木下大サーカス」に興味を持った方は、現在札幌で公演を行っているので、近くにお住まいならご検討を。また、10月29日からは千葉・幕張での公演に切り替わるので、そちらも視野に入れておきましょう。

(C)2023 TOYBOX Inc./Millennium Kitchen Co., Ltd.
※記事内に使用されているゲーム画像は、全て『なつもん! 20世紀の夏休み』のスクリーンショットです。
取材協力:スパイク・チュンソフト
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