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不妊治療の末にようやく5つ子を妊娠したのに“減数手術”のミスによって、1人も出産できなくなった妊婦が産婦人科に約2,340万円の損害賠償を求める訴訟を起こしたというケースが発生しました。

原因は子宮内で胎児の数を減らす“減数手術”で男性医師が術前のエコー検査の結果を見誤ったこととされています。

今日は弁護士の筆者が、訴訟の行方にも触れながら、この“減数手術の是非”などについてお伝えしたいと思います。

5つ子授かった“妊活ママ”全員失う結果に…。「減数手術」の医療ミスと倫理的課題とは

胎児の「減数手術」、なぜするの?

不妊治療のために、体外受精や排卵誘発剤の使用を行うと、2人以上を妊娠する“多胎”が生じやすくなります。

胎児の数が増えると、1人あたりの出生体重が減少するほか、流産率が増加し、また、お子さんに脳性まひ、精神発育障害、未熟児網膜症などの後遺障害が残るリスクが高まります。

さらに、多胎はママが合併症にかかる確率も飛躍的に増加します。

そのために減数手術の必要性が生じますが、はたして減数手術は法的にも倫理的にも許されるのでしょうか?

「減数手術」ってどうなの?
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多胎は母子の生命健康を脅かしかねないものですから、三胎以上の多胎があったときに、必要な減数手術が行われることは“認めざるを得ない”といえます。

不妊治療の技術改善により、多胎を防止すべきではありますが、多胎になる可能性をゼロにするのは難しいでしょうから、法整備をして減数手術が適切に行われるべきです。

もちろん、胎児を選別する結果となりかねない減数手術につき、倫理上の問題は残ります。

ただ、倫理上の問題を突き詰めていけば、「堕胎自体の是非」や「不妊治療によって人工的にお子さんを儲けることの是非」についても論じられることになりますが、現在の社会において、堕胎を行うことや不妊治療によりお子さんを授かることは(限度はありますが)許容されていますよね。



■減数手術は「違法」とされる可能性がある!?

ご存じの方が多いと思いますが、“堕胎”は母体保護法によって許された“人工妊娠中絶”でなければ『堕胎罪』として処罰される行為です。

母体保護法には“減数手術”について特別な規定はありませんから、減数手術が許される「人工妊娠中絶に当たるといえるか?」が問題になります。

日本産婦人科医会は、減数手術については優生保護法(「現:母体保護法」。以下同じ。

)上の“人工妊娠中絶手術”に該当せず、『堕胎罪』の適用を受ける可能性があるとの見解を公表しています。

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また、厚生労働省が平成15年に取りまとめた『精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書』の中でも、減数手術は母体内において胎児を死滅させるものであり、分娩と同時に母体外に排出されるといっても、それは人工的に排出されるとはいえない。

また、優生保護法制定時に減数手術のような手術が想定されていないことを考えると、「母体保護法の“人工妊娠中絶の定義規定”に該当する術式ではない」という指摘は適当である旨を述べています(同報告書・別紙3)。

もっとも、報告書では「多胎妊娠の予防措置を講じたのにも関わらず、やむを得ず多胎(四胎以上、やむを得ない場合にあっては三胎以上)となった場合には、母子の生命健康の保護の観点から、実施されるものについては、認められ得るものと考える」(同報告書・別紙3)とも述べられていますから、三胎以上の多胎の事実があり、“母子の生命健康の保護”のために行われる減数手術は、違法でないということができるでしょう。

今回訴訟となったケースでも、五つ子を妊娠していたということですから、詳細は不明ですが、「減数手術自体が違法ではないことは前提となっている」と考えられます。

訴えられた「医師の責任」は?

減数手術の際、一卵性の双子の一方を減らすと、もう一方も亡くす危険があるようです。

今回の訴訟では、術前に双子が含まれるかの確認が重要であったにもかかわらず、手術の実施に当たり、医師が一卵性の双子が含まれていることを見落としていたことのほか、手術自体にもミスがあったと主張されています。

ページボリュームの都合上、理由の詳細は省きますが、裁判で主張どおりの事実が認められた場合、“医師の責任”が認定され、勝訴する見込みはありますが、両親の慰謝料や弁護士費用等の2,340万円全額を払えという“全面勝訴判決”は得られないでしょう。

なお、亡くなった胎児の逸失利益を損害として請求することはできません。

先述したように、現状は母子の生命健康を適法・適切に守れるような減数手術に関する規定が十分ではないため、早いうちの法整備が待たれます。

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