「あんたって、本当に女心が解ってないんだから!」

古今東西、どれだけの男性が何回このセリフを突きつけられたことでしょうか。

「仕方なかんべ?俺ぁ男なんだから……」などと口応えしようものなら火に油、そこで仕方なく、所在なく鼻の頭など掻じるのがお決まりとなっているようです。


しかし、筆者のように特段の野暮天でなくても、やんごとなき平安貴族の皆さまでも女性たちの心をつかむのは容易でなかったらしく、今回は古典文学『更級日記(さらしなにっき)』より、平安貴族たちの恋愛模様を垣間見たいと思います。

■『更級日記』について

その前に『更級日記』についてざっくり紹介すると、文学オタクの少女(作者である菅原孝標女-すがわらの たかすえのむすめ)が当時有名な女流作家・紫式部(むらさき しきぶ)の傑作『源氏物語(げんじものがたり)』の魅力に憑りつかれ、そのヒロインたち(※)に憧れながら暮らしてきた人生を振り返りつつ、各所で当時の自分にツッコミを入れるという、いわば「マイ黒歴史の総まとめ」と言った作品です。

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昔を振り返り『更級日記』を執筆する菅原孝標女(イメージ)。

(※)余談ながら彼女の「推し」は夕顔(ゆうがお)の君、そして浮舟(うきふね)の君だそうです。

とは言え、誰でも(もちろん筆者も)そうであるように、どんな愚かしい人生であっても、その場その場においては懸命に生きてきたことは間違いなく、一つ一つのエピソードは読みごたえに富んで面白く、また味わい深いものとなっています。

今回のシーンは、そんな主人公が15歳の十三夜(治安二1022年9月13日)。月の美しさに魅入られた彼女は、みんなが寝静まった後も姉と二人、縁側で語り明かすのでした……。

■月夜に「荻の葉」を訪ねて

そんな時、表の路地を牛車(ぎっしゃ)が通りがかり、間もなく隣の屋敷前に停まりました。

「荻の葉……荻の葉の君よ……」

牛車から降りた男性が、門を叩きながら呼びかけます。荻(おぎ)とはススキに似た植物で、秋の美しい月によく映えます。

今も昔も女心は難しい。追えば逃げるし、追わねば怒る…とある平安貴族の恋愛模様


今夜も想い人を訪ねる(イメージ)。

呼ばれた女性は、きっと荻の葉に縁のある出会いでそうあだ名されたのか、あるいは「荻の葉が揺れる月の夜に」など逢瀬の約束でもしたのかも知れません。
ロマンチックですね。

しかし不在なのか、あるいは男を拒んでいるのかは分かりませんが門は開かず、その後、男性が何度か呼びかけても返事はなく、門も一向に開きません。

「せっかく殿方が訪ねて来て下さったのだから、入れて差し上げればいいのに……」

「しっ」

他人事ながら少しイライラしてきた主人公を、姉がたしなめて様子を窺っていると、男性は懐中より笛を取り出して吹き始めました。

その音色は秋の月夜の侘しさをよく表現し、思わず寄り添いたくなる恋情を誘うものでしたが、しばらく吹き続けても一向に反応がなかったため、男性はついに諦めて笛をしまい、牛車に乗って帰ってしまったのでした。

■「荻の葉の こたふるまでも 吹きよらで……」

「……あーあ、勿体ない。せっかく来てくれたのに入れてあげないなんて……」

主人公はがっかりした気持ちを、こう歌に詠みました。

「笛のね(音)の ただ秋風と 聞こゆるに
など荻の葉の そよとこたへぬ」

【意訳】笛の音が秋風のような哀情を奏でているのに、なぜ荻の葉はそよがないのかしら……。

想い人が来てくれたのだから、つまらぬ意地など張らず、限られた夜を楽しく睦み合えばいいのに……そんな明朗快活な少女らしい感想を歌に述べたところ、姉はそっけなく返歌を添えます。

今も昔も女心は難しい。追えば逃げるし、追わねば怒る…とある平安貴族の恋愛模様


笛を吹くなら、そよぐまで(イメージ)。

「荻の葉の こたふるまでも 吹きよらで
ただに過ぎぬる 笛のね(音)ぞう(憂)き」

【意訳】荻の葉がそよぐまで吹き続ける性根もない、中途半端な笛の音なんて、聞かされたところでかえって辛いだけなのよ。

この時、姉は既に結婚していたものの、愛しの夫は出張でずっと会えない日々が続いており、その憂鬱な思いが、夢見がちで『源氏物語』のようにロマンチックな恋愛に憧れている妹(主人公)との違いに表れたのかも知れませんね。

結局、あの笛の男性は「荻の葉」を諦めてしまったらしく、『更級日記』にその後のエピソードは記されていません。


「追えば逃げるし、追わねば怒る」

こうした複雑な気持ちや恋の駆け引きと言ったものは、今も昔も変わらないようです。

※参考文献:
鈴木知太郎ら校註『土佐・かげろふ・和泉式部・更級 日本古典文学大系20』岩波書店、昭和三十九1964年5月25日 第7刷
辻真先・矢代まさこ『コミグラフィック日本の古典15 更級日記』暁教育図書、昭和五十八1983年9月1日 初版

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