スーパーマリオRPG』には、様々な小ネタやミニゲームが含まれています。

特にミニゲームは、本編よりもこちらのほうをやり込んでしまう人も少なくないほど。
ニンテンドースイッチ向けに発売されたリメイク版は、最先端技術を駆使したグラフィックでこれらを再現しています。今回はドゥカティマウンテンのトロッコレースを、オリジナル版とリメイク版で比較してみましょう!

◆「奥行き」がより表現されるようになったリメイク版
トロッコレース、というよりもトロッコタイムアタックと言うべきこのミニゲームでは、完走タイムが記録されます。そのため、世界最速を目指すプレイヤーが世界中に存在。また、それとは逆に「世界最遅」を記録するプレイヤーもいます。

そんなトロッコレースは、新旧で大きな違いが見られます。

まず、当然ながらリメイク版はグラフィックが緻密になっています。
この緻密さは、オリジナル版にはなかった「さらなる奥行き」をもたらしています。オリジナル版にも奥行きはしっかり再現されていましたが、リメイク版はそれ以上。遥か向こうのコースを見通すこともできます。

もっとも、オリジナル版のグラフィックはドゥカティ炭鉱の暗さをしっかり再現しているという点において決して悪いものではありません。スーパーファミコンの「マリオカート」を思わせる雰囲気も相成り、スリルに満ちていました。調子に乗ってキノコで加速したら、いきなりヘアピンカーブが出てきて……ということも。


◆フォーミュラレース顔負けのブレーキング
また、オリジナル版とリメイク版では獲得できるコインの量にも違いがあります。

オリジナル版の場合、3Dパートにコインは見当たりません。コイン稼ぎは、専ら2Dパート部分での仕事。ところがリメイク版では、3Dパート部分にもコインがたくさん落ちています。2回目以降のトロッコレースは有料(コイン10枚)ですが、「遊び過ぎてコインが枯渇してしまった」ということはまず起こり得ません。

そうなると、「コインを稼ぐか」と「最速タイムを目指すか」で遊び方が大きく異なってきます。
最速を目指す場合は、直線では極力キノコダッシュを使う必要があります。ただし、急なカーブに対処するため熟練したブレーキワークも欠かせません……って、何だかまるでフォーミュラレースの記事を書いてるみたいだ!

そういえば、90年代半ばまではF1ブームの余波を引き継いでいたところがあり、後方斜め上から見下ろす視点(今で言うところのTPV)のレースゲームが数多く開発されていました。その全てが迫力と臨場感に満ちていた……とは言い難く、中にはレースゲームの体を成していない作品すらありました。

ところが、「スーパーマリオRPG」のトロッコレースは多人数での競争はできないものの、レースゲームにあるべきスリルがちゃんと備わっています。

◆改めて感じる、オリジナル版の完成度
新旧のトロッコレース、コースにも若干の違いがあります。

最大の違いは、リメイク版には一番最後の急な上りからの急降下があるという点。
完走時の花火の演出も、リメイク版ならではのものです。

ただ、筆者としてはリメイク版のトロッコレースをプレイしたからこそオリジナル版の完成度を改めて知ることができました。

スーパーファミコンでは現代のハードほどのグラフィック表現はできませんが、それを逆手に取ってドゥカティ炭鉱の環境を描写することに成功しています。上述の通り、炭鉱の暗さを見事に表現! こうした工夫は、スーパーファミコンの名作では随所に見ることができます。

そして、オリジナル版が発売された1996年において「本編とはまったく操作性の異なるミニゲームがある」ということ自体が注目に値する要素でした。

◆子供たちの憧れだった“別ゲー”
1996年、筆者は小学6年生でした。


この当時の少年少女は、誰しもがファミコンとスーパーファミコンとゲームボーイを持っていたと言っても過言ではありません。スーパーファミコンの『マリオカート』をプレイした直後にファミコンの『スーパーマリオブラザーズ』で遊ぶ、ということもよくありました。

そんな毎日を送っていた子供たちにとって、『スーパーマリオRPG』のトロッコレースは「ミニゲーム」の括りから大きく外れていました。今風に言えば“別ゲー”です。『スーパーマリオRPG』はまさに「別ゲー」をたくさん揃えていたからこそ名作になり得た作品であり、特に「トロッコレース」と「ばくれつカブトムシ」は大いに盛り上がりました。

そして現代、PCとインターネットの進化により「ゲーム実況を世界中に配信する」ということが可能になりました。
トロッコレースのRTA動画は数多く配信され、今も世界記録を志す挑戦者が絶えません。

そんなトロッコレースを最先端技術を駆使したリメイク版でプレイできる! 21世紀の日本人に生まれてよかった、と思っているのは筆者だけでしょうか。